速度勝負
『グラアアアアアアア!!』
「な!」
ブラックベアーは手足をドロドロに溶かしてバリアの鎖を抜け出す。
「逃がしませんよ!」『バリアチェーン!』
カイリさんはブラックベアーの首に『バリアチェーン』を巻き付け、行動を再度止めた。
「カイリ! 足場!」
「了解!『バリア』」
フロックさんはブラックベアーのもとに到着し、カイリさんの発生させた長方形の『バリア』を足場にして高く跳躍する。
『抜剣!』
高く掲げた大剣がブラックベアーを凌ぐ大きさに変わり、900メートルほど離れている私からでも大剣の輝きがありありと見えた。
『グラアアアアアアア!!』
「お前はもう終わりなんだよ!! さっさと切られやがれ!! 『斬首巨激』」
『ズガガガガガガガガ!!』
フロックさんは大剣を振りかざし、地面を抉りながら斬撃の軌跡で満月を生み出した。
「あの時見た景色と一緒だ……」
フロックさんは数ヶ月前に遭遇した瘴気に満ちたブラックベアーを屠った一撃を、バリアの鎖によって拘束されているブラックベアーに放った。
私の所まで衝撃波と強風が吹き荒れる。
満月が生まれたのはほんの一瞬だったが、見えた瞬間に土埃が舞い、その場にいた者を飲み込んで行った。
――ベスパ! 魔石へ直行して!
「了解!」
私はブラックベアーの体が切られていると予測し、露出しているであろう人工魔石にベスパを即座に向わせる。
私の肉眼では砂埃のせいで戦況が全く見えないが、何よりも速行動することが大事だと思い、ベスパに魔石の回収を命じた。
ベスパは光の筋となり、砂埃に突っ込んでいく。
その後、すぐに砂埃から光の筋が天に向かって伸びて行った。
それを追うように黒い触手がものすごい速度で光源を追う。
――ベスパ、人工魔石を抜き取れたんだね!
「はい! フロックさんの一撃が完璧な位置に入っており、肝臓付近の魔石を抜き取ることに成功しました。このまま、上空に逃げます! キララ様は魔法の準備をお願いします!」
――分かってる。もう、いつでも打ち込めるよう準備してあるから。
ベスパは1000メートルを瞬く間に通過し、2000、3000と距離を伸ばしていく。
その度に『転移魔法陣』の枚数が増えていくので魔力消費が厳しいがあの巨大なブラックベアーを倒すためであれば魔力枯渇症(生理痛)くらい耐えきって見せる。
「キララ様! ただいま5000メートルを通過中。すでに10メートル後方に黒い触手が迫っています。ただちに対処をお願いします!」
――分かった。さっきと同じように、5秒前から教えて。
「了解!」
私はベスパからの連絡が来るまでフロックさんとカイリさんの状況をビー通信で確認する。
「フロックさん、大丈夫ですか!」
「大丈夫だ。それより、魔石は抜き取れたのか?」
「はい、今、上空に飛ばしています。ブラックベアーがじきに燃え出しますからただちに避難してください」
「ああ、分かった。くっ……」
「フロックさん!」
フロックさんは何か攻撃を受けたのか、苦しそうな声を出していた。
「さすがに魔力の使い過ぎか。キララの付与してくれた光がもう消えている。だが、あと一撃……、根性で放つ。魔石一個分だとしてもブラックベアーは最後まで油断できない。キララ、引きしめていけよ」
フロックさんも私と同じく魔力枯渇症になっていた。
だが、フロックさんは根性で何とかするらしく、私も負けていられないと心を燃やす。
「はい。ブラックベアー相手に油断は絶対にしません。私、ブラックベアーに何度殺されかけていると思っているんですか」
「はは、キララは既に四回も殺されかけているのか。もう、ブラックベアーに好かれているとしか思えないな」
「冗談はよしてくださいよ……。ただでさえ、常に心的外傷に纏わり付かれているんですから」
「すまない。だが、キララがいると安心感が違うな。カイリだけだと不安な敵だったが、どうも不安が消えている気がする。これもキララの魔法か何かか?」
「え、いや……、そんな魔法は掛けた覚えありませんよ」
「そうか。俺の勘違いだったみたいだ。忘れてくれ。あと、安心しろ。お前にはブラックベアーを近づけさねえから」
「き、期待してますから」
「おう、任せておけ」
――な、何。最後の。カッコつけちゃって……。そ、そんなんで私が動揺するとでも思ってるの。こ、これだから、男子ってのは……。
この時の私は顔から火が出そうな程、頬が熱くなっており、心臓の音が耳に直接とどくほど、ばっくんばっくん、と響いている。
はっきり言ってあり得ないほど嬉しい。
「キララ様! 心拍数が今日最高潮を記録しました。ですが、それよりも先に、触手を燃やしてください! すでに5秒を切っています!」
――ご、ごめん! ベスパの声が全然聞こえてなかった!
