初めてのお世話
私が家に帰るとお母さんが玄関で仁王立ちしながら現れた。
「ただいま……。あ、あれー、お、お母さんどうしたの?」
私はお母さんの雰囲気に押され、身を少々引く。
「どうしたですって? キララ、家を何日空けたと思っているの!」
お母さんは怒って来た。
「いや、でも置手紙があったと思うんだけど……」
「置手紙? もしかしてこれのこと?」
お母さんが見せてきたのは何が書いてあるか全くわからない手紙だった。
「え……、ええっと、お、お母さん、私、字が汚くて……、数日帰れませんって書いたつもりなの」
私は苦し紛れの嘘をつく。
「そうなの。じゃあ、これは何?」
お母さんが見せてきたのは、私が街に行くことを知らせた置手紙だった。汚いが、ギリギリ読める。
「これを書いたのは誰なのかしら?」
「は……、ははは……、ごめんなさい!」
私は今まで行った覚えが無いくらいの土下座をお母さんに繰り出したが効くはずもなく、その日、みっちりと叱られました。
なんなら、双子の眼の前で叱られ続け、私の信頼度が駄々下がりした。
次の日。
朝、私は鳥が鳴くよりも早く起きる。
ベスパは私が起きたと気が付いたのか木の穴から出て、眠そうな顔を浮かべたまま私の周りを無造作に飛び回る。
「キララ様……、おはようございます……、朝早いですね……」
「今日から私の夢が一歩前進するの。ベスパ! しかと見てなさい、私が夢を叶えるその日までね」
「朝から元気が大変よろしいようで……、羨ましいです……」
ベスパは地面にフラフラと落ちて行き、ペタリとくっ付く。そのまま深い眠りに落ちた。
「もう、眠いなら寝てればいいのに……無理して付いて来なくても」
「いえ……、私はキララ様に付いていくと誓った身です……のでス……、ZZZ」
――喋るのか寝るのか、どっちかにしてよ。
私はベスパを置いて、牧場に向った。
「お爺ちゃんおはよう! お爺ちゃんはやっぱり早いね!」
お爺ちゃんは小屋の掃除を既に始めていた。
「おはよう。キララ、朝寝坊しないなんて偉いじゃないか。もっと寝ていたいだろうに」
「ううん、私、あの子たちに早く会いたくて仕方がなかったの! だから全然苦じゃないよ」
――夢を実現させるためにあの子たちに頑張ってもらわないとな。頑張らせるために必要なのは、まず私自身が頑張らないとね。
「それじゃあ、こっちだ」
お爺ちゃんは大きな厩舎ではなく、一回り小さな厩舎に案内してくれた。
「キララが面倒を見る動物たちを移しておいた。大きくなったら、大きな厩舎に移す。それまではここの小さな厩舎で面倒を見るように」
「はい!」
「良い意気込みだ。愛情をもって接すれば、注いだだけ答えてくれる。それがこの仕事の楽しい所だ。頑張るんだぞ」
「うん! 私、精一杯頑張る。愛情いっぱいに育ててみせる。お爺ちゃん、勝負だよ!」
私は両手を握りしめ、意気込んだ。
「ははは! 威勢がいいな。こりゃ負けてられん」
お爺ちゃんは笑いながら、大きな厩舎に戻っていった。
「よーし! 皆、今から厩舎のお掃除をするから、ちょっと出て待っててくれる」
「モ~、モ~」「モ~、モ~」「ヒヒ~ン」
「ありゃ……、皆が何を言ってるか全然わかんないや。あ、そっかベスパがいないと言葉かわからないんだった。はぁ……、ベスパを無理やりにでも連れてくるんだった」
仕方がないので家に戻ろうと思ったが、ベスパを呼びに行くのは何故か気が引ける。
「心の中で話せるけど、厩舎からベスパに声が届くのかな? 試してみよ」
――ベスパ! 早く来て! あなたの力が必要なの!
