特効薬ではなく、万能薬
「この液体中に魔造ウトサが入っている。この中に特効薬が入った液体を注げば何かしら反応を起こすはずだ。この工程は俺が別の部屋で行う。何が起こるか分からないからな」
スグルさんは私達と隔離された場所に向っていった。
「どうなるんだろう……。スグルさん、大丈夫かな?」
「安心してよ、姉さん。僕が生み出したんだ。理論上は失敗しないよ」
「はぁ、そう言ってライトは何回失敗してきたの?」
「んーー、数えてない。一年前くらいの失敗が八八八回目を越えてから数えるのやめたよ」
「はは……。一年前の時点で八八八回失敗しているのは確定なんだ……」
私達はドキドキしながら椅子に座って待っていた。
――この部屋にはスグルさん以外の研究者の人がいないよな。一四日前は別の研究者の方がいたと思うんだけど、別々に部屋が与えられたのかな。スグルさんの待遇がいいみたいでよかった。
私がまたもやうとうとし始めたころ……。
『バンッ!』
「うわっ! 爆発した!」
「姉さん、違うよ。扉が開いただけさ」
スグルさんが満面の笑みで私達のもとに駆け寄ってくる。
「成功だ! まさか一度目で成功するとは思っていなかったが、試験管内の魔造ウトサが完全になくなっている。凄い……凄いぞ!」
スグルさんはとんでもなく嬉しそうにしていた。きっと今までずっと考え続けていた物が完成したのだろう。そりゃあ嬉しいに決まっている。
「スグルさん。僕の作った特効薬ですけど、解毒にも使えると思いますよ。あと、瘴気にも、あとあと、麻痺、呪い、その他もろもろ。まぁ、推測でしかないので、どこまでの効果があるかは不明ですけどね」
「ライト君! 君は天才だ! まごうことなき天才児だよ!」
スグルさんは試験管立てを机に置き、ライトの手を取って縦にブンブンッと振る。
「そ、そこまで言われると困りますよ。僕は凡人だと思い続けたいんです。姉さんもそうしているので」
「ん?」
「え? 姉さんはわざと凡人のふりをしているんでしょ。僕はまだ天才かどうか分からないけど、姉さんは僕から見ても天才だから、凡人にふるまっている理由がよく分からないけど、でもそれがカッコいいよね!」
ライトは私に笑顔を向けながら訳の分からない発言をした。
「…………」
――私、天才じゃないですけど。ただの凡人ですけど。何だろう……。ライトの輝いている瞳が眩しい。私の評価があり得ないほど高いんだけど。はぁ……困る、困るなぁ……。天才に天才だと勘違いされている凡人は辛すぎるよ。
「ライト、私は天才じゃないよ。本当にただの凡人なの。ちょっと大人っぽいだけの凡人なんだよ」
「でも、僕が行き詰っている時、いつも助言くれるでしょ。魔法陣の有用な使い方もすぐ思いついちゃうし、魔法を組み合わせるって発想は姉さんから貰ったんだよ。僕をここまで育てたのは姉さんなんだから、姉さんは天才だよ」
「も、もういい。天才って言葉は恥ずかしいから、言わないでいいよ」
「そう? なら、もう言わないよ」
「俺から見れば二人とも天才なんだがな……」
スグルさんは苦笑いで私達の方を見た。
「そうですか?」×キララ、ライト。
「息ぴったり……」
スグルさんはライトの作った特効薬を様々な害に加えていく。
毒、瘴気、呪い、私達が触れたら危ないのでスグルさんが一人で全ての作業を行い、危険物に特効薬を溶かした液体を掛ける。
すると、三種類の害すべてに効果があり、スグルさんは言葉を失う。
「…………」
スグルさんの顔は『あーあーやっちまったー、こんなもん絶対に世間に発表できねー』といった表情だった。
「スグルさん。どうでしたか?」
ライトはスグルさんの顔を気にすることなど一切せずに話掛けた。
「いや、その……。ライト君と俺が作った粉は特効薬ではなく、万能薬になってしまったみたいだ……。加えて世の中を魔造ウトサ以上に混乱させる薬になってしまった……」
スグルさんの額から冷や汗が止まらず、顔から血の気が引いていく。
「およ?」
ライトはスグルさんの表情を見て顔色一つ変えない。『僕、いいもの作ったでしょー』と言いたげな感覚で椅子に座っていた。
「ライト君。君はまだ世間に出てはいけない。多くの国が君を狙ってくる。そうなったら、今と同じ生活はもう一生出来なくなるよ」
「え……。僕が作った粉。そんなに需要があるんですか?」
