乗バートン
「はぁっ! はぁっ! はぁっ!」
「もっと低く! もっと強く! もっと早く! そう、そこで足を組み替える!」
雰囲気が見るからに怖い姉さんは大きな声でレクーに指導した。
「は、はいっ!」
今、レクーは姉さんと一緒に走っている。走っていると言っても姉さんの尻に何とか食らいついている状態だ。
いつからか、レクーは姉さんと走りたいと言い出したのだ。
「お爺ちゃん、レクーと姉さんが一緒に走ってもいいの?」
「ん? ああ、そうだな。本来はもう少し大きくなってから並走するんだが、レクーが望んだのだろ。それならやらせた方がいい。それにしてもまだ幼いのに良い動きだ、ビオタイトについていっている」
お爺ちゃんは鋭い眼差しで遠くを走っている二頭の姿を見ていた。頭から尻尾の先まで見逃さないといった気の持ちようだ。
「お爺ちゃんから見てレクーはどう?」
「そうだな、可能性はある。なんせビオタイトの息子だからな。だが、まだ幼い。成長過程で何があるかわからん。そこをキララがしっかりと支えるんだ、良いな?」
「うん、わかってる!」
私は大きく返事をした。
「はぁっ! はぁっ! あ……」
レクーはまたもやこけてしまった。
――これで何度目だろうか。今日だけでも八回はこけている。怪我をしないといいけど……。
「体勢が疎かになってる。体が内側に傾いていないのに無理やり曲がろうとしたらこけるのは当たり前だ。レク、今、ここが戦場だったらあんたの背中に載っている人もろとも死んでるよ! さっさと立ちな!」
「はい! お母さん、もう一回お願いします!」
レクーは白い毛が土塗れになってもなお、すぐに立ち上がる。
「……よし! それじゃあ初めから行くよ!」
私は姉さんがレクーの頑張る姿を見て、はにかんだように見えた。
「はい!」
レクーは姉さんを追いかけるように再び走り出す。
「頑張れ……レクー」
私はレクーに走りを教えてあげられない。ただ応援はできる。
いつもボロボロになってくるレクーを綺麗にしてあげるのが私の仕事。その度「カッコよかった!」とか「頑張ったね!」とか、声を掛けるのだって忘れない。
姉さんとの練習中、レクーは弱音を一度も吐かなかった。
姉さんの後ろに隠れているレクーを見た時と比べたらもう全く別のバートンだ。ホントに同じレクーなのかって疑ってしまうくらい心が成長していた。
姉さんと一緒に走り始めて八週間が経った頃……。
「はぁっ! はぁっ! はぁっ!」
――頑張れ、レクー。
私は両手を握りしめ祈る。握りしめている手の平に汗がにじみ、指が圧迫され赤みを少し帯びる。
私の祈りが通じたのか、それともレクーの練習の成果が出たのか、どちらにせよ、ようやく、レクーは姉さんと一緒にバートン場内を走り切った。
「やった! レクー! 走り切れたね!」
「は、はい! できました!」
レクーは信じられないといった顔でこちらに走ってきた。
「良くやったね、レク……。さすが私の子だ」
姉さんもレクーの後方からゆっくりと歩いてきた。
「お母さん……、一緒に走ってくれてありがとう。お母さんがいなかったら絶対に上手く走れるようにならなかった」
「……そう。でも、ここで終わりじゃないのよ! 今度からは絶対に失敗は許されない!」
姉さんは今までのはお遊びとでも言いたそうに声を張り上げる。
「どういう意味?」
「明日からは、人を乗せて走る練習をする!」
「え!」
「え!」
私は驚いてしまった、確かにレクーの背中にはまだ何も乗っていない。人を乗せて同じような走りができてこそ、バートンの必要性が示される。
「どうした? キララ、そんな顔をして?」
私が驚いた顔を見てお爺ちゃんは話し掛けてきた。
――あ……、お爺ちゃんには姉さんとレクーの声が聞こえてないんだ。
「い、いや……、レクーが走れるようになっていて驚いたっていうか……。えっと、お爺ちゃん、今、レクーはどれくらい走れるようになったの?」
「そうだな……。準備運動が終わったと言ったところか」
――じゅ、準備運動……。
「レクー……、大丈夫?」
私はあからさまに動揺しているレクーに話しかける。
「は、はい……。確かに初めから最後まで走り通すことはできるようになりましたが、人を乗せて走るとなると話は別です。そもそも、乗せる人がいませんし……、僕はこれくらいで……」
レクーは少し弱気になっていた。
「私が乗る!」
私はレクーのやる気が消えないうちに立候補した。
「えっ!」
「私がレクーの背中に乗る! 絶対に誰にも譲ったりなんかしない!」
「で、でも、危険ですし、また転んだりしたらキララさんが危険な目にあってしまいます」
「その時はその時! レクーがバートンとしてビオタイトに認めてもらえるように頑張ろう!」
――レクーが砂、泥塗れになるくらい頑張ったんだ。なら、レクーの飼育員紛いな私も頑張らなきゃ!
