痒い所に手がとどく存在
――ほ、ほんとだ。ちゃんと生きてる。でも、体から魂が抜けているんだよね。
「はい。どうやら、悪魔に魂を食われているようですね。街を危険に冒した張本人ですが。その後ろにはドリミア教会がいて、洗脳されながら動かされていた、ただの駒だったようです」
――か、可愛そう……。そんなの、この人何も悪くないよ。洗脳されていたのなら、どうやったって抗えないじゃん。
「ですが、街の皆は領主のせいで街が崩壊したと思い込んでいます。この方はいずれ裁かれると思います。その時、キララ様が『領主の後ろにドリミア教会がいた』と言っても誰も信じないでしょう。この方はドリミア教会の実験結果の過程、その実験によって得た被害を全て受け、ドリミア教会への矛先を全て背負っている状態にあります」
――つまり、ドリミア教会はのうのうと逃げ延び、領主は死んでお役御免されるってこと?
「そうですね。ドリミア教会にとってはただの駒でしかないのでしょうから、死んでもらったほうが尻尾が摑まれませんから、排除しておきたい人物なのは間違いありません」
――じゃあ、領主が生きていても、いずれ殺されちゃうかもしれないのか。
「そうですね。ドリミア教会の情報を少なからず持っている方です。マザーも同様の立場にいます。おそらく、ドリミア教会のたくらみや陰謀を知ってしまったがために殺されかけたんだと思われます」
――なるほど、使えるだけ使って、証拠隠滅のために殺す。酷い……、ほんとに同じ人間なの。
「疑われるところですね……」
私は領主さんの濡れた顔を服の裾で拭き、泣きそうになる。
――私、領主が悪いかどうか分からなくなってきた……。ベスパ、領主は死んだと言っておいたおいた方が後々都合がいいんじゃないかな? もし、ドリミア教会の連中が『領主は生きていた』と聞いたら、また街に被害を加えてくるかもしれない。
「そうですね。領主は死んだことにしておいた方が得策だと思われます。そうすれば、ブラックベアーが倒されたとしても、ドリミア教会の者達は安堵するでしょう」
――なら、悪い領主は死んだ。今ここに生きているのは領主じゃなくて洗脳される前の男の人。
「そうしましょう。万が一目を覚ましたとき、情報源になりえる人物ですから保護対象です」
『ドガッツ!!』
私達が領主の話をしていた時、荷台の横を物凄い勢いで衝突する物体が私の目の端に映った。
「ふ、フロックさん! だ、大丈夫ですか!」
私はビー達の壁を開けさせて、地面に倒れるフロックさんのもとにすぐさま駆けつけて様子を見る。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ。ありゃやべぇな……。切っても、切っても……、それ以上の速度で回復しやがる……」
フロックさんは頭部から鮮血を流していた。
ゆっくりと大量に出血しており、鮮血は頬を這うように動き、やがて顎から地面に垂れる。
「あゎ、あぁわ、ど、どうしよう。と、とりあえず止血、早く止血しないと!」
――ベスパ、包帯ある。
「はい。すぐ用意します」
ベスパは私の要望に数秒で答えてくれて、木でできた新品の包帯を私の手に落とす。
「い、今、止血しますから。絶対に動かないでください」
「キララ、今、包帯なんてどこから出した?」
「そ、それは今どうでもいい話です」
私がフロックさんの頭に包帯を巻き終えると、フロックさんは大剣を地面に突き刺して立ち上がる。
「カイリ! 『バリア』が数秒遅れたせいで、また死ぬところだったぞ!」
「こっちもギリギリなんだよ。奴の攻撃が一撃一撃重すぎるから私の魔力はゴリゴリ削られているんだよ。フロックも、もう少し避けるなり、受け流すなりしてくれ」
「仕方ないだろ、あいつがデカすぎるんだから。あの大きさで普通のブラックベアーと同じ動きをしやがる。普通の人間に反応できるわけないだろ!」
――これだけ叫べるのなら、大丈夫そう。ベスパ、私の魔力、どれくらい回復した?
