領主の後始末
「確かな物的証拠がない状態でドリミア教会を訴えるのは危険です。私もドリミア教会を訴えると言って消された人たちを何人か知っています。なので、キララさんも気をつけてください。奴らは何をしてくるか分かりません。ただ、奴らもキララさんの生死は分からないですから、これ以上騒ぎを起こさなければ目を付けられずに済むと思います」
「そ、そんな……。でも、街を滅茶苦茶にしたんですよ。なのに、法律で裁かれないなんておかしいじゃないですか」
「キララ様。奴らは全て領主に今回の事件を擦り付けるよう動いています。街の者は何も知らないのです。いくらドリミア教会が悪いと言っても、五年間で付いた領主の悪印象が強すぎます。領主ならやりかねないという具合にまで街の人の心を煮詰めてからドリミア教会の男は領主に命令し街を襲わせたと考えられます」
ベスパは顎に手を当て、考えながら話しかけてきた。
――ドリミア教会と領主の話を聞いていたのは私とベスパだけ。じゃあ、黒幕はドリミア教会なのに証拠がないから、領主が犯人になってしまうということ?
「残念ながらそうなるでしょうね……」
――じゃあ、ドリミア教会は、領主がブラックベアーと一緒に討伐されるか、街を破壊し終わった後どうなるのか知りながら動いていたの?
「そうだと思います。全部ドリミア教会の考えた通りになっているようです。奴らの都合のいいように事が運んでいます。ただ、一つ良かった点は街が崩壊しきっていないという現実です」
――確かにそうだね。街関連で気になるのは死人だけど……、何人くらいいるの?
「大怪我をした人はいますが死人は出ていません。キララ様の命令で街の人をブラックベアーの暴走前に避難させていたおかげです。死人がいないなんて奇跡に近いですよ」
――そうなんだ。よかった。被害を受けたのはマザーと領主だけだったんだね。この二人はドリミア教会の情報を持っていたから。
「ですね。悪魔に魂を食われていますから、意識は戻らないと思います。でも死んではいません。ドリミア教会の奴らはお二人が死んだと思っているはずです。今は潔く死んだことにしておきましょう。その方がこちらとしても都合がいいので」
――うん。そうだね。あの生意気な悪魔を倒せば、マザーと領主の意識が戻る。ドリミア教会の荒事を知っている二人なら事件の証人になってくれるかもしれない。
「はい。着実にドリミア教会を追い詰めていきましょう。今は、その時ではないだけです。いずれ正義の裁きを必ずや受けさせます。そうしなければ私の腹が煮えたぐるこの思いを収めようがありません。奴らめ……キララ様を何度殺しかけたか……」
ベスパは怒りからか目を赤くして身を震わせている。
「あの、ルドラさん。領主は死んだことにします」
「え……。り、理由は分かりませんが、キララさんがそう言うならそうした方がいいのかもしれませんね」
ルドラさんは深く聞かず、了承した。
「あと、この人工魔石もいったん隠しておきます。そうした方が私達に有利なので。ルドラさんも、この魔石を忘れてください。知らせておく人物は出来るだけ少ない方がいいはずです」
「は、はい。分かりました。私は何も見ていません」
私達は街に向って移動する。
その際、街の方から走ってくる四人の騎士とかち合った。
「はぁ、はぁ、はぁ。キ、キララちゃん。大丈夫! さっきのでかいブラックベアーはいったいどこに行ったの!」
ロミアさんが私に駆け寄って聞いてきた。
息を相当切らしているから、きっと全速力で向かってきてくれていたのだろう。
「あのブラックベアーは倒しました。フロックさんとカイリさんのおかげです。私は見ているだけしかできなかったので、本当に助かりました」
私は自分が戦っていたと言わないことにした。
全てフロックさんとカイリさんの手柄だと四人に伝える。
そうした方が私は目立たなくて済む。
今、目立つと後々ドリミア教会に眼を付けられると思ったのだ。
「そ、そうなんだ……。よかった~。ほんと、無事でよかったよ~」
「い、痛いですよ。ロミアさん……。胸当てが硬すぎます」
「あ、ごめんね」
ロミアさんは胸当てだけを外して豊満な胸で私を包み込む。
「は、外せばいいというわけではないんですよ……」
この状況を見て私が窒息しかねないと思った、他の三人はロミアさんを引きはがしてくれた。
「キララちゃん、終わったんだね」
トーチさんは少し力の抜けた顔をしていた。
きっと緊張から解放され、落ちついているのだろう。
