お尻ぺんぺん1000回の刑
私が歩く度、紙コップの飲み口部分から香るコーヒーの匂いが空中に漂い、凄い落ち着く。
砂糖やミルクを入れなくても私は飲めるので、香りを楽しみながら口の中にコーヒーを入れた。
「はぁ~! 美味しぃ……。ホッとする~。眠たくなる時間帯だけど、もうひと頑張り出来そうだ。あと二人に会って話をしないといけない。まだ寝てもらったから困るからね、私の思考」
「う~~ん……。キララ様、コーヒーの味が美味しいとはよく分からないのですが。これは苦いという味なのではないですか? ウトサやソウルに比べると美味しいの差が激しすぎる気がするんですけど」
ベスパは顔を顰め、コーヒーの苦さに打ちひしがれていた。
「コーヒーが美味しいかどうかを説明するのは確かに難しいよね。まぁ、言うなら、ウトサやソウルを食べた時、ベスパの心がホッとするというか、嬉しい気持ちになったでしょ?」
「なりましたね。それはもう。凄い高揚しました!」
ベスパはウトサとソウルを食べた時を思い出し、翅をブンブンと動かし興奮していた。
「このコーヒーも香りと温かさ、少し苦いけど頭が冴える感じ、色々な要素が合わさって私の心がホッとしたわけ。だから、美味しいと感じたの。分かるかな?」
「ん~。難しいですけど何となく分かりますよ。温かいものを飲んで味がどうであれ体が温まった感覚が美味しいに加わると言った解釈でいいんですかね?」
「そうだね。飲み物はそんな感じかな。正確な線がないんだよ、美味しいという言葉にはね」
「う~ん、深いですね……。そう考えるとコーヒーのこの苦みもなぜか深みに感じてきました」
ベスパはムムム~っと考えながらコーヒーの味を感じていた。
「お、良いじゃん。それが飲み物の面白いところだよ。よし、眠気も飛びそうなくらい美味しいコーヒーを飲んだし、先にスグルさんのところに行こう。バルディアギルドの横に作った研究室で今も試行錯誤をしていると思う」
「そうですね。でも、スグルさんは今、お金を持っていないので牛乳は交換できませんよ」
「つけでいいんじゃないかな。来週か再来週にでもまとめて払ってくれたら結局は同じでしょ」
「まぁ、そうですね」
私はレクーの引く荷台の前座席に座り、手綱を握る。
「レクー、バルディアギルドに向ってくれる」
「分かりました」
レクーはカロネさんのお店の前からバルディアギルドまで走る。
バルディアギルドまでは、あっという間に到着した。
バルディアギルドの前の道には多くの市民が集まっており、毛布などにくるまって暖を取っている。
「はいどうぞにゃ~。はい、どうぞにゃ~」
バルディアギルドの美少女看板猫娘? 実年齢不明のトラスさんが猫なで声で夜でもせっせと働いていた。
トラスさんはバルディアギルドに避難してきた人に水や食料を配っていた。
服装はいつものメイド服に戻っており、可愛らしい。
「トラスさん、こんばんわ。もう動けるんですね」
トラスさんもブラックベアーの咆哮で気絶していたので、不安だったが元気そうで何よりだ。
「あ、キララちゃん、こんばんはにゃ。リーズさんにたっぷり怒られたかにゃ?」
「は、はい……。浸るくらい怒られました……」
「そうかにゃ。なら、ニャーが言うことは一言しかないのにゃ」
「ん?」
「ありがとうにゃ。キララちゃん。きっといろんなところで頑張ってくれてたの思うのにゃ。キララちゃんがこの街を守ろうと行動してくれていたとニャーには分かるのにゃ。だから、あんまり怒らないでおくのにゃ」
「と、トラスさん……」
「でも、次危険な行いをしたらお尻ぺんぺん1000回の刑なのにゃ! ニャーの本気のお尻ぺんぺんを食らったらドルトでも一週間は動けなくなったのにゃ。覚悟するにゃ!」
――あの強靭な肉体を持つドルトさんが動けなくなるお尻ぺんぺん……。私が受けたら死ぬ。
「わ、分かりました……。自重します……」
「ならいいのにゃ。それで、こんな時間に何しに来たのかにゃ?」
「スグルさんに会いに来ました」
「スグル……、あぁ、あの部屋の中でずっとぶつぶつ言っている男にゃね」
トラスさんは研究室の方を一度見たあと、私の方に視線を戻す。
「そうです。その人に用があって私は来ました。えっと、シグマさんとドルトさんはどちらも無事ですか?」
