ウトサとソウルの味
『サクッ』
「ん、小麦のいい香り。牛乳と乳油のうま味。そして口に広がる幸せいっぱいの甘み……。あ、ぁ、ぁ……」
私はクッキーを半分ほど食べた。
口の中が幸せいっぱいになり、自然と目尻から涙があふれ出てくる。
――優しい、自然、何もかもが調律されている……。コンビニで買った安いクッキーじゃない。高級店で買った一枚1000円以上するクッキーだ。この味が出せるなんて。ショウさん、私……絶対にパティシエになろうと思います。
ショウさんの作ったクッキーは私の想像をはるかに超え、期待をぶち破った。
「これがルークス王国の王都で修行してきた人の味。じゃあ、王都にはもっとすごいお菓子がいっぱいあるんだ。凄い、凄い。王都に悪魔が蔓延るかもしれないのに、お菓子があるだけで行きたいと思ってしまうほど美味しい。はぁ、幸せ過ぎる……。これが本当の甘み、もう忘れられないよ~」
「キララ様! もう一欠片ください!」
ベスパは私の周りをブンブンと飛び回り、クッキーをねだってきた。
「だめ! これは私がもらったクッキーなの!」
「私にもくださいよ! いいじゃないですかドケチ!」
「ドケチじゃない! 私は倹約なの!」
私とベスパは魔造ウトサではない本物のウトサで口論になってしまった。
数分後。
「はぁ、はぁ、はぁ、魔造ウトサじゃないのに喧嘩するなんて……。これが甘さの凄さ」
「ほんとですね。逆にこんな味覚、ない方がいいとまで思ってしまうくらい狂ってしまう美味しさですよ」
「今さらだけどベスパは味が分からないんじゃなかったの?」
「どうやら、私の感情とキララ様の感情を合わさると味覚に似た感覚を味わえるみたいです」
「なるほどね……。つまり、私とベスパの味覚はほぼ同じ。それなら、ベスパが甘いのが好きなのも納得できる。そうだ! ベスパは私の味覚と感覚を共有すればいいんだよ。そうすれば、ベスパがクッキーを食べなくても味を感じられるでしょ」
「なるほど、その手がありましたか。キララ様の感覚を私の方に移すせば万事解決ですね」
私とベスパの論争は簡単な方法で解決した。
頭に血が上ると簡単な解決策まで見えてこないらしい。
やはり冷静な判断が戦いで重要だと再確認した。
「では、『味覚共有』」
ベスパは私と味覚を共有し、今か今かと待ちわびている。
私は残り半分のクッキーを口に含み、味わって食べた。
「んっまあああああああああ!!」
「んっまあああああああああ!!」
味覚が共有していると私とベスパは全く同じ反応になるらしい。
ベスパは吹っ飛び、私はその場で脚を動かす。
「よし! 凄い元気になったから次の場所に行くよ!」
「了解です!」
私とベスパはとんでもなく笑顔になり、クッキー一枚でここまで幸せになれるのかと思い、お菓子はやはり偉大だと気づかされた。
次に向かったのはウロトさんの料亭だ。
先ほどと同じようにベスパに牛乳パックの入ったクーラーボックスを運ばせる。
ウロトさんのお店は外装がひび割れており、その中に木の樹脂を入れ込んだように補強されていた。
「すみません。ウロトさんはいますか?」
私は料亭の扉を開き、中に入る。
「キララか。ちょっと待ってくれ。今、火を使った料理を作っているところだ。もう少しで終わるから、店の中で少し待っていてくれ」
「は、はい。分かりました……」
私は椅子に座り、ベスパはテーブルの上にクーラーボックスを運ぶ。
『パチッ……、パチッ……、パチッ……』
「ふぁ~、いい香りがしてきました……。ウロトさんは、いったい何を作っているんですか?」
「魚のソルト焼きだ。質素だが奥が深い。料理に集中するときは初めに作るようにしているんだ」
「へぇ……、魚のソルト焼きですか。絶対に美味しいでしょうね」
私はただウロトさんが魚を焼き終わったら、牛乳と金貨を交換して次の場所に行こうと考えていた。
だが、ウロトさんは魚を焼き終わると皿に盛りつけて私の目の前に置いた。
「魚のソルト焼きだ。食べてみな」
「え……。いいんですか? ソルトは高い調味料ですよね」
「いいんだ。店に出すように作ったわけじゃない。腕を落とさないために必要な金だ。いつもは自分で食べる。だが、どうせなら誰かに食べてもらったほうが料理人としては嬉しいだろ」
「う、ウロトさん……。ありがたく食べさせてもらいます! さっき、美味しすぎる物を食べてしまったのでお腹が凄い減っていたんです!」
「そ、そうか。まぁ、味わって食べてくれ」
「はい! いただきます!」
私はナイフとフォークを使って見覚えのない魚を解していく。
身はほくほくとしており、白い湯気が立ち昇っていた。
炭で焼いたような匂いと、川魚の油が焼かれた香ばしい匂いが鼻に通ってくる。
――あぁ……、絶対に美味しい。匂いで分かる。この匂いだけでご飯三杯くらい食べられそう。魚臭さは全くない。川魚だからかな。鮎、鯉、かな? 見た覚えがないから分からないけど、いただきます!