「はい。この事件は終わりました。でもまだ、事件の後片付けが終わっていません。壊れた街を直さないといけませんから。こんな時こそ騎士団の出番ですよ」
「そうだな。私達はまだ休んでいられない。皆、今すぐ戻るぞ。全力疾走だ!」
「ちょ、ちょっとトーチ。少し休まないと走れませんよ」
マイアさんはトートさんの手を掴み、止めさせる。
「そうよ。トーチも少し休みなさい。このまま全力疾走で戻っても体力が持たないわ」
フレイさんもトーチさんの腕を持って荷台の方に向う。
「あの、すみません。荷台に乗せてもらってもいいですか?」
ロミアさんはルドラさんにお願いする。
「ええ、構いませんよ。既に寝ている人がいるので起こさないようにしていただけると幸いです。あと、布は絶対にめくらないでくださいね」
ルドラさんはさりげなく忠告する。
「は、はい。分かりました」
――ベスパ、四人が布をめくりそうになったら『ハルシオン』で眠らせて。
「もう、眠らせました。荷台の中を見た瞬間にめくろうとしていましたので」
私は後ろを振り向くと四人は地面に横たわっていた。
――まぁ、いいか。全員荷台の中に積んであげて。
「了解しました」
ベスパは眠らせた女騎士を荷台に詰め込む。
女騎士四人に領主が生きていると知られると説明するのが面倒だ。
なので、私は知らせなくてもいいと考えた。
静かになったところで、ルドラさんはバートン達を走らせる。
☆☆☆☆
「キララさん、今、言うのも何ですが。牛乳の評判がとんでもなく良いです。すぐにでも買わせてほしいと、申し立てが何件も来ています。手付金として金貨200枚ほど渡してきそうになったので、いったん断りましたがよかったですよね。まだ、食品安全委員会の審査も通っていない飲み物を買わせるわけにはいきませんから」
「はい、その判断で間違っていないと思います。でも、手付金で金貨200枚ですか……。もう、訳が分からないですね。えっと金貨200枚は全ての手付金を合わせた総額ですか?」
「いえ、王都に店を構える一人の菓子職人だけですよ。私は十人の菓子職人に牛乳を飲ませましたが全員同じ反応をしました。やはり、キララさんの牧場で作った牛乳は王都の菓子職人の舌をも唸らせる品でしたよ。その菓子職人たちは皆、こぞって買いたいと言ってきました。なので手付金は金貨2000枚ですかね。貰わないで正解でした」
「こ、怖い怖い……。金貨2000枚なんておかしいですよ」
「いえいえ、それだけの価値があると菓子職人たちも見抜いているんですよ。他のどこよりも先に使いたいらしく、初回の相場価値がどんどん上がっていくと考えられます。なので、菓子職人たちは早めに仕入れないと値段がとんでもない事態になりそうだと、考えたわけですね」
「えぇ……。なんだか面倒な話になってきましたね。そこまで人気になられても困るんですけど……」
「まだ、王都の菓子職人の間だけの話なので大事にはなっていません。私の方もそんな危険な商品を運ぶのはごめんですよ。いったい何人の盗賊が襲いに来るか分かったものじゃありませんからね」
「はは、そうですよね。じゃあ、これからも穏便に牛乳を運ぶようお願いします。あ、お店で売り出さずに自分で食べる分には牛乳を購入してもらってもいいと、菓子職人たちに伝えてもらえますか?」
「分かりました。では、次回の配達は牛乳パック100本分ほどいただけますかね。上手い具合に買わせますので」
「100本ですか……。分かりました。用意します。何なら、私達の村にまで来て積み込みましょう。その方が色々と速そうです」
「そうですね。ぜひ、お願いします。私もキララさんの住んでいる村に行ってみたかったんですよ。あ、そうそう、あのチーズとか言う舌触りの滑らかな食べ物、あれも売ってもらえませんか?」
「え……、まぁ売ってますけど、凄い食いつきようですね。そんなに美味しかったですか?」
「もぅ、美味しいなんてものじゃないですよ! あれほどお酒にあう食品を私は知りません。ぜひ、買わせてください! チーズも貴族がこぞって買いたがる商品ですよ!」
ルドラさんは前をみず、私の方に顔を近づけてきた。
「な、なんか……。凄い、圧。えっと、何なら作り方を公開しましょうか?」
「あのチーズもモークル達の乳から作ったんですよね?」
「はい、そうですけど」
ルドラさんは険しい顔を私に見せてくる。
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