棺とマザー
「これは何? 私の持っている金庫のカードみたいだけど……」
「その木の板には『転移魔法陣』の入り口だけが掛かれています。以前ライトさんが作っていた物と同じです。ただ、出口を作っていません。なので異空間に物を入れた場合、出口を作らないと絶対に取り出せない仕組みになっています。異空間に入れておけば、さすがのドリミア教会でも探すのは難しいでしょう」
「なるほど……。異空間に隠せばいいのか。考えたね、ベスパ」
「ありがとうございます」
私は自分の持っていた人工魔石を異空間に入れる。
「じゃあ、ビー達の持っている残りの二つはディアたちに食べさせて。魔石の証拠は一個あれば十分だから。あと、残っている魔造ウトサも異空間の中に入れて」
「了解しました」
ベスパは空中から人工魔石を持ったビー達を下してくる。
「ディア、この魔石を食べてください」
「分かりました!!」
ベスパは地面に移動しているディアに人工魔石を投げると、大量のブラットディアが現われて完全に食べつくした。
他のビーが残った魔造ウトサを持ってきてベスパの作った木製の板に落とす。
「これでよし。じゃあ、ベスパ。このカードは地下金庫にでも入れておいて。必要な時に取り出して使おう」
「了解しました。地下金庫に保管しておきます」
私は木製の板をベスパに、とりあえず渡す。
「さてと、これで証拠は隠した。でも、あと二人残ってるんだよね……」
私は後ろを振り返り、ビー達に包まれている領主とマザーを見つめる。
「領主は本当に信頼できる人に預けるとして、マザーは教会に持って行こう」
「病院に連れて行かなくてもいいんですか?」
「そりゃあ、病院に連れて行きたいけど、ドリミア教会にこの二人が生きていると知られたらまた殺しに来るかもしれないでしょ。そしたらこの街がまた襲われちゃうよ」
「確かにそうですね。ですが、なぜマザーは教会に連れて行くんですか? いっそ亡くなったと言えばいいのではないでしょうか。その方が楽ですよ」
「子供達がいたたまれないよ。例え目を覚まさなくても、マザーがまだ生きていると分かれば、それだけで心が安定するんじゃないかと思ってさ。死んでるって知らされたら子供達の心に大きな穴が開いちゃうと思う……」
「その可能性はありますね」
「マザーは生きている。その事実は変わらない。だから、子供達には素直に教えてあげた方が良いんじゃないかと思ってさ」
「なら、子供達がマザーが生きていると流さないようにしてもらわないといけませんね」
「大丈夫だよ。教会の子供達はマザーが大好きだから。きっと他の人に言いふらしたりしない。まず、教会の子供達は人とそんなに会わないでしょ」
「確かにそうですね。ですが、この先この街はどうなるのでしょうか。領主とドリミア教会がいなくなりましたが、良くなっていくんですかね?」
「それはまだ分からない。でも、いいふうに変わっていくと思う。領主に独裁される辛さは十分味わったと思うし、もっと考えを巡らせて街を復興させていくんじゃないかな。それこそ、子供じゃなくて大人の仕事だよ」
「ですね」
「じゃあ、ベスパ。今どこにいるか分からないけどレイニーを教会にまで連れてきて。私達は先に教会に向うから」
「了解しました」
ベスパはレイニーのいる場所に向って飛んで行く。
私はレクーの背中に乗って移動し、ボロボロの教会にやってきた。
☆☆☆☆
「な、何だ、これ~! お、おろしてくれよ! 何で俺は浮いているんだ~!」
私が教会に到着したときには、レイニーとベスパは教会に既に到着していた。
――ベスパ、レイニーを地面に下してあげて。
「了解」
ベスパはレイニーの服から手を放す。
『ドサッツ……』
「あ、痛っ! って、キララじゃねえか! 今までどこ行ってたんだよ! あと、どうなったんだ。あのブラックベアー。マザーも!」
