世界に一冊だけの教科書
「キララ様。相当祈っていましたね。長い間、頭を覗けない状態が続いておりましたから、何か深いことでも考えていたのですか?」
ベスパも祈っていたのか、すっきりとした表情で私の頭上を飛ぶ。
「まぁね。ちょっと振り返ってただけだよ。私の人生をね」
「キララ様の人生はまだ一〇年と一一カ月しか経っていませんよね」
「まぁ、短いけどさ。子供ながらにここまで成長できたのは嬉しいんだよ。神父様も言ってたでしょ。赤子の死亡率が高いって。私は赤ちゃんの時に死ななくてよかったな~って思ってさ。ライトとシャインも無事大きくなってきたし、私もまだまだ成長途中だし」
私は自分の胸に手を置く。
「キララ様は気にしすぎですよ。この村の人たちの女性を見てください。ほとんどがキララ様と……。んんっ」
ベスパは咳払いをしてその先を言うのを止めた。
「なに、ベスパ。言いかけたのならちゃんと言いなよ」
「え~、大丈夫です。キララ様はそのままでも十分美しいですから」
ベスパは額に冷や汗をかきながら私を持ち上げてきた。
「ま、その言葉はありがたく受け取っておくよ」
私にはベスパの考えていることなど全て丸わかりなのだ。まぁ、今は気分がいいから怒らないでおこう。
「さてと、今日の残りは何をしようか?」
「普通に鍛錬をすればいいんじゃないですかね。疲れたら紅茶でも飲んで休み休み強くなりましょう」
「そうだね。それじゃあ、体力作りから始めようか。シャインみたく、走りまくってみよう。そうすれば、持久力が付くかもしれない」
「シャインさんを目標にするとキララ様の脚が千切れてしまうのでやめてくださいね」
「わ、分かってるよ。ほどほどにするから」
私は教会の前からランニングを始め、一時間後に倒れた。
私の休日の記憶はそこで途切れている。
私はまたしてもバターを作りそびれた。
次の日。
七月一四日。天候:晴
「う……。脚が痛いよぉ……。昨日は走り過ぎたぁ~」
私は両脚を天井に向け、筋肉痛に耐える。
「キララ様、一時間走っただけで気絶するなんて思いませんでしたよ」
「私、走るのめっぽう苦手みたい。これは由々しき事態だよ。走れないと強くなれない」
「なら、走れるようになるしかないですよ。少しずつ走りましょう。レクーさんに甘えてばかりではいけないということです」
――前世は陸上部だったから走るのは得意なはずなんだけど……。つまり、私の体が貧弱なんだな。私、結構鍛えているつもりだったんだけど、走る速度を間違えたのかな。まぁ、レクーに全部移動をお願いしているからって言うのは正しいかもしれない。
「ベスパの言う通りかもね。私、移動の時はレクーにだいたい乗ってたから、下半身が弱ってたのかな。いや、バートンに乗るのは力がいるから筋力は付いているはずなんだけど……。とりあえず、数十分だけでも、走るよ」
「はい。そうしましょう」
私は脚を震わせながら服を着替えてライトの部屋に向う。
『コンコンコン』
「ライト、私だけど中に入ってもいい?」
扉を三回叩き、中に入ってもいいか聞く。
「いいよ」
「じゃあ、入るね」
私は扉を開けてライトの部屋に入る。
「うわっ!」
私が部屋に入ると、大量の木板と紙が足下を埋め尽くしていた。
「ちょ、ライト。また増えてない? 足の踏み場もないよ」
「でも、敷き詰まってるから踏めば移動できるよ」
「そう言う問題じゃなくて……。いったい何をこんなに書いているの?」
「デイジーさんに頼まれたんだよ。毎回来てもらうのは悪いから魔法の使い方が書いてある本を書いてって」
「デイジーちゃん。もう、文字が読めるようになったの?」
「僕が教えてるんだから当たり前でしょ。魔法も『ファイア』の上『ファイアボール』まで使えるようになったよ」
「何か、私……。気づかないうちにデイジーちゃんに呆気なく越されてるんだけど」
「まぁ、姉さんは威力重視みたいなところがあるから気にしなくてもいいよ。ただ、使えるのと使いこなすは別物だからね」
「それ、私をけなしているのか褒めてるのかどっちなの?」