「心配しなくても大丈夫なのにゃ。二人とも街の修復を手伝っているのにゃ。ドワーフの手でも足りないから手伝ってほしいって頼まれたのにゃ。まぁ、あの二人は半分ドワーフみたいな存在だから問題ないにゃ」
「はは……、まぁ、筋肉の塊と言う点では同じかもしれませんね……」
私はトラスさんから離れ、研究室を模して作った木の部屋に向う。
「こんばんわ。スグルさんはいますか……」
私は扉を開けて中の様子を窺った。
「あ、あぁ、キララちゃん。戻ってきたのか……」
スグルさんは干からびた魚のような顔になっていた。
元のイケメンな顔が台無しだ。
「うわ、酷い顏。どれだけ集中してたんですか?」
「この粉とずっと睨めっこ中だよ。まぁ、そのお陰で大方治療法は分かった」
「凄いですね。さすが社畜……」
「社畜? なんだいそれ」
「い、いえ……。気にしないでください。えっと、魔造ウトサの症状の特効薬を作るにはさっき考えていた方法が有効ですか?」
「そうみたいだ。つまり、優秀な魔法使いが三人いる。天才なら一人でいいかもしれないけどね。トラスさん? だっけ。あの猫の獣人の方に優秀な魔法使いはいるか聞いたけど、バルディアギルドにはCからBランクの魔法使いしかいないと言われた。Aランクの魔法使いが入ればもしくは、上手くいく可能性があると思ったんだけど……」
「う~~ん。天才なら用意できますよ」
「え?」
スグルさんは死んだ魚の眼を泳がせながら驚いていた。
「今度、私の弟を連れてきます。私が言うのも何ですけど、弟は吹っ飛んでます。毎回毎回。なので、多分……、いや、絶対に天才だと思います」
「いや、キララちゃんの言っている言葉の意味がよく分からないんだけど……。そもそも、キララちゃんの年齢が10歳でしょ。その弟となると10歳以下……」
「はい。7歳です。もうすぐ8歳……、ん? ちょっと待ってよ。今日って7月7日……」
「キララ様、やばいですね。相当やばいですね。死ぬかもしれませんよ!」
――そ、そそ、そうだね。ちょっとやばいかもしれない。すっかり忘れてた……。
今日はシャインとライトの誕生日だったのだ。
――今朝、ライトとシャインの誕生日だと言って速く帰ろうとしてたのに……、何でこんな時間まで忘れてたんだろうか。
そりゃまぁ、死ぬ可能性があったから仕方ないかもしれないけど、弟と妹の誕生日を忘れる姉はちょっとまずい。
いや、ちょっとどころではなく、だいぶまずい!
「ス、スグルさん。と言うわけで七日後に弟を連れてきます。その時まで私が生きて入れば……ですけどね」
「キララちゃん、大丈夫? 顔色が優れてないんだけど」
――いや、スグルさんほどではないと思うけど、血の気は確かに引いているかも。
「は、はは……、問題ないです。顔色が悪いのは私の問題なので気にしないでください。あ、牛乳は騎士団の研究室の方に置いておくので来週の分と合わせてお金を払ってもらえますか?」
「え、あ、分かった」
スグルさんは一度頭を縦に振る。
――ベスパ、悪いけど騎士団の研究室に牛乳を運んでくれる。
「了解しました」
ベスパは持っていたクーラーボックスを騎士団のある方向に持って行った。
「では、それだけなので。スグルさんは研究のほうを頑張ってくださいね。あと、ちゃんと寝てください。その方が健康的でモテますよ」
「も、モテる?」
私は健康体ならイケメンなのに不健康体だと干からびた魚の顔になるスグルさんのもとを離れた。
私は大急ぎでレクーの待つ厩舎へと走る。
レクーを厩舎から出して荷台に縄で繋ぎ、私はすぐさま荷台の前座席に飛び乗った。
「はぁ、最後の最後でやったなぁ。一番危険な人物が残ってた……。どうやって怒りを鎮めてもらおう……」
「ちゃんと言えば分かってもらえますよ。キララ様が死にかけていたとか……、まぁ、始めは不審がられますけど、お二方ともバカではないので理解してもらえますよ」
「そうだといいんだけど……。仕方ない、殺されるのを覚悟でルドラさんのいる闘技場に向おう。今の時間が午後7時。多分、午後12時までには帰れるはず。そうだ、先に手紙を送っておけば、少なからず怒られる心配はないかもしれない」
「まぁ、事前に遅れると連絡すれば、怒りは多少治まるかもしれないですけど……」
「そうと決まれば、手紙を早速書こう」
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