「需要があるも何も……。ほぼ全ての害に効果があるなんて聖水と奇跡みたいな代物じゃないか。聖水は試験管一本で金貨五○枚相当もする貴重な液体で奇跡と同様に聖職者にしか作り出せない神の雫なんだ。それと同じような効果を持つ粉があるなんて知れ渡ったらどうなるか。俺の身すら危ういぞ……」
スグルさんは綺麗になった白衣で額の汗を拭き取り、息を整える。
「まぁ、僕はスグルさんの考えた配合を考慮して作ったので真似しようと思えば、他の人たちでも出来るんじゃないですか?」
「そうかもしれない……。でも、万能薬を世間に発表するのは危険すぎる。発表するとしても、こんな小さな街に住む、冴えない研究員が作ったなんて王都の学会で言ったらどうなるか……」
「あースグルさんも天才だったってことで良いんじゃないですか?」
「そんな訳ないだろ。はぁ……、この研究資料は見なかったことにしよう……。俺の人生が壊れる」
スグルさんは特効薬の配合試料をゴミ箱に捨てる。
「あぁ、もったいない。これが世間に広まれば沢山の人が助かるのに……」
「いや、教会の者がさらに裕福になるだけだ。液体よりも運びやすい粉状、優秀な者がいれば量産が可能。こんな物が作られるようになったら、多くの聖職者の役割がなくなる。聖職者に仕事がなくなれば他の人よりも劣る身体能力でどうやって世界を生きて行くんだ。多くの人を救うのは間違いないだろう。だが、多くの人が苦しむのもまた確かだ」
「はぁ……、上手いこと行きませんね……。誰かが得しようとすれば誰かが搾取される。嫌な世の中です」
「まぁ、仕方がない。正教会は多くの人にとってなくてはならない存在だからな。国王でさえ正教会の者の話を入り浸って聞いているそうだ」
「王様も正教会信者なんですね。もう、教会が力を持ちすぎですよ。お金も人も何もかも持っているじゃないですか。武力まで持ったらどうなっちゃうのか……」
「正教会は勇者と剣聖を手もとに置いている。騎士団も各領土にある。正教会の聖域は騎士養成学校で優秀な成績を収めた騎士達が守っている。今の状況を壊すことが出来るのは……もう、何なんだろうな。考え付かない」
――すでに富、名声、力、全てを手にしているのか。次に手を出すのがこの世界と……。どこまで欲張りな教会なんだろうか。教会なのに欲が強すぎるでしょ。止めないと世界が本当に正教会の物になってしまう。
「あの、スグルさん。特効薬の作り方が書いてある試料は全て燃やしましょう」
「そうだな。その方がいい。俺の頭とライト君の頭、キララちゃんの頭の中にしか配合は残しておかない方がいいはずだ。言わなければ誰にも気づかれない。だが、何かあった時には作り出せる」
「そうですよ。何かあればまた作ればいいんです。私は何かが起こる前に止めますけどね」
「ん? 何を止めるんだ」
「あ、いえ……、気にしないでください。ちょっとした独り言なので……」
「姉さん、何か隠してそうだよね。僕に教えてくれないの?」
「な、何でもないんだよ。別に大した話じゃないから、ライトは気にしなくてもいいの」
「ふぅーん。でも、何かあったら教えてよね。姉さんの身に何かあったら僕、凄い悲しいから」
「うん。ちゃんと言うよ。だから、気にしないで」
「分かった……」
「スグルさん。えっと、遅くなりましたけど、牛乳を持ってきました」
「あ、ああ、そうか。そうだったな。そう言えば、キララちゃんたちは酪農家だった。まるっきり違うことをしているから頭から抜けてたよ」
「まるっきり違うことでもないですよ。この牛乳も万能薬の魔法版で綺麗にしていますから」
「はは……。世間にますます発表できなくなったな……」
――ベスパ、クーラーボックスをスグルさんの足下に置いて。
「了解です」
ベスパはスグルさんの足下にクーラーボックスを置いた。
「この袋の中に前回の分と合わせて金貨十枚入っている。確かめてくれ」
「分かりました」
私はスグルさんから小袋を受け取り、金貨十枚入っているのを確認した。
「はい、確かに十枚入っています。では、引き続き、牛乳の調査をお願いしますね」
「ああ、分かってるよ」
私達はスグルさんの研究室から出る。
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