社畜(アイドル)の精神とバターづくり
「ねえ、ガンマ君。ここでの暮らしはなれた?」
シャインはガンマ君に向って話しかけた。
「まぁ、多少はなれました」
ガンマ君はシャインの質問に普通に返した。
「毎日楽しい?」
「はい。楽しいです」
「そう。よかった」
シャインとガンマ君の短めの会話が終了する。
シャインはまだ何か言いたそうな顔をしており、口を開いては閉じ、開いては閉じを繰り返していた。
またしても沈黙があった末、シャインはとうとう喋りだす。
「私も……毎日楽しいよ……。朝、ガンマ君が私と一緒に走ってくれるのすごく嬉しい。いつも一人だったから、一緒に走る楽しさを知らなかった。でも、ガンマ君のおかげで知ることが出来たよ。えっと……ガンマ君、村に来てくれてありがとう」
「な、何言っているんですか。シャインさんにはいつも迷惑をかけてしまっているので、失敗の対処をしてくれて本当にありがとうございます。僕の方が感謝したいこと、いっぱいあるんですよ」
ガンマ君は身振り手振りで感謝の大きさを表していた。
「はは……、ガンマ君、慌て過ぎだよ。でも、そんなところが……」
――え、ええ、ええ、なに、なになに。私、こんな特等席で聞いててもいいの。いいよね、頑張ったし。私、昨日滅茶苦茶頑張ったもん。何度も死にかけたし、ご褒美貰ってもいいよね。
「キララ様、あんまり騒ぐと……」
ベスパの忠告は少々遅かった。
「え、お姉ちゃん……。そんなところで何しているの?」
シャインは後方にいる私に気づいた。
私はブラットディア(ゴキブリ)みたく、気配を消して隠れていたつもりだったのだが、いつの間にか前のめりになり聞き入っていた。
「あ、いや、別に、ここで昼食を取っていただけだよ。で、でも、そうか、そうか。シャインもそう言うお年頃何だね。いいよ、ガンマ君なら私も賛成。いい男に絶対成長するから、今から目を着けておくのはさすが、私の妹なだけあるね!」
「お姉ちゃん……、何言ってるの?」
シャインは首を傾げ、困った表情をする。
「え? いや、その……。シャインはガンマ君が気になってるんじゃないの?」
「気になると言うか、その……。教えてあげようと思って」
「何を?」
「作業着の股のボタンが……外れてるって……」
シャインは顔を赤くし、ガンマ君の股間を指さした。
「なっ!」
ガンマ君は一瞬で気づき、開いていた股を閉じる。
「あ、そう言うこと……」
「キララ様。目の前から見てたのに、全然気づかなかったんですか?」
――え、ベスパは気づいてたの?
「そりゃあ、あんなに目の前で見てたら、気づきますよ」
「お姉ちゃんはいったい何を想像していたの?」
シャインは無垢な表情で私を見てくる。
「い、いやぁ……。別に、何も……」
私は白を切る。
「そうなんだ。なら、別にいいや。じゃ、ガンマ君、それのことを言いたかったんだけど、なかなか言い出せなくてごめんね。でも、さっきの言葉は嘘じゃないから」
「あ、ありがとうございます。シャインさん。教えてくれて」
ガンマ君は恥ずかしそうにペコペコと頭を下げていた。
「いいよいいよ。見てたら気づいただけだからさ」
シャインは昼食を終え、ガンマ君のもとを離れた。
――なーんだ。そうだったのか。ちょっと残念……。
「キララ様。趣味が悪いですよ。妹の色恋沙汰をウハウハと見るのは……」
――そうだけどさ。まぁ、関係は悪くないだろうし、いつか進展があるといいんだけど。でもまぁ、まだ八歳だし。どうなるかわからないよな。
『シャインとガンマ君の超ラブラブお似合い夫婦が生まれるまで、あと一〇年(仮)』
☆☆☆☆
昼食の時間が終わり、皆は仕事に戻った。
私は特にすることもなく、青い空を見てボーっとしていた。
昨日の忙しさが嘘かのような静けさで、心の天気はぐちゃぐちゃになっている。
「はぁ~。皆は働いているのに私だけ遊ぶのもな……」
元日本人である私は周りの人が懸命に働いている中、悠々自適に遊ぶことなど出来る訳なかった。どうやら私の魂には社畜の精神が染みついているらしい。
「よし、前々から作りたかった乳油を作ってみよう」
私は暇をつぶすため、お菓子作りに欠かせないバターを作ると決めた。
「そうと決まれば、生乳が必要だな。今すぐ搾りに行こう」
私は立ち上がり、モークル達のいる厩舎に向う。
モークル達のいる厩舎に到着し、様子を眺めていた。
モークル達は厩舎にぎゅうぎゅう詰めではなく、空間が多少開いている場所で生活している。少し前は余裕で移動できるくらいの個体数だったのだが、今は数が各段に増えていた。育てにくいという話だったのだが、死ぬ個体はおらず、皆、すくすくと育っている。
「いや~、半年前に比べると凄い数になったなぁ……。ウシ君とミルク、チーズの子供達が多いのかな。何となく雰囲気が似てる気がする。お爺ちゃんが育ててたモークルの子もいるし……。いったい何頭いるんだ?」
