自信のないバートン
「じゃあ、レクーを迎えに行こうか。このお土産(干し草)を持ってね」
私は干し草を抱きあげる。
「そうですね、その方が良いと思います」
私達はレクーが走っているバートン場に着く。他の場所よりも草が生えておらず、バートンが走りやすい地面が広がっていた。その中で真っ白なレクーはシルクのように美しい鬣を靡かせながら走っていた。その姿は現実に存在する動物とは思えないほど神秘的だった。
――姉さんが走っている姿は力強くてカッコよかったけど、レクーが走っている姿は美しいと言ったほうがしっくりくるな。
私とベスパがレクーの走る姿に見惚れていると、レクーの方が私たちに気づき、こちら側に走ってきた。
「ごめんなさい……、走っていたら楽しくなっちゃって……、帰り時を見逃しました」
レクーは頭を低くし、謝って来た。
「あ……、いいの、いいの。ほら、お腹すいたでしょ」
私は持ってきた干し草をレクーに食べさせる。
「ありがとうございます……」
「いっぱい食べて大きくなるんだぞ! 姉さんより大きくなろうね!」
「僕は別に……、お母さんみたいにならなくてもいいです……」
――あれ、なんか嫌なこと言っちゃったかな。レクーは姉さんみたいになりたくなかったのかも。まぁ、あれだけ大きいのも目立って嫌かもね。
「ごめんね、なんか嫌なこと言っちゃったかな?」
「いえ、気にしないでください。お母さんみたいになれないっていうのは、僕が一番よくわかってるので……」
――レクーは姉さん(お母さん)と言う、すごい存在がいるから自分が霞んで見えてしまっているのかも。自分に自信が持てないのかな?
私もアイドルの時よく言われた。特に地下アイドルの時にあっちのこの方が可愛いとか、踊りや歌が上手いとか。
なんなら私よりも秀でたものがあると自慢してくるアイドルもいたな……。私の方がSNSのフォロアーが多いとか、背が高いとか。まぁ、別に気にしてなかったけど。
「レクー、別に気にしなくていいんだよ。今は思えないかもしれないけど、レクーにだって姉さんに無い魅力をいっぱい持ってる。その綺麗な白毛とか、すごく魅力的だよ」
「ありがとうございます……、お世辞でもうれしいです……」
レクーの頭は地面に突きそうなくらい低くなっていた。
「キララ様……。レクーは相当重症ですよ」
ベスパは自信がありすぎるので、自信が無さすぎるレクーを見て驚いていた。
――うん、そうみたいだね。何とかしてレクーに自信を持たせてあげたいな。
「それじゃあ、レクー、厩舎に戻ろう。私がブラッシングしてあげる」
「は、はい……」
レクーと共に厩舎に戻る途中、入れ違いでお爺ちゃんが姉さんを連れてきた。
「レク、さっきの走りは何だい? そんな走りで戦場を生き残れると思ってるの! 脚に力をもっと入れて踏ん張りな! ぬかるみで転んで乗っている人間が死ぬよ。あと姿勢をもっと落としな、敵の攻撃が自分と乗っている人間に当たって死ぬよ。何度言ったらわかるんだ。これくらいどのバートンでもできてるぞ!」
「はい……お母さん、ごめんなさい」
――なるほど、レクーの自信が無い原因はこれか。そりゃあ、姉さんの走りは戦いから学んできたすごい走りなんだろうけど、子供のレクーに戦いで使える走りを強要するのは違うと思うな。
私達は厩舎に到着した。レクーを厩舎に入れ、ブラッシングを始めた。
「どお? 気持ちい? 私、ブラッシングは初めてなんだけど、ちゃんとできてるかな?」
私は柔らかいが張りがしっかりとある毛が付いたブラシでレクーの白い体を優しく撫でるようにブラッシングしていく。
「はい……、すごく気持ちいいです」
レクーの声が甘くなった。どうやら心を落ち着かせてくれているようだ。
「お姉ちゃん! 私もレクーにしてるのしてほしい!」
近くにいるミルクが大きな声を出し、私を呼んだ。
「はいはい! レクーが終わったら、ミルクもしてあげるからちょっと待ってて」
「は~い。でも、早くしてよ。私も体を綺麗にしてほしいんだからね!」
「はいはい、わかったわかった」
私はミルクのわがままを少し流す。
――それにしても綺麗な白毛だな~。姉さんが黒い毛だし、お父さんが白い毛だったのかな?
「ねえ、レクー。お父さんは覚えてる?」
「いえ……覚えてません。覚えてなくてすみません」
「別に謝らなくていいんだよ。ただ、あの姉さんが許した相手なんだからきっとすごいバートンだったんだろうね。レクーみたいに真っ白なバートンだったのかも」
「何が言いたいんですか?」
「姉さんはレクーのことを誰よりも思っているってことだよ」
「わかりません……。お母さんは僕を強いバートンにしたいだけなんじゃないですか……」
レクーは不貞腐れ、地面を見ていた。
「確かに強いバートンになってほしいって思ってるかもしれないけど、レクーに生き残って欲しいんだよ」
「生き残ってほしい?」
「少し前、姉さんから聞いた話がある。姉さんは戦いで多くの死を見てきたって。それは人かもしれないけどきっとバートンの死もいっぱい見てきたんだよ。バートンに生まれたら戦いに使われる可能性が高い。そうなったとき、レクーに死んでほしくないから厳しいことを言うんだ。それだけはわかってあげて欲しい」
「そ、そんなこと言われても……」
レクーは姉さんの考えを上手く受け取っていなかったからか、動揺していた。
「レクーが弱かったら、レクーに乗る人も危険になる。きっと姉さんはそれが許せないんじゃないかな」
「…………」
ブラッシングが終わるまでレクーは一言も話さなかった。
「良し! 綺麗になった」
私はミルクの体をブラッシングした。ミルクはまだ子供なので背が低く、私でも手が届くほどの大きさだ。
「ありがとう、お姉ちゃん! すごく気持ちよかった!」
「どういたしまして」
「ありがとうございます、私たちを助けてくれて……」
薄茶色の毛が特徴的なチーズは初めて喋った。
「どうして? と言うか……私が助けてあげたっていうのかな」
「あのままだったら私たち、死んでいました。食べる物もなくて、ずっと不衛生な環境にいたので。私、ここがとっても気に入りました。お姉さんもいい人だし、私、頑張って大きくなります。だから、見捨てないでください……」
チーズは私に擦り寄ってくる。
――辛い生活をしていたんだ……。ここでも同じ思いをさせるわけにはいかない。
「安心して。絶対に見捨てたりなんかしない。干し草を一杯食べて大きくなるんだよ」
「はい、ありがとうございます」
「……」
内気なチーズが喋ったのにウシ君は未だに一言も喋らなかった。
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