「もちろん褒めてるよ。姉さんの魔法は威力が高すぎるから、わざと『ファイア』を使ってるんでしょ。戦いでも『ファイア』だけで事足りるなら『ファイアボール』を使う必要がないからね」
――いや、私は『ファイアーボール』を使わないのではなく『ファイア』しか使えないだけなですけど。属性魔法は初級しか使えないのに……何勝手にいいように解釈しているのかな、この天才弟君は……。
「ですが、キララ様。ライトさんの言っている通りですよ。『ファイア』で事足りるのですから出来ない『ファイアボール』よりも、完璧に使いこなせるほど得意な『ファイア』を極めた方が使い勝手がいいじゃないですか」
ベスパは床に散らばった魔法陣の書かれている紙を集め、浮きあがる。
――まぁ、そうかもしれないけど。でもでも、やっぱりいろんな魔法が使えた方が楽しいでしょ。魔法を練習しようとする気が起きるし『ファイア』が効かない相手だっているし、もっと力を満遍なくつけたいんだよ。吐出するのはその後でもいいでしょ。
「でも、キララ様はいつも練習なさっていますが成功したためしがないじゃないですか」
――そうなんだよなぁ。何で成功しないんだろう。私にはよく分からないよ。
「それで、姉さん。今日は僕も街に行くんだよね?」
「そう。頼み事を聞いてもらいたくてさ」
「もちろん良いよ。僕も街に行きたかったし、丁度よかった」
「なら、準備して。いつまでもそんな恰好でいると風邪ひくよ」
ライトは内着とパンツ一丁で椅子に座り、かりかりと白紙の紙に文章を書いている。手足が細く、不健康そうに見えるがいたって健康体だ。
「は~い」
私は居間でライトが服を着替えるのを待った。
「はぁ……。とうとう教科書まで作り始めたよ。正教会にでも知られたらただじゃおかないだろうな」
「でしょうね。でも、手作りですし完成しても一冊だけしかこの世にない物な訳ですから、そう簡単には見つかりませんよ。まして、八歳の子供が書いたなんて誰が思いますか?」
ベスパはテーブルの上に立ち、翅を休ませている。
「確かに……。私が八歳の時はまだ『ファイア』の鍛錬をしてたよ。才能って怖いね」
「ライトさんの場合、才能というよりかは、ただ好き好んでやっているだけだと思いますよ」
――好きこそものの上手なれ……か。私も魔法は嫌いじゃないんだけどな。剣術も嫌いじゃない。でも、好きの気持ちは二人に負ける。誰にも負けないくらい好きな物……。私にあるのかな。
「姉さん。準備できたよ」
ライトは黒のズボンに白の長袖カッターシャツ、私のあげた黒いローブを羽織っていた。
「その格好、少し熱くない? 大丈夫なの」
「うん。ローブの裏に『凍結』の魔法陣を張ってあるから涼しいんだ。魔法陣を書き換えて威力を弱めているから少ない魔力で涼しい空間にできるんだよ」
ライトはローブをたくし上げ、魔法陣の書かれている紙を見せてきた。
「魔法陣を書き換えるって……。もう改造の域に達してるよ」
「改造じゃなくて構築の改良だね。ま、気にしないでよ。僕がこんな調子なの、姉さんも知ってるでしょ」
ライトはローブを戻し、あっけらかんとした表情を見せる。
「他の人よりかね。ま、いいか。でも、他の人に気づかれると面倒だから、魔法陣が見られても動揺しないようにね」
「普通の人が魔法陣を見ただけじゃ、なにがどう変わったかなんてすぐに分からないよ。ま、僕なら分かるけどね」
「それもそうか」
――私も暑さ対策した方がいいかな。ベスパ、日陰が多くなるように帽子を作って着てくれない? 出来るだけ通気性を良くしてくれるとありがたい。
「了解しました!」
ベスパは家から飛び出していき、大きな帽子をすぐに持ってやってきた。
「完成しました」
「ありがとう。ってこれ」
ベスパが持ってきたのは麦わら帽子にそっくりだった。ただ、素材が麦わらではなく、木なので木製帽子。だが見た目は完全に麦わら帽子だ。つばが大きく広い。これで熱中症と日焼けをある程度対策出来そうだ。
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