レイニーは地面に落とされるや否や私のもとに駆け寄ってくる。
「落ちついてレイニー。今から話すから。あと、聞いた内容は絶対に誰にも話したらだめだからね。解決するまで内にずっと秘めたままにしておいて」
「な、何だよ……。そんな情報、俺は聞きたくねえぞ……」
「いいから聞いて。えっと、その前に教会の中に入って子供達の様子を見に行こう」
「あ、ああ……」
私とレイニーは教会の中に入っていった。
すると、子供達は教会の中でずっと祈っていた。
両手を合わせ、何に祈っているのかも分からないが、祈っている理由は分かる。
――子供達、マザーの為に祈ってるんだ。くっ……。あの悪魔が魂を食べなければ子供達は今頃マザーと再会できたのに。私が持って来れたのはマザーの抜け殻だけ。子供達に見せるのは心が痛むけど、見せないとこの状態がいつまでも続きそうで子供たちの未来が暗いままだ。
「レイニー。棺か何かない?」
「棺? 何で棺が必要なんだ」
「保管しておきたい人がいるの……」
「おい、それってまさか……」
レイニーは馬鹿じゃない。
どちらかと言えば賢い方だ。
私の言葉からもう、察しがついているらしい。
レイニーは悔しそうな顔をしながら棺を持ってきた。
「どこから持ってきたの?」
「教会の裏にある倉庫だ。昔、子供達が亡くなった時ように作ったのが余ってたんだよ」
「そう……」
レイニーは子供達が祈り続ける中、一番後ろにいる私のもとに棺を置く。
私が棺の蓋を開けると中は空だった。
――ベスパ、この中にマザーを納めて。
「了解」
ビー達がマザーを棺の中に納める。
まだ『光学迷彩』でレイニーにも見えていない。
「レイニー、落ちついて聞いてほしい」
「ああ、何となく想像できてる。ためらわずに言ってくれ」
「分かった」
私は棺の蓋を閉じるふりをしてビー達を逃がす。
『光学迷彩』が溶けたのを確認し、棺の蓋を再度開けた。
「な! い、いつの間に……。マザー、ってまだ暖かいどうなってるんだ……」
レイニーはマザーの顔に触れ、温かさを感じていた。
「マザーはまだ生きてる。でも、まだ起きない」
「いや、訳が分からない。生きてるのになんで目を覚まさないんだよ」
「それは……。レイニーは聞かない方が良いと思う。どうしようもない理不尽な理由だから」
「そんなの、聞くに決まってるだろ。早く言えよ。どうしてマザーが目を覚まさないのか知らないと、目を覚まさせる方法が考えられないだろ」
「そうだね……。でも、聞いたらレイニーは後悔するかもしれないよ。知らなければよかったと言っても遅いからね」
「言うかよ……。そんなダサい言葉」
「そう、じゃあ言うね」
私はレイニーに今までの経緯を話した。
「な、信じられねぇ……。何だよ、悪魔って。なんかの迷信だろ」
「でも、実際にいた。私が知っているんだから実在していると言ってもいい。この世に悪魔がいる。それは変わらない事実だよ」
「じゃ、じゃあ……、その悪魔のせいでマザーは目を覚まさないとキララは言いたいのか?」
「そうだよ。だから、マザーの魂を食べた悪魔を倒せば、マザーは目を覚ますかもしれない。でも、その保証はない。倒せば治るのならいいけど、倒しても治らない場合だって十分考えられる。加えて、悪魔を倒せるのかさえ怪しい……」
「く……。今の俺じゃあ、打つ手がねえじゃねえか……」
レイニーは拳を握り締め、歯を食いしばっていた。
「そうだよ。だから言わない方がよかったと思ったの。でも、レイニーが聴きたいと言ったのだから、受け止めて」
「分かってるよ。俺はそんな無責任じゃねえ。全部知って、その上でマザーを助けたいと本気で思ってる」
レイニーの眼は本気だった。先ほどの泣き明かしたあとが眼の下にあり、赤く腫れている。
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