「すでに3秒前、2、1、……」
「『ファイア!』」
私は体の熱を全て『ファイア』に移し替えるよう意識して『転移魔法陣』に『ファイア』を撃ち込む。
「…………」
私は空を見上げ、赤い光と共に黒い触手が燃え始めるのを確認した。
「よし! 命中!」
黒い触手が先ほどの知識を使って燃える前の黒い塊をブラックベアーの皮膚に変えてくる可能性があったが、既に燃えている場合は変形できないらしく、変形速度よりも炎が燃え移る速度の方が速いため、グズグズに崩れているブラックベアーの体は一瞬にして炎に包まれた。
ブラックベアーが砂埃の中で燃え盛っているのがよくわかる。
ブラックベアーの身長がみるみるうちに縮んでいき、人工魔石一個分の状態、5メートルほどの大きさになった。
「キララ様、無事帰還しました」
ベスパは私が命令するよりも先に、魔石を他のビー達に預け、私のもとに戻ってくる。
――お疲れさま。やっと、ここまで来たよ。あのブラックベアーから人工魔石を抜き出して、ブラックベアー本体の魔石を砕けば倒せるはず。ベスパ、気を引き締めていくよ!
「了解です!」
「レクー、私達もブラックベアーに少しだけ近づこう。ちょっとでもフロックさんとカイリさんの力になりたい」
「分かりました!」
レクーはブラックベアーに目掛けて走り出した。
――レクーの脚なら今の状態のブラックベアーに後れを取らないはずだ。たとえ追われても、逃げ切れるはず。でも、最後まで油断できないのが戦いの怖いところなんだよなぁ。
戦いは最後まで何があるか分からない。
でも、その何かを起こさせなければいいだけだ。
――ブラックベアーをすぐに倒す! そうすれば私達が負ける原因を作り出す時間をブラックベアーに与えなくて済む。
「そうですね。何事も戦いには速度が肝心です。私は速度がとんでもなく速いと自負していますから、絶対に後れを取るわけにはいきません」
ベスパは私の右斜め前に飛んでいる。
――頼むよ、ベスパ。速さしか取り柄がないと言っても過言じゃないんだから。
「いや、さすがに速さ以外にも取り柄はありますよ」
ベスパは振り返り、反論してきた。
――今、この状況での話をしているの。ベスパには自分からブラックベアーに攻撃する手段がないでしょ。私がいてやっと攻撃できるんだから。でも、私がいなくてもベスパは速い。逆に言えば速さしかない。
「なるほど。確かにそうですね。では、行って参ります!」
ベスパはブラックベアーに向って飛んで行く。
ベスパの通った道の軌跡がありありと空中にのこされていた。
『グラアアアアアアア!!』
「くっ!! こいつ、動きが一気に軽やかになりやがった!!」
「元の大きさに近づいたおかげか、最も適した動きを取れるようになったんだ!」
フロックさんとカイリさんは全長が5メートルになったブラックベアーに行動の速度で翻弄されていた。
ブラックベアーは大柄にも拘わらず、時速60キロメートル以上で走る魔物。
加えて人工魔石によって強化されている。
方や、魔法が使えて強いがただの人間。
加えてすでに魔力も枯渇し、疲労困憊の状態だ。
フロックさんとカイリさんの体調が万全であれば容易に勝てたかもしれないが、今の状態では地上で戦って簡単に勝てる相手ではない。
体力がないからこそ守っていられないため、速度勝負になっている。
私達は何としてでも早く決着を付けなければならないのだ。
これだけでも、速度がどれだけ大切か分かる。
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