トゥーベルのオーディション
「走りやすい靴があったらもっと早く走れるのに。ベスパに頼んでもさすがに無理だよな。クッション材もないし。木だけで作ったらカチカチになりそう……」
私は革製の靴を履いていた。お母さんが作ってくれた革靴だ。
コルクのような木の板に足を入れる部分を魔物の革で作って糸で縫い付けてある。
紳士靴のようにカチカチな訳ではなく、革製のスニーカーのような感じだ。紐やゴムは無く、足を入れるために入口が少し広がっているだけだ。それでも私専用に作られた靴なので履き心地は良い。足の大きさが完璧なので今のところ靴擦れを起こさずに済んでいる。
「まぁ、私の専用靴みたいなものだし、頑張ってこれで走ろう」
私は一時間ほど走り込みを行ったあと、牧場の畑に向った。
「ベスパ。トゥーベルの種芋は持って来てくれた?」
「はい。バケツの中に入っています」
ベスパはバケツの中身を見せてくる。バケツの中にはジャガイモにそっくりなイモ類のトゥーベルが二○個ほど入っていた。ベスパだけでなく、あと三つのバケツがあり、二○個ずつ入っているっぽい。ウロトさんのお店に行くたびに種芋を少しずつもらっていたら、結構な数になっていた。
「うん、個数が結構あるね。よし、芽が多く出ている物と少し腐っているトゥーベルは破棄して状態の良いトゥーベルだけを使うよ」
「なぜ、状態の良いトゥーベルだけ使うんですか?」
「何でって……。状態が良い種芋から作った方が良いトゥーベルがが出来る可能性が上がるからだよ。状態のよくないトゥーベルに栄養を与えたら状態の良いトゥーベルに割かれる栄養が少なくなるでしょ」
「なるほど。ここで足切りにしてしまう訳ですね」
「そう言うこと。まぁ、ちょっとかわいそうだけどね」
私はトゥーベルを一個ずつしっかりと見て状態の良い種芋と悪い種芋に分けた。種芋から芽が出ていても、色艶や張りがある種芋は残し、グチュグチュで柔らかく、臭いがきつい種芋は破棄する。
「ふぅ~。大体こんな感じかな。八個だけだね」
「状態の良いトゥーベルはあまりありませんでしたね。八○個も種芋があって良い種芋が八個しかないなんて……」
「ま、始めは大量に作るわけじゃないからいいよ。一応実験と言う名目だし。この土地で野菜は育てられるのかっていう実験ね」
「なるほど。それなら問題ないですね」
「実際すっごくもったいないけど……。私は心を殺して良い種芋だけを使うよ。ごめん皆、君たちはディアたちの食事になってあげて」
「ディアたちなら喜んで食べるでしょうね」
「そうだね……」
私は積まれたトゥーベルの種芋たちに向って手を合わせて拝む。まぁ、オーディション審査に通過したのが上位八個だったわけだ。トゥーベルズユニット、なんかアイドルみたいだな。芋アイドルか。売れなそうだ……。いや、案外刺さるのかも。
私は一万人以上の中から一人だけ選ばれた芋っ子だったわけだが、今考えるとなぜ選ばれたのか分からない。
「さてと、八個のトゥーベルを半分に切って植えていくよ。ベスパ、土に埋まって丁度いい具合の穴を掘って」
「了解です!」
ベスパは魔力体のまま畝の有った部分に頭から突っ込む。もぞもぞと動き、一個の種芋を植えるのにちょうどいい深さの穴を作った。
「じゃあ、距離を一から二メートル離して同じ感じで穴を作って行って。畝が五列あるから四列に穴を四個ずつでいいよ」
「了解です!」
『ズボ、ズボ、ズボ、ズボ、ズボ、ズボ、ズボ……』
ベスパは残り一五個の穴を開けて行った。ビーは土が元々好きらしく、体を埋もれさせると安心するらしい。穴をあけ終わり、暇になったベスパは土に体を埋め、顔だけを出していた。その姿は完全に砂風呂の状態になっており、燃やしてやろうかと思ったがは畑が焦土化してしまうのでやめた。
私はトゥーベルの切り口を下にして土の中に入れ、土をかぶせる。同じ工程を一五回繰り返し、トゥーベルの種芋を植え終わった。あとは水を掛けて病気にならないよう気をつけながら育てれば冬頃にトゥーベルが出来上がっているはずだ。
「よし『ウォーター』と『ウィンド』」
私は魔法で水を出現させ、風で水を散布させていく。雨のような現象を作り、土を潤した。
「これで土は潤った。あとはズミちゃんに言っておかないと。ベスパ、ズミちゃんを呼んでくれる」
「了解しました」
ベスパは畑の上で八の字に飛び、光る。するとつるつるの頭がひょこっと飛び出した。
「キララさん。何か御用ですか?」
「えっと、土の中にトゥーベルと言う芋を植えたんだけど、あれは食べないでね。あと、芋を食べようとする鳥や害獣が出てくるかもしれないから、ズミちゃんも気をつけて」
「わ、分かりました」
ズミちゃんのお母さんであるオメちゃんくらいの大きさ(大木)なら対外の生き物から食べられたりしないと思うが、ズミちゃんくらいの大きさ(蛇)なら余裕で食べられそうなので、知らせておく。
