姉さんの背中
「どうやって戻ろう……」
私は村への帰り方に迷っていた。
――このまま歩いて帰るか。それともまたあの地獄を味わうか……。この村の人たちに送ってもらうか。
私が迷っていると姉さんが話しかけてきた。
「乗んな!」
そう言って姉さんは私の服に噛みつき、首で私を一気に持ち上げ、背中に乗せる。
「え?」
私は鋼にでも乗っているのかと思うほど姉さんの体は筋肉質だった。
「しっかりと捕まってな! 振り落とされちまうぞ!」
姉さんが叫び、私はボディービルダーよりもぱっつんぱっつんに膨れ上がった屈強な筋肉にしがみ付く。
その瞬間、姉さんは村を飛び出すと険しい山道をもろともせずものすごい速度で駆け上がっていく。
砂利だろうが泥だろうがお構いなし。結構な坂道なのに平地かのように容易く駆け上がっていた。
「す……すごい……」
「当り前さ、これくらいできないと戦場で生きていけないからね!」
姉さんは呼吸が一切上がっておらず、涼しい声を出す。凄く険しい道を駆けてきたのに速度が全く落ちない。姉さんの心臓は鋼なのかな?
「姉さんは戦ってきたの?」
私は気になって訊いてみた。
「そうさ、私は戦ってきた。多くの人を乗せてきた。そして何人も死んだのを見てきた」
「え……」
私は訊かない方がいい話をしてしまったのかもしれない。そう悟った。
「私を育てたのは爺だ。まあ、当時は若かったがな。多くの男を乗せてきたが私に乗る男は良い所まで行って死んじまう。結局育ての爺の所に何度も返される羽目になっちまった」
「そ、そうなんですか……」
「爺は私が返ってくるといっつも言うんだ『良く帰ってきた! 良く生きて帰ってきたってな』それが悔しかった。私に乗る男どもを何人も死なせちまって私だけがのうのうと生き残っちまった。男どもは死ぬとき決まって同じことを言いやがる『お前の背中は心強かったぞ、ここまでこれたのはお前のおかげだ』とな……。私はいつも思う。私はどうしてこんなにも無力なんだろうと」
姉さんの話を聞いて、私は涙が不意に出てきた。
「何だ、キララ。泣いてるのか? 別に泣かせる話じゃないぞ」
「いや……、姉さんは強いなと思って」
私は涙で言葉が詰まる。
「お爺ちゃんの所に早く行ってあげよう。きっと心配してる」
「そうか……もっと早くてもいいんだな!」
私がしがみ付いている姉さんの体の筋肉が膨張したように感じた。
――やだ……、なんか嫌な予感がする。
「ちょ、ちょっとまって!」
「喋って舌を嚙み切るなよ!」
姉さんは、いきなり加速した。足の回転数がみるみる上がる。私のブロンドの髪が勢いよく靡くほど加速し、景色が線のように見えている。いや、もう目を開けられない。
私は姉さんの背中にしがみつくことしかできなかった。
ベスパの存在はとっくの等に感じない。きっと不意を突かれて一気に離されてしまったのだろう。
私は姉さんにしがみ付いているだけで、山を越えてしまった。
「ふ~、走った走った! 鬱憤発散、鬱憤発散!」
「つ……、疲れた……」
明日、私は絶対に筋肉痛になると覚悟する。
「キ、キララ様……、やっと追いつきました」
ベスパはぜぇぜぇはぁはぁと息を切らしながら言う。
「そ、それじゃあ、姉さん。お爺ちゃんの家に行こう……」
私は姉さんの体から降りて足下がおぼつかない状態で言う。
「そうだな! バシッと言ってやらないと気が済まん!」
姉さんは身を震わせ、鼻息を荒くした。
私達はお爺ちゃん宅に移動する……。
「ん、この匂い……。爺っ!」
お爺ちゃん家に着いたとたん、姉さんは家の壁をぶち破り、居間に侵入した。
「どわっ! び、ビオタイトっ!」
お爺ちゃんは飛び込んできた姉さんに驚き、身を引こうとしたが動けなかった。
「ねえ! おじいちゃ~ん! 大丈夫? お腰痛くない? あ~、お爺ちゃんの痛みをわたしが肩代わりしてあげたい~!」
姉さんは甘々な声を出し、お爺ちゃんの隣に寝そべる。
私はこの惨劇な現場を家の壊れた壁の外から目撃した。
「あの……キララ様。あれはいったいどいう状況なのですか? というか、バートンは誰ですか? 私、全く存じ上げないのですが」
ベスパは苦笑いを浮かべ、私と同じ光景を見ていた。
「私にもわからない……」
「も~、全然来てくれないんだから! 私、すーっごく寂しかった~。頭なでて~、ブラッシングして~。ちゅっちゅっしてぇ~!」
姉さんはお爺ちゃんに子供のように甘えていた。
「は……、はは……」
私は先ほどの屈強な姉さんと甘々な姉さんを見て、頭が混乱する。
「キララ……、た、助けて……、くれ……」
お爺ちゃんは姉さんから離れ、逃げようとするが……。
「だ~メ! 絶対に逃がさないんだから! 私が満足するまでお爺ちゃんは一緒にいるの!」
姉さんはお爺ちゃんの体に身を寄せる。
あのカッコよかった姉さんは、私の幻想だったのかもしれない。
「キララ様……、行きましょう。他のバートンたちが可哀そうです」
ベスパは姉さんから視線を反らし、バートン達の厩舎がある方へと飛ぶ。
「そうだね、まだ餌をあげてなかったもんね」
私はその場を見なかったことにして、立ち去ることにした。
「キララ……。ま、待って……」
――ごめん、お爺ちゃん、私はどうすることもできないの。お爺ちゃんを見捨てるなんてほんとはしたくないんだけど……やっぱり見れない。
「おじ~ちゃんっ! ちゅっちゅ~っ!」
「こ、こら、び、ビオタイト。ちょっとは離れなさい」
「やだやだ~。もう、離れない~!」
さっきのカッコいい姉さんと今の悲惨な姉さんが頭の中で混ざり合う。
私はその場から走り去った。
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