「キララさん……。はい! よろしくお願いします!」
レクーは大きな声を出し、頭を下げた。
私はレクーと共に練習をすると決めた。だが私は、バートンに乗った経験が無い。
――少し前に姉さんの背中に乗ったのはノーカンだ。乗っていたというよりも、しがみ付いていたと言ったほうが正しい。
バートンに乗った経験がなくとも、昔、テレビ番組の撮影で乗馬を経験していた私なら勝手にできると思っていた。
この考えが甘すぎると気付くのはそう遅くなかった。
「キララ! そうじゃない! それだと上手く動けないだろうが!」
いつもは温厚なお爺ちゃんが姉さんの上にまたがった瞬間から性格が一変してしまった。
「は……はい!」
――私は甘く見ていた。過去に経験した覚えがある乗馬は遊戯で、今行っているのは戦いのためのバートン術なのだ。生半可な気持ちで乗り越えられる練習じゃない。
「はぁ……、はぁ……、はぁ……。ど、どうしてお爺ちゃんは姉さんが飛び跳ねるくらい激しく動いても体が全く動かないんだろ……。私、ちょっと練習しただけで腕と脚に力が入らないよ……」
甘く見ていたのは私だけではなく、レクーもだった。
「レク! 慎重になりすぎだ! それじゃあ、今までやってきた練習が無駄になってるでしょうが! もっと迅速にもっと緩急をつけて走りな! 歩幅を上手く変えないと相手に狙い撃ちにされるよ!」
「は、はい!」
その日の練習は私もレクーもボロボロだった…
「まさか…こんなにきついなんて…思っても見なかったよ」
「ぼ…僕もです…」
私たちは今、夜遅くの牧場付近にある原っぱに寝転がっている。
「キララ様、もの凄く頑張っていましたね」
「ベスパはただ私の周りを飛んでいただけでしょ…」
「いえ!ただ飛んでいただけではありません。もしレクーさんが倒れたとしても私たちがキララ様を受け止められるようにしていたのです!」
「それってもしかして、あの地獄のこと…」
「はい!それしか方法がありませんから!」
ベスパはハッキリとそう言い切った…もっと他の方法を考えてくれればいいものを…
「絶対にやめて…私それなら全身骨折の方がまだマシ!」
「すみません…僕が不甲斐ないばっかりに…」
レクーはちょっと前の頃みたく落ち込んでいる。
このままの状態にしていたらそのまま地面に埋もれていきそうなほどだ。
「レクーなに落ち込んでるの!まだまだ始まったばかりでしょ!1日目で音を上げるなんて、それでも男の子なの!」
「そ、それもそうですね…。僕は男です」
「キララ様こそほんとに女の子なんですか?」
「ファイア!」
「ぎゃ~!」
ベスパは夜を照らすロウソクになった。
「私は正真正銘か弱い女の子です!」
レクーを小屋に返し、私は家に帰る準備をする。
「は~、家に帰って夕食を食べよ…」
「もう!どうれだけ私を燃やしたら気が済むんですか!」
――また復活した。
「さぁ、いつか私の気が晴れる日が来るまでじゃない」
私は掌に火を灯す。
夜道を照らすにはちょうどいい明りだ…ベスパの顔もよく見える。
「先は長そうですね…」
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