バターづくり
「もう、台所に材料を置いておいたんだ。さすがベスパ、早いね」
「仕事ですからね。えっと、キララ様、ここからどうやって乳油を作るのですか?」
ベスパは生クリームを指さして聞いてきた。
「あとは簡単だよ。この生クリームをこの円柱の容器に入れて……、蓋をする」
私は魔力を使い、生クリームを容器の半分ほど注ぎ、蓋をした。
「あとは、思いっきり振る! おりゃああああ!」
私は容器の蓋が飛んでいなかないか心配だったので円柱の底辺と上辺を持ち、思いっきり上下に振った。
『ジャバ、ジャバ、ジャバ……』
筒の中で生クリームが底と蓋にぶつかり、音を立てている。一から二分振り続けると、水っぽい音が少し変わってきた。
『ジャバッ、ジャバッ、ジャバッ……』
液体の中に何かが入っているような音がし始めた。私の手にも筒内に液体と固まっている物体があると分かる。そこからさらに振り続ける。すると、一八分ほど振り続けて生クリームが液体と固体が分かれ、完全に別物になった。
「はぁ、はぁ、はぁ、こ、これ、走るよりも息が切れそう……。でも、これで完成だよ」
「え……。もう、完成したんですか?」
ベスパは他にもいろんな工程があると思っていたのか、眼を丸くしながら私を見ていた。
私は筒の蓋を外し、中を覗いてみる。筒が透明ではないので、外側から中の様子が見えず手の感覚でしか分からなかったが、しっかりと分離していた。
「おぉ~。ちゃんと分かれてる。凄い凄い。ふわ~っと香る、甘い良い匂いがして心が落ち着くよ」
私はコップに液体の部分を入れた。これがいわゆるバターミルクと言うやつだ。生クリームの油分が固まったあとの液体部分で、栄養価がとても高い。
私はコップに入れたバターミルクを一口飲んでみる。
「ん~、すごく濃厚で口当たりが滑らか……。牛乳の油分が多い所を集めた液体だからとっても甘いよ。これはいろんなお菓子に入れても絶対に合いそうだな。飲むだけで健康になるし、一日一杯は飲みたくなる味だ」
私は温泉あがりかと思うくらいバターミルクをグビグビと飲み、息をぷは~っと吐くほど一気に飲みほして本命の方を見る。
私は筒の入り口を木の皿に向け、筒の尻をトントンと叩く。
『ドチャ……』
油粘土を台に落としたような音がなり、残っていたバターミルクが雫となって跳ねる。
「おぉ、出来てる。形はまだ汚いけど乳油になってるよ」
「見かけはチーズみたいですね。工程は違うのに物体はそっくりです」
ベスパはバターを見回し、観察していた。
「まぁ、近そうで近くないんだよな……。チーズは牛乳の白い部分を全部集めた品で、バターは牛乳の油を集めた品なの。だから、匂いや味、肌触りなんかも全然違うんだよ。見た目はそっくりだけどね。よし、練って形を整えるよ」
私は作りたてほやほやのバターを木製のボオルに入れて木のへらで粉っぽい部分を一部にまとめていく。
チーズは熱を加えないと中々纏まらなかったがバターはすんなりと纏まった。それだけ均等な物質同士が集まってくれているという証拠だ。ある程度まとまったら、木のまな板に移し、長方体の形にしていく。見かけはまさに白っぽいレンガだった。
「よし、レンガ状に整えられた。これで使いやすくなったよ」
私は日本でよく見かけた長方体のバターを作った。大きさからして約二五〇グラムのバターが乗ったまな板を持ち、天に掲げ、私はパンのお供と材料を手に入れた! と心の中で叫ぶ。
「ベスパ、今の工程を見て分かったでしょ。私一人ではどうやっても体力と時間がたらないの。だからさ、ベスパが振る作業をやってくれる? 私は完成したバターミルクを牛乳瓶に注ぐのとバターを綺麗な形に整えるからさ」
「な、キララ様。疲れる工程を私に全部丸投げするんですか」
「うん。だって、その方が私はつかれないで済むし、ベスパは私が一生懸命に振っているところを見ていても暇でしょ。だったら一緒に手伝って。その方が、作業が早く終わる」
「まぁ、私は構いませんけど……、キララ様の貴重な鍛錬のお時間になるのでは?」
「問題ないよ。早く終わらせればそれだけ別の作業に時間を使える。ぱっぱっぱっとやり終えて次の作業をしよう。ビー達にも手伝ってもらってさ、一瞬で終わらせちゃおう」
「了解です。では、容器を少し量産します」