私はフォークで魚の身を刺し、口に含む。
「んっまあああああああああ!!」
「んっまあああああああああ!!」
私と味覚を未だに共有していたベスパは叫ぶ。
私も同じように叫び、ウロトさんは少々たじろいでいた。
『ハグ、ハグ、ハグ、ハグ……』
――美味い、美味い、美味い……。これがソルト。まさしく塩だ。塩味があるだけで魚がここまで美味しくなるなんて。魚本来の甘みに塩の刺激が加わって手が止まらない。塩の刺激が舌に伝わり、唾液が出てくる。この唾液と塩が混ざると舌全体がうま味成分に包まれた感じになって舌が喜んでいるってわかるよ。
私は骨まで全て食べきり、手を合わせて神に祈った。
「あ、ぁあ……。美味しかった……」
「おいおい、放心状態じゃねえか。大丈夫か?」
ウロトさんは私の目の前で手を振り、意識を確認してくれた。
「ご、ごめんなさい。超美味いものを食べた後に期待していた通りの超美味いが来たものですから……、頭の処理が追い付いていないみたいです……」
「そうなのか。俺の料理で喜んでもらえたならよかった」
「はい、それはもう。一生忘れないと思います」
「そう言ってもらえると料理人の冥利に尽きるぜ。ありがとうな」
ウロトさんは口角を上げ、少し笑った。
若いのに無表情だったウロトさんが笑うと、ドキッとしてしまう。
――いかんいかん。無表情と笑顔の差が過ぎすぎて心臓が高鳴ってしまった。
「キララ様。ソルトの味も格別ですね。ウトサとは正反対に位置する味なのに、ここまで美味しいなんて思っていませんでしたよ!」
ベスパはテーブルに立ち、翅をブンブン動かし、興奮していた。
――ほんとだよね。これからの料理が味気ない感じになりそうだけど、仕事をもっと頑張ったら、もっともっと美味しい食べ物を食べられるようになるよ。
「うおぉ~! それはもう、仕事をやりまくるしかないじゃないですか! 私、とんでもなくやる気が出てきましたよ。キララ様を突き動かしていた原動力はこの味だったのですね!」
ベスパは短い両手を天井に向け、翅と同じようにブンブン振り回している。
――そう、私を突き動かすのはウトサとソウルの味覚なんだよ。でもね、ベスパ。美味しいと感じる味はこの二種類だけじゃないんだよ。
「な、なんと! そうなのですか!」
ベスパは全身をピタッと止め、眼を見開いて聞いてくる。
――うん。根底は同じだけど、いろんな素材を組み合わせるともっといろんな可能性が見えてくるようになるの。まだ、お金がなくて出来ないけど、いつか絶対にこの世界でいろんな味を作り出そうと思う。
「キララ様がどこへ行こうとも私はいつまでもお供いたしますよ!」
――ベスパにもいろんな味を経験してほしいから、仕事を一緒に頑張ろうね。
「はい! もちろんです!」
私達のさっきまであった不安は美味しい料理によって吹き飛ばされていた。
それほど、ソルトとウトサの味は私達に大きな影響を与えた。
教会や悪魔が相手だろうが私の夢を阻もうというのなら絶対に許さない。
やりたい仕事をしてこの世界で美味しい料理を作る。
地球で生きるはずだった分も、この世界で楽しく生きてやるんだから!
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