牛乳がなぜ美味しいのか
「それにしても、厩舎なのに臭いがそこまで酷くないですね。毎日、掃除しているんですか?」
ルドラさんは犬のように厩舎内のにおいを嗅いでいる。
「もちろんです。お父さんとお爺ちゃんがバートンを連れ出して運動させている間に、子供達が厩舎を掃除して常に清潔な空間を保っているんですよ。そうしないとバートンが病気に掛かってしまいますし、他の動物に感染しかねませんからね。病気に罹ったあとではなく、罹らないようにするのが大切だと考えているんです」
「飼育環境の清潔化を徹底しているんですね。そのお陰であれほど屈強なバートン達を育てられるのか……。いい情報を貰いました!」
ルドラさんは胸もとからメークル皮紙と万年筆のようなペンを取り出し、メモをつらつらと書き込んでいる。
「いい情報は各村で共有するんですか?」
「そうですね。許可を貰えるなら共有しますよ。そうした方が質の良い品を増やせますからね」
「なら全然話してもらっても構いません。と言うか、毎日掃除するのが普通だと思ってたんですけど違うんですか?」
「掃除はしますがここまで徹底されていませんね。ほとんどの牧場は簡単な魔法を使って動物達の糞尿を片づけるのが普通です。ただ魔法だと使用者の良し悪しがあるので、清潔さにばらつきが生まれるんですよ。掃除も同じですがある程度綺麗になりますし効果的な気もしますね」
「確かに魔法でも綺麗に出来ますけど、私達は動物達との距離を近くしています。そうした方が人に慣れて動物達が緊張しなくなり、仲が深まります。すると動物達はのびのび生活できるようになるんですよ」
「なるほど、なるほど……。動物達との距離を近くして緊張を取るとは、中々に難しい話しですね。そこまで行くのにどれほどの労力がかかるのか考えると、頭が痛くなります」
「そこまで難しくないと思うんですけどね……。動物たちと会話できれば」
私はふとベスパの方向を見る。ベスパは空中で浮遊し、寝ていた。
「動物たちと会話できるスキルを持つ者は種類に限定されている場合が多いので一種類に絞って飼育していますね。でも、言葉が分かるだけでは仲は深まりませんよ。その者に近づこうとする意志が無ければ言葉が分かっても無意味です」
「確かにその通りですね……」
私は牧場の中をルドラさんに案内した。
モークルの厩舎やメークルの小屋。
牛乳を作っている施設、倉庫、あれやこれや全て見せた。
私達には隠すような施設はなく、知識として周りに広めてもらえばそれだけ良い品が生まれると思ったのだ。
そうなれば、この世界の食文化も少なからずよくなると考えたのだが……。
「この牧場を再現するのは難しそうですね。色々と規格外すぎて……」
「そうですか? 特に変わった施設はないと思いますけどね。美味しい牛乳を得るために、私達はできうる限りの配慮をしているだけなんですけど……」
「牛乳がなぜあれほどまで美味しいのか分かりました。この牧場を見れば理解できます。牛乳は奇跡的に生まれた産物ではなく、計画的に生み出されている産物なのだと。ここまでの施設を仕上げるには他の村だとどれほどかかるか分かりません」
ルドラさんは頭を振り、苦笑いしていた。
「あ、なるほど……」
「もう、各村の牧場主に伝える情報が多すぎて覚書がモークル皮紙いっぱいになってしまいました。この大きさではもう書き切れません。もう、伝えるのが面倒なので一番大切なことを教えてもらってもいいですか?」
ルドラさんは真っ黒になったモークル皮紙を私に見せてくる。そのあと、メークル皮紙を丸めて服の内ポケットにしまった。
「私達が一番に気をつけていることは衛生面です。これだけは何があっても落とせません。もし衛生面が維持できなくなったら牛乳は売れなくなります。それは理解しておいてください。あと、どれだけ美味しくても量には限りがあります。大量に受注されても、お応えできない場合があるので王都の人たちに伝えておいてください」
「分かりました。美味しさを保つための個数制限なんですね」
「はい。まぁ、各所に満遍なくいきわたらせるためでもありますけどね」
「はぁ~凄い。もう、他の村とは逸脱しています。何もかもが上の上をいき、追いつくのに何年かかるのか分かりません。キララさん。最後に一つ質問してもいいですか?」
「はい、何でしょう」
「この牧場はあとどれだけ成長するのでしょうか?」
「さぁ……。分からないですね。元は動物たちを保護するための場所だったのを私が改良して牧場の施設を作りました」
「その時点で凄い……」
「牧場は言わば私の思いつきなので、さらに多くの動物たちが増えるかもしれませんし、泣く泣く潰さないといけない部分が出るかもしれません。でも、これ以上、下がることはありません。上がり続けるだけです。停滞する地点まで行ったら何かを変える。そうなると、多分変化し続けると思いますよ。まぁ、私がこの村にいる間はですけどね」
「ありがとうございます。いや~、私も頑張らないといけないですね。このままだと、私じゃなくてもいいくらい商品が売れそうなので、私じゃないといけないとキララさんに思わせられるくらい、成長してみせますよ」
「はは……、期待しておきます」
――実際はあまり期待していない。期待が裏切られると辛いからだ。私の期待は底辺の値に等しく設定してある。そうすれば、少しでも成長したら期待を上回ったと嬉しくなれるのだ。少しひねくれてるかも……。
『絶対に多大なる期待を持ってはいけない。そんな期待は自分を戒める。期待はするな。期待させる人間になれ』私の先輩アイドルが放った言葉。今でも胸にしみている。
「では、ルドラさんの冷蔵車に氷と牛乳パック一〇○本を積んでおきますね」
「はい。お願いします。七日後に戻って来れるか分かりませんが全力で頑張ってきますよ。長くても三○日後には必ず帰ってきますね」
ルドラさんの眼は燃えていた。私達の仕事の熱量に当てられて闘志がわいたのかもしれない。
私達はルドラさんの荷台が置いてある場所にやってきた。
昨日、ルドラさんの荷台から拝借した黒いローブとベルトの金額を支払おうと思い、私はルドラさんに値段を聞く。
「ルドラさん。昨日、荷台から勝手に持ち出してライトとシャインの誕生日の贈り物にしてしまったので、そのお金を払わせてください」
「あ、そうだったんですね。何であの二人があの魔道具を持っているのかと不思議だったんですよ」
「え……。魔道具?」
私はてっきり普通のローブとベルトだと思っていたのだがもしかして普通じゃないのか……。
「はい。あの黒いローブとベルトは魔道具です。と言っても、それほど高くないので安心してください。どちらも金貨二○枚くらいですから」
ルドラさんはあっけらかんと高額な金額を口にした。
「いや、高い!!」
――金貨二○枚って、どこのブランドのローブとベルトだよ。八歳児の子供に持たせていい品じゃない! 私が欲しいわ!
私はルドラさんに詳細を聞く。
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