ベスパは窓から飛んで行き、少ししてビー達と共に戻ってきた。ビー達が家の中に入るのは私の精神が拒否反応を起こして絶対に無理なので家の外で待機してもらい、ベスパが各ビーの部隊に生クリームの入った容器を渡していく。
「じゃあ、皆さん。たくさん振って中身を個体と液体に分けてください。お願いします」
ベスパはビー達に命令し、ベスパ自身も筒を魔力で浮かせ、振り始めた。
『ジャバジャバジャバジャバ!』×五本の筒
五本の筒が空中で上下に振られている。その速度は私が振る速度より圧倒的に速い。
初めからビーに任せておけばよかったと思う反面、ビー達の活躍の場がまたもや広がり、どれだけ活用できるのかと内心呆れる。
――ビーって一個体はすごく弱いのに群れると急に扱いやすくなるんだから、ほんとによく動く労働者になっちゃってるよ。まぁ、蜂はもとから働き者って感じがするし、ミツバチが花粉や花の蜜を運んだりしてくる個体を働き蜂って言うもんね。
ベスパ達は八分でバターを作製した。五本の筒が台所に並び、私が作業に追われる羽目になる。だが、筒を振るよりも作業は簡単なので気持ちはすごく楽だ。
私は魔力を使ってバターミルクを浮かせ、牛乳瓶の中に注いていく。ちょっとした魔力操作の鍛錬になり集中力が鍛えられている気がする。
バターを木製の容器に出し、形を整えたら表面がつるつるで水分に濡れても破れない紙に置き、長方体の形にしたらゴミが入らないように包んでいく。
筒を振る工程とバターを練り、形を整える工程を合わせて二○分ほどで五本のバターミルク入り牛乳瓶と五個の長方形型バターが完成した。
「よ~し。ジャンジャン作るよ。ベスパ、もっと頑張って~!」
「は、はい!」
ベスパは自分より大きな筒を高速で振り続け、さらに二○分後、私が一個作ってしまっていたので、先ほどよりも一本と一個少ない数が出来た。私が飲んだバターミルクと作ったバターを合わせれば計算上、バケツ一杯で一〇本の牛乳瓶と一〇個のバターが完成したことになる。
バケツ一杯が確か五リットルほどだったので、生クリームの量と丁度合う計算になる。
「ふぅ~。バケツ一杯でこれだけの数の品が作れた。他の生クリームは普通に生クリームとしても使いたいから、これくらいで試作品は十分かな」
台所にはビー達の努力の成果である試作品が並べられている。
「はぁ、はぁ、はぁ、疲れないはずなのに凄い疲労を感じますよ。魔力を使ったからですかね」
ベスパは台所に座り、珍しく息を切らしていた。
「ま、疲れるのもたまにはいいでしょ。街に持っていく試作品として五個は残しておいてと、あと五個は予備として残しておく。じゃあ、ベスパ。この一〇本の牛乳瓶と一〇個のバターを倉庫に持って行って」
「了解です!」
ベスパは疲れたと言っておきながらすぐさま動き、私の命令を聞いた。仕事をするのが大好きなのか、ルンルン気分で飛んで行く。
「やっぱり蜂だから、仕事するのが好きなのかな……。働き蜂や働き蟻は死ぬまで働くんだよな。文句の一つも言わず……、ほんと凄いよ。働き蜂は女王に仕えて働くために産まれてきているようなものだし、ベスパも似たような感情を抱いているのかも。ま、私は理想の上司でも演じてベスパをこき使ってあげよう」
私が窓を覗くと朝日が差し込み、綺麗な景色が浮かび上がる。
自然の澄んだ風が窓から入ってくる。先ほど飲んだバターミルクの味が未だに口に残っており、とてもいい朝だった。
私は木製の容器とまな板、へらを水で洗い、もとの位置に戻す。円柱の容器は燃やし、塵にした。
「さてと。鍛錬でもしますかね。堆肥を入れた土がもう完成しているはずだし、野菜も植えよう。夏の暑い日差しを浴びてすくすくとそだってほしいな……」
私は運動しやすい薄着に着替えて家を飛び出した。
「あ、靴……履き忘れてる」
私は玄関に戻り、靴を履く。ランニング用の靴ではないので靴擦れを起こす可能性があったが地べたを素足で走るよりはましだ。
おまけ。
働くことが大好きなビー達はキララのために朝から晩までせっせと働いている。ベスパから魔力を受け取り、他の虫よりも長生きで長時間働けるようになり、仕事し続けられると大興奮。森の中にはキララのために働けるビーを育てるための巨大な巣が地面の中や木々に大量に作られており、今も新しい働きビーが生まれ、管理職のベスパによってキララの社畜になるよう育てられている。ビー達にとって社畜とは名誉の称号なのだ。