ウシ君
「ウシ君、体を綺麗にしてあげるよ」
「…………」
ウシ君は私の声に反応せず、無視してきた。
「お、おーい、聞こえてる?」
私はウシ君に訊いてみる。だが、何の反応も貰えない。
――また無視された。あまりしつこくしたら逆にうざいと思われるかもしれないから、今日のところはこのくらにしておくか……。
私はウシ君の体に触れる。ウシ君は逃げたり、突進してきたりせず、ただその場にいた。触れられるのは嫌がられていないので病気にならないよう軽くブラッシングして終える。
次の日、厩舎にて……。
「お姉ちゃん! ブラッシングしてっ!」
ミルクは私が厩舎に入ると一番に話しかけて来た。
「キララさん、私も……ブラッシングをお願いしたいです」
チーズもミルクの後に話しかけてくる。
「わかったよ、ちょっと待っててね」
――ただ……私が気になっているのはウシ君なんだよね。昨日もブラッシングしようとしたら、無視されたし。
レクーやミルク、チーズはなんだかんだ言って私に話しかけてくれる。でも、ウシ君だけはまだ、喋っているところを聞いた覚えが無い。
「ベスパ……、ウシ君って喋ってるの? もしかして私にだけ聞こえてないとか……」
「いえ、そんなことはないと思うんですけど……。ただ普通に喋っていないだけです」
ベスパは厩舎の中を飛びながら答えた。
――牧場に来て八日くらい経つけど、まだ馴染めていないのかな……。
私は気になっていつもより多めに話しかけることにした。
「ねえ? ウシ君、今日の調子はどう?」
「……」
――また無視。
「ねえ? ブラッシングはする?」
「……」
――またまた無視。
「干し草の量は籠一杯くらいでいい? 水は飲んでるみたいだから、もっと増やそうか?」
「…………」
――またまたまた無視。
「キララ様、きっと話したくないんですよ。そっとしておきましょう」
ベスパは私の後方から話し掛けてきた。
「でも……、もし病気だったりしたら大変だよ」
「病気ならもっと何か言ってくれると思いますけど、何も言わないということは健康なんじゃないですか?」
「そうなのかな……。それか私が人間だから、警戒してるのかも」
「キララ様が言っていることもないわけじゃないと思います。もしそうなら、他のモークルに聞いてみればいいんじゃないですか?」
「なるほど、その手があった。ミルクとチーズなら何か知ってるかも」
私はベスパの友達にウシ君を散歩へと連れて行ってもらい、残りの二頭に話を聞いてみることにした。
「ねえ、ミルク、チーズ。ウシ君は喋らないの?」
「え? ええっと……前いた牧場では良く喋ってましたよ。ただ、ここの牧場に来てから全然喋ってくれなくなりましたけど」
チーズは小さ目の声でポツポツと喋る。
「何か思い当たる理由とかない?」
「いえ……特には。ただ前の環境よりここの牧場の方が安全で健康的なのは確かなので、ウシ君にも不満は無いと思うんですけど……」
「そうなんだ……。ミルクは何か知らない?」
「ん? 普通に雄だからじゃないの?」
私はどういう意味かわからなかった。
「どういう意味?」
「だって、私たち雌は生きていても人に何かを与えることが出来るでしょ。でも雄は死んでから食べられるだけ。それがわかっているから、あんな不貞腐れた態度を取ってるんだと思うけど」
ミルクは淡々としゃべった。
――確かに……。雌のモークルはお乳を出したり子供を産めたりするけど、雄は雌を孕ませることと人に食べられることくらいしかないかも。雄のモークルにいろいろな仕事があると私は知ってる。そもそも、私はウシ君を食べようだなんて微塵も思っていない。ウシ君が返ってきたら、このことを話してみよう。
少ししてウシ君が散歩から帰ってきた。
「ウシ君、お疲れさま、疲れたでしょ」
「……」
「あのね、ウシ君。私はウシ君を食べようなんて思ってないから」
「……嘘だ」
――あ、喋った。
「嘘じゃないよ。ウシ君には他にいろんな仕事をしてほしいんだ」
「嘘だ……。じゃあ何で父さんは殺されたの……」
私は突然の暗い話しに驚いて言葉が詰まってしまう。
「父さんは僕がここの牧場に来る前に他の場所に連れていかれた。きっと他の牧場に行ったんだと思ってた。でも、ここに来る途中、人の話しで聞いたんだ。『あの大人のモークルどうした?』『いや、少しでも金になると思って肉を売っちまった。せっかく大きく育ったんだが……もう歳だったしな。子供を作るのも難しいだろ』って」
ウシ君はうなだれながら呟く。
「父さんは肉にされて売られた……。どうせ僕も大きくなったら肉にされて売られるんでしょ。なら大きくならない方が良い。前の場所で他の兄弟たちと一緒に死んでた方がましだった!」
「絶対に死なせたりしない! 私は断言する!」
私は周りの音がかき消されるくらいの大声で言った。
あまりに大声を出したので私の喉は潰れかけたが、それでも大声を出さずにはいられなかった。
周りの皆は私が大声を出したことに驚き、目を丸くしている。
「ど、どうしてそう言い切れるの……」
案の定、ウシ君も驚いてたじろいでいる。
「確かに、モークル達は他の人から見ればただの食料かもしれない。でも、私はあなた達を育てている。それはつまり、親と一緒。親が子供を殺すなんて……、私にはできない。まして声が聞こえているのに、そんなことをしたら私が耐えられない。だから私はウシ君を殺したりなんかしない、絶対に殺さない!」
私は言い切った。心の内から思っている気持ちを大きな声で伝えた。
「そんな綺麗ごとを言ったって……」
「それなら証明してあげる! その代わり、ウシ君は大きくなりなさい! 途中で死んじゃうことは許しません。私が言っている綺麗ごとが本当か知りたいのなら、ウシ君が立派な大人になって見せて。そうしたら私が嘘を言っていないってわかるでしょ」
「だってさ! ウシ君! お姉ちゃんを信じてみなよ。その方が楽しいって!」
ミルクも私の後から大きな声で言った。
「大きくなればいいんですね……。わかりましたよ。それだけ言うなら大きくなってやろうじゃないですか!」
ウシ君は今までにないほどの大きな声で怒鳴った。
――良かった……。
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