「六割ほど回復しました。今も回復中です。ですが戦闘は可能ですよ」
――よし、フロックさんとカイリさんの二人だと、どうしても手数が足りないみたいだから、私達も加勢するよ。私は剣士じゃないから腕が折れていても関係ない。しかも利き手の右腕は無事。戦わない理由はないよね。
「もちろんです。このまま逃げてもあの二人が勝てるかどうか分かりません。今の戦力を考えたところ、近距離で斬の攻撃が出来るフロックさん、援助回復と『バリア』を持っているカイリさん。痒い所に手がとどくキララ様の三人のパーティー相性はとても良いと考えられます」
――痒いところに手がとどくって……。まぁ、そう言った存在も一人は必要だよね。
「フロックさん。私も戦います」
「な! お前は出しゃばるな。子供の出る場じゃねえんだよ。と言うか、ルドラはどこにいた! あいつだけ逃げたのか! あの野郎……、子供を置いて逃げるなんてなんて情けない精神してやがる」
フロックさんは辺りを見渡し、ルドラさんのバートン車を探していた。
――あ、そうか。ルドラさんは今『光学迷彩』で見えていないんだ。でも、好都合。
「ルドラさんは私を置いて逃げてしまいました。なので、走って逃げるよりもフロックさんの力になりたいんです!」
「キララ様、ルドラさんが何か叫んでいるみたいですが音を拡張した方がいいですか?」
ベスパはルドラさんが座っている冷蔵車の前座席を指さす。
――しなくていいよ。ルドラさんには悪いけど、あの化け物を倒すにはもう一押し入る。私が加われば、何とかなると思うの。
「そうですね。私もそう思います」
「フロックさん達の邪魔はしません。ただ、援護だけでもさせてください!」
私はフロックさんに大きな声で語りかける。
「その心意気はありがたいが……。今のお前に何が出来る。この前の瘴気に満ちたブラックベアーの時見たく、敵を爆発させるのか。だが、それは無意味だ。今いるブラックベアーの回復速度は以前のやつと格が違う」
――フロックさんは冒険者だ。こんな危険な場所に十歳の少女を残しておきたくないはず。まして、私は怪我までしているんだから、そりゃあ反対されるか。でも、ここで引いたらフロックさんとカイリさんも危ない。私が助けないと。
「フロックさんの斬撃で付けた傷に、私は爆発を撃ち込んで損傷させます。威力は弱めるので巻き込む恐れはありません。傷の直りを少しでも遅くできると思うんです」
「ん…………」
フロックさんは私の元に歩いてきて、顎に人差し指を置き、ぐっと持ち上げて私の瞳を見つめてきた。
――な、何……。そんなに見つめられると、とんでもなく恥ずかしいんだけど……。と言うかフロックさんの瞳、綺麗すぎ……。純粋無垢の子供みたい……。なのに奥深い黒。どこか大人びてる。
「キララ様の心拍数が120を超えました。加えて血圧の上昇を確認。頬、耳への血流が増加。赤みを帯びているもようです」
――べ、ベスパ、今の状況を説明しないでいいから!
「分かった。キララは出来る仕事をしろ。俺達の邪魔は絶対にするな。今ここで死人がでもおかしくない状況なんだ。それを理解して行動しろ」
「は、はい! 頑張ります!」
フロックさんは私から視線を逸らし、ブラックベアーを見た。
今のところブラックベアーはカイリさんが『バリア』の檻で閉じ込めている。
相当魔力を使っているみたいで、カイリさんの方もふらふらだ。
「カイリ! 足場!」
「今は無理!」
「ちっ!」
――ベスパ、フロックさんの背中にビー達を着けられる?
「可能です」
――なら、フロックさんに機動力を与えられるね。フロックさんの声を聞いたらその通りに動かせるようビー達に命令しておいて。
「了解しました」
ベスパは空中に飛び数匹のビーを集め光る。
「仕方ねえ、身体強化で一気に接近するか……」
フロックさんは今にも突撃しようとしていたので、私は腕を引く。
「ちょ、ちょっと待ってくださいフロックさん! 私に少し時間をください」
「何だ? キララが出来るのは、バカでかい爆発の攻撃だろ」
「えっと……、それ以外にもできることがありまして、私がフロックさんを浮かせます。ブラックベアーのどこの部位に行きたいかを大きな声で叫んでください。その通りに動かしますから」
「そんな魔法が使えるのか?」
「はい。任せてください! 私が飛べないフロックさんに翅を授けますよ!」
「何だその神みたいな言い方は……。まぁいい、機動力がもらえるのなら今すぐくれ。あのデカさの魔物と戦うには空中でも戦えないと話にならない」
「分かりました!」
――じゃあ、ベスパ。フロックさんの背中にビー達をつけて。
「了解」
ベスパが光ると、通常のビーよりも遥かに大きいビーがフロックさんの背中に飛んできた。
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