題名を着けるなら『英雄と女神』
「ルドラさん。ブラックベアーから距離を取りますから、移動しましょう」
「や、やっとですか。分かりました」
私はルドラさんの隣に座り、レクーとルドラさんの連れてきた二頭のバートンが冷蔵車と荷台を引く。
――ベスパ、胸元に潜り込んで爆発を繰り返すよ。あと、フロックさんの出てくる入口も確保しておかないと、フロックさんまでお腹のなかで閉じ込められちゃう。
「分かっています。すでに私はブラックベアーの胸もとにいますから、いつでも爆破してください。あと、ブラックベアーの腹部にある出入り口ですが、ビー達に齧らせることで再生するのを何とか抑え込んでいます。魔石の気が胸もとに集中しているいまなら維持することが可能ですが、腹部の方に意識を向けられると齧るよりも再生する速度の方が速いので出入口が閉じてしまいます」
――それじゃあ、私達はブラックベアーの胸もとが再生する速度よりも速く、常に爆破し続けないといけないってわけね。
「そうなります。加えて、爆発の一撃の威力が弱まっていますので、強めていかなければ再生する速度に追いつかれます」
――厳しい条件を言うなぁ……。魔力は回復しているとはいえ、使う度に精神力をすり減らしているんだから。凄く疲れるんだよ……。でも、やらないとブラックベアーを倒せないし、マザーも助けられないのか。なら、やるしかないよな。
私は指先に練り込んだ魔力を先ほどよりも溜めて『ファイア』をはなつ。
今回は私からベスパを狙えないので『転移魔法陣』を使用し即座に爆発させる。
『ゼロ距離爆発』
『ドッガーーン!』
爆発する音と空気を震わす振動が一キロメートル離れていても、私の元に伝わってくる。
「うわ! また爆発した! あれって、キララさんがやっているんですか!」
ルドラさんは爆発するたびに身を跳ねさせて驚いていた。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
私は疲れすぎて返答が出来ない。
まだルドラさんと移動し始めてから一度目の爆発なのだが、もう疲労困憊だ。
魔法を使う度、使う魔力の量が増えていく。
魔力を制御する自分の頭がぼやけているのか、魔力の調節が効かなくなってきた。
すでに体が限界を迎えているので仕方がない。
爆発の威力は高いが消費魔力が半端なく多い。
私は『ゼロ距離爆発』を何度も行うのは、体への負担が掛かり過ぎると思いながらも、体を酷使して魔力を練り続ける。
そうしなければ私達は死ぬのだ。
死ぬよりは頭痛や吐き気、倦怠感を味わったほうが一〇○万倍ましだ。
――ベスパ。私は今から、フロックさんが出てくるまで『ファイア』を打ち続ける置物になるから、復活したらすぐ胸もとに飛んでいって私に合図を送って。
「了解です」
『グラアアアアアアア!!』
「うわぁ~! 追ってきた! ちょっと、カイリ、フロック! 何とかしてくださいよ!」
ルドラさんはバートン達を全力で走らせ、ブラックベアーから距離を取ろうと試みる。
ブラックベアーを止めていたカイリさんの『バリア』はとっくに消えており、ブラックベアーは私を目指して走ってきていた。
『光学迷彩』では身を隠せないと知っていたが、一キロメートル以上離れていても臭いで気づかれてしまったようだ。
「すまない、ルドラ……。私は魔力の使い過ぎで頭痛が酷い……。魔力を回復させるために少し休む」
カイリさんは地面に膝を付いて眠るように気を失う。私達はその姿を遠目で見ていた。
私の視界はぼやけているが日の光が銀に反射して倒れていると分かる。
「ちょ! カイリ! あなたが寝たら誰が私達を守るんですか! 私はまだ死にたくないですよ!」
「ルドラさん。気が散るので少し静かにしてください……」
私は焦点の合わない視界を閉じて無駄な情報を切る。
「す、すみません」
――ふぅ……。瞑想してないと頭が割れそう。何も食べてなくてよかった。何か食べてたらきっと吐いてる。体は動かないけど魔力は練れるし、打ち込めるからまだ何とかなる。
『ゼロ距離爆発……』
私は小声で詠唱を放つ。
『ドッカーーーーン!!』
「くっ……。また爆発が起きた。やっぱりあの爆発はキララさんが起こしているんですよね。威力高すぎませんか。と言うか、一キロメートルは離れているのになんで爆発が起きているんですか。魔法は、一般的に一〇○メートルくらいしか射程距離がないはず……。それじゃあスキル……。いやいや、キララさんのスキルは物を浮かせるだけのはず。あぁ、もう訳が分からないですよ!」
ルドラさんは焦ると早口になり考えを口に出してしまうらしい。
ちょっとオタクさん達みたいだ。
私とブラックベアーは互いの長所をぶつけ合って決着のつかない戦いを15分間続けた。
「はぁ、はぁ、はぁ……。鼬ごっこ……に勝つのは私なんだから」
私は久しぶりに目を開ける。
水中眼鏡なしで水中にいるような景色になっており視界が悪い。
「キララさん、汗が凄いですよ。顔色も悪いですし、大丈夫なんですか?」
「ルドラさん、フロックさんはまだ出てきませんか……?」
「出てきている様子はありませんね。もうブラックベアーの体内に入って15分は経っているはずなんですが何の反応もありません」
フロックさんは懐中時計を持って時間を測っている。きっと正確な経過時間だろう。
「そうですか……。うっぐ……」
「キララさん! 大丈夫ですか!」
私はあまりの吐き気から虫唾が込み上げてくる。
何も食べていなくてもここまで吐き気がきついのは、アイドル時代に一番つらかった女子の日(生理)の時くらい。
――よくよく考えれば……。魔力の枯渇症状は生理と全く同じだ。今の私はまだ来てないっての……。この世界では自分の好きな時に生理と同じ症状を引きおこせるなんて……。ほんと最悪。
私は虫唾を飲み込み、胃酸の臭いと酸っぱい味が脳に伝わりさらに気持ちが悪くなる。
――そろそろ限界が近いのかな。もう、魔力の回復が消費に追いつかなくなってきてる。このまま行くと、フロックさんを浮かせていられなくなるかも……。ヤバ……、貧血みたいなめまいがしてきた。
私の体調が最悪になってきたころ。
『抜剣!』
『グラアアアアアアア!!』
「な! でっかい剣……。あの剣はフロックさんの大剣だ……」
ブラックベアーの腹部から超巨大な剣が突き出し、頭の方向に切り裂かれる。
『ブッシャーーーー!』
ブラックベアーの体内から大量の黒い血液が噴水のように拭きだした。
ブラックベアーの体が半分に裂けて、超巨大な剣を持っているフロックさんが空中に浮かんでいた。
その腕の中には服を着ていない美しいマザーの姿があり、その全体像はどこか西洋画の一枚に見える。
題名を着けるなら『英雄と女神』
視界のぼやけている私の眼でも、それほど神々しく見えたのだ。
『ズシャッ!』
フロックさんは巨大化した大剣を地面に振りかざしてブラックベアーの体を完全に真っ二つにした。
「ルドラの所へ!」
フロックさんが叫ぶと、警ビー達が反応し動き出す。
警ビーは一瞬にして移動し、眠っているように力の抜けたマザーを抱いているフロックさんは、私達の前に現れた。
「この人か? キララ」
フロックさんは元から黒い服装なのに、ブラックベアーの血液で、さらに真っ黒く染まっているローブを身にまとっている。
その姿は英雄と言うより、悪魔と称したくなるが……、透き通った瞳は英雄のような力強い輝きを放っていた。
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