私はモークルの個体数を調べようと思ったが、ライトが既にやっていると思うし、面倒だったのでやめた。
私は乳しぼりを行っている場所に向う。
今日は乳しぼりの仕事をしているセチアさんのところに来た。
「セチアさん、こんにちは」
「あ、キララちゃん。どうしたの?」
セチアさんはバケツの中にモークルの乳を搾り、並べていた。
「生乳を少し分けてもらいたいと思いまして」
「そうなんだ。なら、このバケツに溜まってるのは今搾ったやつだから、もっていっていいよ」
「ありがとうございます」
――ベスパ、バケツを持ってくれる。
「了解です」
ベスパはバケツの取っ手を持ち、空中に浮かべた。
「セチアさん。モークル達の体調はどうですか?」
「みんな元気だよ。元気過ぎて大変なくらい。でも、ミルクちゃんとチーズちゃんが皆を纏めてくれるからすごい助かってるの。でも……ここにいると、自分の情けなさが際立って……ちょっと悲しくなるんだ」
セチアさんはモークル達の大きな乳を見た後、自分の胸を触り、項垂れていた……。
「そ、そうですか……」
――分かる、分かりますよ、その気持ち。私も牛みたいになりたいと何度思ったか。でも、現実は牛乳みたく、甘くないんですよ。
「じゃあ、私は生乳を貰いに来ただけなので、この後もお仕事頑張ってくださいね」
「うん。頑張るよ!」
セチアさんは笑顔を私に向けた。私の笑顔にも並ぶほど、いい笑顔だった。
私はモークルの厩舎を離れ、自宅に向う。
「『フリーズ』」
私は生乳を冷やしていた。少しでも細菌が増えるのを防ぐためだ。
数分間歩き、自宅に到着し、台所に向う。
「ベスパ、台所にバケツを置いてくれる」
「了解」
ベスパはバケツを台所に置いた。バケツの中にある生乳からは白い水蒸気が上がっており、よく冷えている。
「よし、バターを作るために、まずは牛乳の油分を高めるよ」
「キララ様、何を作ろうとしているんですか? 牛乳からバターを作るんですよね」
「うん。そうだよ。でも、生乳の状態じゃバターは作れないんだよ」
「では、どうやって作るんですか?」
「まぁ、見ていてよ。まずは、この生乳から油分の多い牛乳と低い牛乳に分けるの」
――アイドルの頃、某有名なお菓子会社で作られている乳製品の作業工程を見せてもらった経験を思い出してバターを作っていこう。あの時は機械で全自動みたいだったけど、今回はそう行かない。私は手動で全部やらないといけないんだ。でも、機械に負けない力が今の私に備わっている。魔力と言う超便利な力がね。
私はバケツの横に手を当てて詠唱を放つ。
「『回転』」
すると、バケツの中心が窪み、渦潮のように生乳が回り始めた。
私は牛乳が溢れないよう、魔力で蓋をして中身を思いっきり回し、脂肪分の多い牛乳と少ない牛乳に分ける遠心分離(遠心力を利用して密度の異なる二種の液体、または液体と固体などの混合物を分ける方法)の工程を行う。
数分間生乳を遠心分離したら、薄い液体と白色が濃い液体に分かれた。
「確か、薄い方は脱脂乳って言うんだよな。この脱脂乳もすごく使えるから、残しておかないともったいない。ベスパ、牛乳パックを取って」
「了解」
ベスパは牛乳パックを私の手に落とす。
私は魔力操作を使って脱脂乳を浮かび上がらせる。だが、ライトが行う時みたく綺麗な纏まりにならず、脱脂乳の水滴が天の川の星のようにポツポツとばらけ、上手く牛乳パックの中に入れられない。
ライトならば、大量の牛乳を一〇○本の牛乳瓶に一気に注ぎ入れることが可能だ。牛乳パックにバケツ分の脱脂乳を入れることすら難しい私からしたら、何がどうなっているのか訳が分からない。
「く……。やっぱりライトみたく上手く出来ないな……。ベスパ、手伝って」
「了解です」
ベスパも魔力を使い、私の補佐をしてくれた。すると、ばらけていた水滴がスライムのように一纏りになって移動させやすくなった。
私達は台所を汚しながら、脱脂乳を牛乳パックに注ぎこむ。
脱脂乳の量は牛乳パックが四本と一本の半分くらいだった。
私は各牛乳バックの蓋を魔法で閉めてひと段落する。
「ふぅ……。確かこのバケツが五リットルくらい入るはずだから、生クリームになるのは五○○ミリリットルくらい。バケツ一杯の一〇分の一か……。バターは本当に希少品な食材になりそうな予感がしてきた」
脱脂乳を牛乳パックに移し入れたことで、バケツの中には生乳の油分が濃縮された生クリームの原形だけになっていた。
「この生クリームをライトの『クリア』で殺菌してもらわないと……」
ベスパに頼んでもよかったのだが、ライトにお願いしなければならないので自分で向かうことにした。
私は生クリームを冷やしながらライトのいる牧場まで走り『クリア』を掛けてもらった後、また実家の台所に戻ってきた。
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