「じゃあ、もう一方の畝にビーンズを植えよう。こっちも鳥が好きそうだからな……。なるべく追い払うようにしないと」
私は畝に指先で小さな穴を開け、三粒ほどビーンズを入れた。
ルドラさんから買ったビーンズはどれもこれも丸くて艶があり、大きい個体ばかりだった。袋から取り出す子は皆オーディション審査に受かった強者たち。面構えが違う。皆を輝かせるためには私の手腕に掛かっている。きっと私が手塩に掛けて育て上げれば更なる輝きを放つだろう。
――はは……、何てね。野菜なんて育て方さえ同じなら、大体同じようにできるはずだ。農業を実際にするのは初めてだけど、テレビの撮影でよく手伝わされたな。懐かしい。行く先々の農家さんは皆いい人で、作った農作物はどれもこれも一級品ばかり。あんな素晴らしい品を作れるかどうかは分からないけど、一生懸命に作らせていただきます。
私はビーンズを全て撒き終わった。
「よし、あとは水を掛ければ準備は終了。ベスパ、鳥が飛んできても追い払えるくらいのビー達をここに配置させておいてくれる」
「了解です。キララ様がいなくなったら配置させます」
「お願いね」
私はトゥーベルの残りをビー達にバケツに入れさせて家に持ち帰る。自分の部屋に入り、トゥーベルの入っているバケツを置かせた。
「ディア。このトゥーベルは食べてもいいよ。他の個体も皆で少しずつ食べてね」
私はベッドの上に避難した。壁の隙間や天井から大量のブラットディア達が現れ、トゥーベルの方に歩みを寄せる。
「キララ女王様。この芋を食べてもいいんですか?」
唯一喋れる個体のディアが私に話かけてくる。
「うん。いいよ。少ししかないから大切に食べてね」
「分かりました。では、いただきます!」
ディアたちはトゥーベルを一瞬で食べ終わり、家の隙間に戻っていく。
「ふぅー。美味しかったです。ありがとうございます、キララ女王様!」
ディアは頭を上下させ、すごく嬉しがっていた。
「美味しく食べてくれたならよかったよ。でも、ごめんね。ディアたちに向いている仕事が今のところゴミの処理くらいしかなくてさ。もっといろんな仕事をさせてあげたいんだけど、ブラットディアはビーよりも人に嫌われてるっぽくてさ……、牧場で働かせてあげられないんだよ」
「気にしてくださってありがとうございます。ま、私達の仕事がゴミの処理なのは今も太古の昔も変わりませんので気にしないでください。何なら、森の中のゴミも処理しますけど、どうしますか?」
「そうだね。でも、ディアたちが全部のゴミを処理しちゃったら、森でゴミを処理しているオメちゃんとか、ブラックベアーの食べるものがなくなっちゃう。だから、それは出来ないんだよ。ディアたちは数が多すぎるからさ、すぐに食べ終わっちゃうでしょ」
「まぁ、そうですね。森の中のゴミを食べつくすなんて造作もないと思います。ゴミ処理くらいしか私に取り柄がないので、牧場の清掃などを考えたんですけど……。どうも難しいみたいですね」
「うん。牧場の掃除は子供達の主な仕事だし、超綺麗にしたいならライトの『クリア』でいいからさ。でも、村の美化には良いかもね。街の中がとても綺麗なら過ごしやすいし、治安も今よりもっと良くなるかもしれない。落ちている牛乳瓶とパックはビー達に集めてもらっているけど、ディアたちには村を掃除する仕事をお願いしようかな」
「私達は村の掃除をすればいいんですか?」
「そうだね。ディア達には村の清掃係にでもなってもらおうかな。でも、家の中とかお店の中に入ったらだめだよ。殺されちゃうからね」
「もちろんですよ。あくまで外しか掃除しません。村の汚れを食べまくってピカピカの村にしますよ」
「あんまり大勢で動くと目立つから、数匹ずつ動いてね」
「分かりました! では村の掃除にさっそく行ってきます!」
ディアは部屋の窓から数匹のブラットディアを引き連れて出て行った。
ディアたちの生活。
ディアたちは夜行性なのでキララが起きている時はあまり姿を見せない。夜中に活動し、ゴミを食い漁る。食い漁ると言っても、ゴミが綺麗さっぱり無くなるので全く問題にならない。ゴミが無い時は土を食べたり、糞を食べたり、何でも食べる。食べて食べて食べまくって交尾を行い即座に数を増やしていく。別に何も食べなくてもキララから魔力を貰えばなにも問題なく生きていける。増えれば増えるだけキララに送る魔力量が増え、種族が繁栄していくため交尾だけは行いまくっていた。キララとブラットディアは共存しており、お互いになるべく関わらないようにしている。
増えまくったブラットディアはキララの親衛隊を残し、村の外の各地へと散り、数を増やし続けている。その数はベスパも把握しきれていない。