レイニーの適正検査
「レイニー! お帰りなさい。お仕事お疲れさま~!」
「おう、ありがとうな。皆にお店で余ったパンを貰って来たから、一人一個取って食べてくれ。落とすんじゃないぞ」
「うん!」
レイニーは教会の入り口で待っていた一人の少女にパンの入った紙袋を渡した。
少女はパンの入った紙袋をしっかりと持って、一歩ずつ確かに脚を進めていた。だが、前が見えなかったのか小石に躓く。
「うわっ!」
少女が転びそうになり、パンの入った袋が空中に投げ出された。
「危ない!」
レイニーが叫び飛び出しているが私達からすでに五メートル以上離れているので、きっと間に合わないだろう。
「『浮かす(フロウ)』」
ライトが地面に魔法陣を展開しており、少女が転倒するのを防いでいた。
――ほ……。ベスパ、早いね。
「私の長所ですから」
ベスパは空中に広がっていたパンを紙袋に全て入れて浮遊している。
「痛っで!」
急に飛び出したレイニーは足を滑らせて転んだ。あまりにも情けない格好だが、少女を守ろうとしたその雄姿をたたえる。――まぁ、半尻はちょっとダサいけどね。
「うわ~、凄い凄い~。私、浮いてる~!」
ライトは少女を浮かし続けており、泣きそうになっていたのを上手くあやしていた。少し浮かばせて遊んだあと、少女を地面におろす。
――ベスパ、少女にその紙袋を渡して。あと、少女が躓きそうな物は全て退かしておいて。
「了解です」
ベスパは少女に紙袋を渡したあと、少女が歩く道に落ちている小石や草など、足が引っ掛かりそうな場所は全て掃除した。
「お前ら……、ほんとにすごいな。ぱぱって助けちまった」
レイニーは立ち上がり、服に着いた土を払っていた。
「レイニーさんも魔法を練習すれば、物を浮かせるくらい出来るようになりますよ。まぁ、どれだけ出来るかは個人の能力に寄りますけど……」
魔法はライトが言うには才能の類が大きいらしい。手先が器用だとか、体力があるとか、視力がいいと言った具合に、魔法の扱いも人によって向き不向きがあるそうだ。ライトは得意、私は普通、シャインは苦手と言った感じだ。
「どれだけ魔法を扱うのが難しくても、俺は魔法を使えるようになってやる。そうすれば子供達をもっと確実に守ってやれる。俺は皆を守れる力が欲しい!」
「いいでしょう。なら、教えます」
ライトの少々黄色っぽい瞳がきりっとなりカッコよさを増した。どうやら、レイニーの本気に当てられ、ライトも本気になったらしい。
「じゃあ、私は教会の中で子供達と夕食にしてるから。一時間くらい経ったら呼びに来て」
「分かったよ、姉さん。でも、一五分もてばいい方だと思うよ」
ライトは体を伸ばし、準備運動をしていた。魔法を扱う時は身体を使うので、運動と変わらないらしく準備運動は必須らしい。
「ライト、手加減をしないとレイニーが死んじゃうから。分かってる?」
「うん。分かってる。でも、人を覚醒させるには恐怖心が一番だって、僕は思うんだ」
ライトの体から魔力が溢れ、立ち昇る。私ほどの魔力量ではないものの、ライトだけの魔力量だと考えると恐ろしいくらいに多い。私の目の前に高さ五メートルを越えるキャンプファイアーが現れたような感覚だ。
「はぁ……。レイニー、頑張って逃げてね。ライトの放つ魔法に当たったら当分は仕事が出来なくなると思う。ま、死にそうになったらさすがにライトも止まると思うから……死なないでね」
私はレイニーの腰をポンポンと叩き、死地に送り込む。
「おいおい……。いったい何が始まるんだよ。俺はここで死ぬのか?」
「レイニーさん。今から僕は魔法を使ってあなたを攻撃します。全部避けてください。僕が魔法を使うさい、よけいな魔力を一度放出させますから、それを感じて避ける動作に入ってくださいね。そうしないと何度もかわすのは不可能ですから」
「ちょ、ちょちょ……。いったいどういう意味だ……」
「ま、レイニー。要するに、ライトの攻撃をかわし続ければいいんだよ。多少強引だけど、魔法を使う素質があるかどうか分かる。あと、身体能力の方もね」
「お姉ちゃん、教会の中に早く行こ。私、お腹空いた~」
少女は私の服の裾を持ち、くいくいと引っ張る。少女にはレイニーがこれからどうなるのか知る由もない。まぁ、知らない方がいいかもしれない。