私は頭の中でベスパを呼んだ。
「は! キララ様! キララ様! 私の力が必要! 私としたことが、キララ様から離れてしまうなんて! 何たる失敗、今すぐ向かいますよ! キララ様ぁー!」
脳内にベスパの大声がこだました。べしパは窓を飛び出し、私の元に全速力で飛んで来る。
「あ……来た。私の声、結構離れていても届くんだ。お~い! ベスパ! こっちこっち!」
私はベスパに向って手を振る。
だが、ベスパはものすごい勢いで飛んでくる。速度を全く落とさない。
「なんか早くない……」
「うぉおーっ! キララ様ぁあっ!」
ベスパは速度を出すぎて古い戦闘機のようにすぐに止まれず、厩舎の柱に激突した。
「キララ様! 無事でしたか! 私の力が必要とはいったい何事ですか!」
ベスパは柱から顔を出し、訊いてきた。
「い、いや、ただ『聴覚共有』してほしいなって思っただけ」
「あ……、そうですか」
何かものすごく残念そうな顔をするベスパ。
――いや、ベスパ。あなたの『聴覚共有』は凄く、凄く助かってるから、そんな悲しい顔しないで。このことを言ったらベスパはきっとにんまりとした顔で笑うだろうから、あえて言わない。
そう思っていたら、私が想像した通りのにんまり顔で笑うベスパが見える。
「キララ様、そんなふうに思ってくれていたのですね。ムフフフ……」
「あ……、心の声が聞こえるんだった……」
憎たらしいその顔を火に包んでやろうかと思ったが、今はやめておこう。
私達はモークルの子供とレクーがいる厩舎に入る。
「お姉ちゃん! お腹減った! 餌まだ?」
モークルの一頭が大きな声を出していた。
――餌が欲しいと言ってたんだ。
「は~い、ちょっと待ってね。先に掃除を終わらせちゃうから」
皆を厩舎の外にある牧草地帯に出し、縄で柱につなぐ。
「キララさん、僕……少しだけ走ってきてもいいですか?」
真っ白な毛が特徴的なレクーは私に訊いてきた。
「今の時間は……、他のバートン達は走ってないと思うけど……。あと、私、今から餌を持ってくるよ」
「今は走りたい気分なんです……ダメですか?」
やる気に満ち溢れたキラキラした目で言われると、ダメとは言えない……。
「少ししたら帰ってくるんだよ」
「はい! ありがとうございます!」
レクーはバートン場の場所を覚えているのか、牧草地帯を出て、颯爽と走っていく。
私は少し心配だったので、ベスパの友達に見張ってもらった。
「お姉ちゃん! お腹減った!」
モークルの一頭がお腹を相当空かしているようで、私をせかしてくる。
「はいはい、今持ってくるからね」
掃除を終えてモークル達を厩舎の中に戻し、干し草を餌箱中に入れると……。
「モグモグモグモグモグモグ」
――凄い食欲、あっという間に干し草がなくなってしまった。
「もっと……もっとちょうだい!」
「わかった! とことん食べなさい!」
この子は満腹にならなければ満足しない性格だと踏んだ私は、それなら一杯食わせてやろうと、干し草をあるだけ食べさせてあげた。
「ふ~お腹いっぱい! こんなに干し草を食べたの生まれて初めて……」
――ん~、モークルって言うのはちょっと呼び捨てにしてる感じで嫌だな。
「名前が無いと不便だね。じゃあ、体に白い毛が生えていて干し草をいっぱい食べる子はミルク! 薄茶色で少しおとなしい子はチーズ! オスのモークルは逆にウシ君にしよう。うん決定!」
「キララ様……、名付けの才能が皆無です……。私の名前もそうやって決めたんですか?」
私の頭上を飛んでいるベスパは何か不満そうだったが、別に気にする必要は無い。
私の名前だってキララなんだから、ちょっとおかしいくらいが、個性が出て良いと思うんだけど。そうでもないのかな?
「良し、チーズもウシ君も餌をしっかりと食べてくれたね。後はレクーだけなんだけど、まだ帰ってこないな。どうしただろう。ベスパ、レクーの様子はどう?」
「はい! 特に問題はありません。朝にしてはちょっと走りすぎな気もしますが……」
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