レクーの走り
次の日、私はレクーの走りを見る。
レクーの走り方は姉さんと違い、首を持ち上げて地面を飛び跳ねるような走り方だった。だから、凄く美しく見えたのだ。
逆に姉さんの走りは、首を低くし地面を蹴るようにして走る。だからものすごく力強く、カッコよく見えた。
どっちが良いという話ではない、どっちも良い。
「レクー、今日は自分が好きな走り方をしてみて。自分の思うままに、ただ楽しいと思える走り方をしてほしい」
私は、走り終えて戻って来た真っ白なバートンに伝える。
「え……、でも……」
「初めは楽しんでいいんだよ、楽しんでこそものの上手なれってね。走ることが嫌いにならないために、走ることを大好きになろう。それで、姉さんが言うように強くなりたいと思う日が来たら頑張ればいいんだ」
「そんな甘えて良いんですか……。僕、楽しんで走ってもいいんですか?」
「良いに決まってるじゃん! 楽しくなかったら何もうまくいかないよ!」
私はレクーの頭を何度も撫でる。
「わ、わかりました。僕、楽しみます! 楽しんで楽しんで楽しみまくります!」
その日、レクーは牧場を自由に好きなように走った、走って走って、疲れたら、少し休んで、また走って。
そうしていたら、レクーの走りから楽しさがにじみ出ているのがわかった。
交代の時間が来る。
「どうだった?」
私は訊くまでも無いと思ったが、訊かずにはいられなかった。
「はい……、とても楽しかったです」
レクーは息を切らし、疲れ切っているにもかかわらず、顔は大変満足したような良い顔をしていた。
私はレクーを連れて厩舎に戻る時、またお爺ちゃんと入れ違う。もちろん姉さんも一緒だ。
レクーは姉さんに何を言われるか不安そうな顔をしていたが、姉さんは意外な言葉をレクーに掛けた。
「――良い走りだった」
たったそれだけ、たったその一言だけだったがレクーは初めて褒められたかのように尻尾を大きく振る。
言葉には出していないが相当うれしいのだろう。
その日からレクーは変わっていった。
姉さんに褒められたこと、加えて自分が好きな走りが出来ること。たったそれだけの理由だったがレクーが自信を取り戻すには十分だった。
「レクー、調子はどう?」
「はい! すごくいいです。体も軽いですし、凄く走りやすいです。えっと……キララさん、僕、試したいことがあるんですけど、見ていてもらってもいいですか?」
レクーは私に初めてお願いをしてくれた、やっと頼ってもらえて私は身が震える。
「もちろん! レクーの走り、ばっちり見てるよ!」
私が力強く言うと、レクーは尻尾を嬉しそうに振る。
レクーは少し離れた所まで走ると、いつもとは違う雰囲気になる。
いつもは、走ることを楽しもうとしている顔だが今は少し違う……。その眼付は……そう! 姉さんそのものだ。
アマチュア選手の雰囲気がプロ選手の雰囲気へといきなり変わり、私は驚かされる。
「ふっ!」
レクーは軽い助走をつけた後、地面を強く蹴ってスタートの合図もなく等々に走り出した。姿勢を低くし、一気に加速してる。
足が地面を強く蹴り上げると地面は抉れ、大量の土が舞う。後方を見るとレクーが走った跡が地面にはっきりと残っていた。
「跳ねてない……」
レクーが好きな走り方は、地面をスキップするような走りだ。
だが、今の走り方はその真逆。首を低くし、体の重心を下げている。その走り方は、姉さんが戦うために教えていた走り方だった。
「はっ! はっ! はっ!」
レクーの速度はどんどん上がっていく。
牧場の端から端まで一気に走り抜けていく真っ白なバートンの姿に私は思わず……。
「カッコいい……」
その言葉がレクーに聞こえてしまったのか、レクーは体勢を崩してしまい、派手に転んでしまった。
真っ白だった白毛が砂で茶色になってしまっている。
「レクー! 大丈夫!」
見たところ、骨折している様子はない。骨太なのかな?
「は、はい……、最後派手に転んじゃいました」
レクーは恥ずかしそうにすぐ立ち上がった。
「レクー! 今の走り方! 姉さんが教えてた走り方だよね!」
「はい……。今ならできると思って。でもまだまだでした。お母さんなら初速でもっと速度が出せます。それに、僕は全然小回りが全然利きません、お母さんは最高速度を維持したまま小さな移動が出来ます。練習不足でした……」
レクーは自信なさげにうなだれる。
「レクー……」
「でも……、僕、頑張ります! ちょっとでも良い走りに近づけるように、キララさん、悪い所があったら何でも言ってください!」
前のレクーなら一日や二日、三日ほど落ち込んでいたが今のレクーは一分足らずで気を持ち直した。精神面がかなり強くなっている。
「レクー、うん、そうだね。まだまだこれからだよ!」
私はバートンの走りで良い所や悪い所などわからない。でも、レクーは自分から姉さんの走りを練習しだしたのだ。なら、私も手助けしないわけにはいかない。
レクーがなぜ練習しようと思い立ったのかはわからない。ただ、凄くかっこよかった。
「カッコいい」と私が姉さんを初めて見た時と同じような感想が口から自然とこぼれたのは嘘でも方便でもない。心から零れた本心。その本心が「カッコいい」の一言だった。
だって雰囲気が王子様のようにカッコよくて純白なレクーの姿が豪傑な姉さんに重なるんだからカッコよくないわけないよ。
――でも私に助言なんてできるのかな。
その日も姉さんといつものように入れ違いになる。
「最初、集中するまでが遅い……。そこからもう戦いは始まってる……」
姉さんはレクーに聞こえるか聞こえないか、わからないほどの声で呟いた。
「お母さん……。うん、ありがとう」
――姉さん。
姉さんを連れたお爺ちゃんとすれ違った私たちは厩舎に戻る。
「レクー、その砂だらけになった体、ブラッシングしてあげる」
「ありがとうございます。キララさん、僕……お母さんから助言を初めてもらえました」
「一歩前進したってことなんじゃない」
「そうなんですかね……。あまり実感がわかないんですけど……」
「うわ~、レクー! 砂塗れじゃん。も~、また私のブラッシングが遅くなっちゃう!」
隣から白と黒の毛が特徴的なミルクが顔をのぞかせる。
「す、すみません。張りきりすぎてしまって」
「まぁ良いけどさ~」
ミルクは寂しがりなのか、どんなときにも話しかけてくる。それはそれでコミュニケーションが取れて助かっていた。
レクーのブラッシングを終えて、ミルクとチーズのブラッシングを行った。
「良し、ブラッシング終了!」
――次はウシ君だよね。
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