「分かったよ~。じゃあ、レイニー、子供達の為に頑張ってね~」
私はレイニーに笑顔を向け、手を振る。
「レイニー。頑張ってね~」
少女は私の真似をしてレイニーを応援した。
「は、はは……。他人事だからって……」
「じゃあ、始めましょうか」
ライトの魔力が大量に放出され、辺りの空気がピりつく。少し建物も震えているようだった。キャンプファイアーに大量の空気を送り込み、炎々と燃えている状態と近しい。
――ベスパ、レイニーが死にそうになったら助けてあげてね。
「了解です。でも、ライトさんが教えずともキララ様がお教えになればいいのではないですか?」
――ライトが言っていたでしょ。恐怖心が覚醒の鍵だって。まぁ、分からなくもないからさ。私じゃあ、怖くならないでしょ。ライトの方が分かりやすく怖い。なら、始めはライトにお願いしようかなーって思ったんだよ。ライト以上の魔法使いにはなかなか出会えないし、いい経験になるんじゃないかな。
「はは……。レイニーさんは命拾いしたと言うことですね」
ベスパは苦笑いを浮かべていた。
――ん? 何でそうなるの。
「私の口からはとてもとても……」
――変なの。
私達は教会内に入り、子供達と一緒にパンを食べる。
私は紙袋からゴンリパンを取り出し、私の分を千切って残りは空中に投げた。
「ハグハグハグハグ!!」
ベスパと他のビー達が一瞬で食べつくし、一片の残りカスすら見当たらない。
ベスパ達が食事している間、私は耳を塞ぎ、眼を瞑る。
「はぁ~。オリーザさんのパンはやはり美味しいですね~。キララ様の舌の感覚を味わえるなんて最高です~」
どうやらベスパは私と味覚の共有を行っていたらしく、満足げな表情を空中で浮かべていた。
私も千切ったパンを口に放り込む。
「うん、美味しい。ゴンリの酸味と甘みが丁度いい具合にパンと合わさってる。誰が食べても美味しい味だ」
私はもう一方の紫色の粒が乗ったバチームパンという目新しいパンを手に取り、半分に千切る。それも上に投げた。
「ハグハグハグハグ! 美味い! これもゴンリパンと同じくらい美味しいですよ!」
ベスパは、バチームパンにすぐさま貪りつき、大変美味しそうに食べていた。
「そんなに美味しいのか。じゃあ、私も食べてみよ」
私は紫色の果実を食べる。ブドウのような甘みとブルーベリーのような酸味があり、両者の良い所を掛け合わせたような果物だった。
「美味しい……。私、これ好きかも」
――レーズンパンを思わせる味。穀物の香ばしい匂いと酸味のある果物の相性が異常なくらい良い。ブルーベリーの味をぎゅっと凝縮した感じがたまらん。
私はバチームパンをあっという間に食べきってしまった。今のパンなら丸まる一個食べられそうだったが、もう一個大きなパンが残っているので丁度いい。
パンを食べ始めてお腹の調子が上がって来た頃、教会の周りでは爆発音や雷鳴音が鳴り響いていた。子供達は怖がっていたが、私が宥め、恐怖心を取り除く。
――もうそろそろ一五分くらいかな。でも、まだ帰ってくる様子はない。善戦しているのかも。ライトの猛攻に耐えられるなんてレイニーもやるじゃん。
私は紙袋の中に入っていたメンロパンを手に取り、齧り付く。甘みはメロンにほど遠く、香りがほのかにメロンなだけのパンだった。だが、大きさは一番で食べ応えが凄い。お腹いっぱいになりたいのならメンロパンを食べればいいやってなるくらいの大きさだった。
メンロパンの味はオリーザさんが作っているのでもちろん美味しい。だが、一個前に食べたバチームパンが美味しすぎて、それを堪えられなかったみたいだ。
「ふぅ~。食べた食べた。お腹いっぱい。パンを食べすぎて喉が渇いちゃったよ」
「キララ様、お水をお持ちしました」
ベスパは水の入った牛乳瓶を持って来て長椅子の端に置く。
――ありがとう、気が利くね。
「キララ様のご機嫌を取るのも私の役目ですから」
ベスパは一礼して、執事っぽく振舞う。
私は牛乳瓶の中に入っている水を飲み、喉を潤した。
レイニーとライトの訓練が終わるまで私は子供達と共に神にでも祈りを捧げようと、椅子に座りながら両手を握り、世界の安寧を願る。
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