二度目の人生で初めてクッキーを貰った
私は病院の入り口に向った。
「ベスパ、私達の荷台って近くにある?」
「はい。キララ様がリーズさんに怒られている最中に病院の土地へ移動させておきました。キララ様は今から村に帰るついでに、四店舗とルドラさん、スグルさんのもとに向う予定なのですよね?」
「よく分かったね。その通りだよ。なんせ、私はまだお金を銅貨一枚すら稼いでいないんだよ。このままじゃ帰れない」
私は街が壊れていたとしても、村で仕事をしている子供達の生活を忘れている訳ではなかった。
私達はお金がなければ生活していけないので、例え街が壊滅していたとしても仕事をしてお金を稼がなければならない。
「時計台は壊れてないみたいでよかった。えっと、今の時間は午後6時30分か……。今日も遅くなるな」
レクーの後ろに私達が今日持ってきた荷台があり、既に縄で繋がれていた。
私は荷台に積まれた牛乳が無事か確認すると、無傷だった。
荷台の状態を確認した後、荷台の前座席に座り、手綱を握る。
「それじゃあ、レクー。今日は働きっぱなしだけど、もうちょっと頑張ってくれるかな」
「はい、任せてください」
レクーは荷台を引きながら動き出した。
――さてと。牛乳を運んで家に帰るころには何時になっているか……。お母さん怒るだろうなぁ。なんて言い訳しよう。
私はショウさんとウロトさん、カロネさんのお店に向う。
その後、スグルさんとルドラさんのもとに向う予定だ。
「ベスパ、オリーザさんのパン屋さんに牛乳を配達して来てくれる。お金を忘れないようにね」
「了解です」
ベスパは荷台から牛乳パックの入ったクーラーボックスを持ち、パン屋さんのある方向へ飛んで行った。
オリーザさんのお店には今、オリーザさんがいないので、ベスパに牛乳の配達と金貨を持って来てもらうことにした。
まぁ、いわゆる時間の短縮だ。
――これが出来たら他の場所も楽なんだけど、まだ、そこまでの信用は勝ち取れていないかな。
牛乳パックを運んでいたベスパはほんの数分で戻ってきた。
「キララ様、この中に金貨五枚が入っていました」
ベスパは私の掌の上に小袋を落とす。
「ご苦労様。じゃあ、次の牛乳を運ぶから持ってくれる」
「了解です」
私はショウさんのお店に到着し、荷台をおりてお店の入り口に歩いていった。
ベスパに牛乳を運んでもらっているので私は手ぶらだ。
お店の外見はさほど変わっていないが所々補強した跡が見える。
私は扉を開けてお店の中に入ると、内装の剥がれた部分に補強の際、使われた木材が目立つ状態になっていた。
「ショウさん。キララです。牛乳を運びに来ました」
「お疲れさまです。料金は既に準備してありますから、ここに牛乳を置いてください」
ショウさんはショウケースに手を置いて場所を示す。
――ベスパ、ショウさんの指定する位置に運んで。
「了解しました」
ベスパはクーラーボックスをショウさんの手もとに置いた。
「では、こちらが今回の料金です」
ショウさんは私に小袋を渡してくる。
「ありがとうございます」
私は袋の口を開けて中身を見た。
金貨五枚が確かに入っている。
「確かに受け取りました」
「キララさん……。私、仕事をもっと頑張ります。この街を危険にさらしてしまった罪は仕事で挽回しようと思います」
「はい、そうしてください。誰もショウさんがドリミア教会に加担していたなんて思いませんから。加担と言っても半ば強制みたいなものですし、気にせず美味しいお菓子をいっぱい作ってください」
「はは……。ありがとうございます。えっと、これ、つまらないものなんですけどぜひ食べてください」
ショウさんは一枚の薄い紙袋を手渡してきた。
紙袋の表紙にはルークス語でクッキーと書いてある。
「く、クッキー。ま、まさか魔造ウトサ入りの……」
「違います、違います。正真正銘、本物のウトサが入ったクッキーです。焼きたてなのできっと美味しいですよ。キララさんにはぜひ食べてもらいたくて……」
ショウさんは頬を人差し指でポリポリとかきながら照れくさそうに喋る。
「あ、ありがとうございます。大切に食べたいと思いますね」
「はい、ぜひそうしてください」
ショウさんは不安が解消された様な笑顔を見せてくれた。
――ショウさんはきっともう大丈夫だ。これからは周りの人をもっと考えられるいいお菓子を作るに違いない。
私はクッキーと小袋を持ち、ショウさんのお店を出た。
「まさか本物のクッキーが手に入るなんて……」
私は紙袋を月明かりに照らす。
すると紙包が透けて中に入っているの円形をした焼き菓子が見えた。
「キララ様、クッキーの中に魔造ウトサが入っていないか一応調べますね」
「お願い」
ショウさんを疑っている訳ではないが、確認しておかなければ気が休まらない。
私は紙袋を破り、クッキーの欠片をベスパに渡す。
ビーの大きさを考えればクッキー一枚分の欠片だ。
ただ、今のベスパは普通のビーより遥かに大きいので、食べ応えはあまりなさそうだ。
「では、いただきます」
ベスパはクッキーを食した。
「うぐぅううううぅぐぅぐぅ……」
「ベスパ! 大丈夫!」
ベスパは空中で痙攣をおこし、全身で震えている。
それはもう、何がどうなっているのか分からない状態だった。
――まさか、このクッキーの欠片だけでベスパが死ぬくらいの危険物が入ってたの……。ショウさんがそんな酷い行いをするわけ……。
「んっまあああああああああ!!」
ベスパはロケットのように真上に飛んで行った。
それはもう、お尻からジェット噴射して飛んでいるくらい速い。
ベスパは空中で何度も旋回し、美味しさを表現したあと私のもとに戻ってくる。
「え、美味しいかったの?」
「はい、これが甘いという感覚ですか。なるほど、魔造ウトサの88888888倍最高です」
「もう、桁が多すぎるよ。でも、それくらい美味しいって意味だよね。私、魔造ウトサの味を知らないから、比較できないけど……。食べてみるよ」
――私が比較できるのは地球のクッキーくらい。あの味は今でも忘れてないからちゃんと比べられるはず。でも、あまり期待するのはよくないよな。なんせ、こっちの世界の技術は地球とは比べ物にならないくらい低いんだから。お菓子の味だって雑味やパサつきとかあるに決まってるよ。でも、甘さが体験できるのならいいか。
私は期待した時、その期待を超えられなかった保険をかけておいた。
そうしないと、私が何のために頑張っているのか分からなくなりそうだからだ。
――私は美味しいお菓子を作るために今頑張って働いているの。だから、この街一番のお菓子がこの程度か……なんて思いたくない。へぇ、結構おいしいじゃん。みたいな感じだったらいい方だろう。え、これがこの世界のお菓子なの……? などと思いたくない。ショウさん、あなたのクッキーで私の未来が変わります。では、いただきます。
私はクッキーに一礼して、口に含んだ。
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