死人の肉体か、生きている相棒か
私の体感だと約40秒足らずで魔力の練り込みが終了した。
浮いた20秒が戦況をどう左右するかは分からないが、今、走っているレクーが1キロメートル走る予定だった距離の時間が稼げた。
相手の体力は多分無限。
逆にレクーの体力は有限。
いつまでも最高速度が出せる訳じゃない。
実際、人間が思いっきり走れる距離は400メートルが限界。
どれだけ肺が強い生き物でも、生物である限り、限界はある。
だが、追ってくる超巨大なブラックベアーは体が再生するのだ。
どれだけ走っても疲れなど感じないはず。
バートン以上の速度で永遠に走っていられると言うのは、きっと陸上競技の長距離選手も驚くだろう。
――さてと。魔力が溜まった。ベスパ、やるよ!
「了解!」
私は小さな『転移魔法陣』と『ファイア』の魔法陣を展開し、魔力を流し込む。
赤よりも白い光が目立つ『ファイア』が発生し、『転移魔法陣』の中に入っていった。
『ドッガアアアアアアン!!』
『ファイア』が消えてから0.1秒後、大爆発が起こった。
私は少し振り返り、後方の様子を見る。
黒煙が立ち昇り、威力の高さを物語っている。
ブラックベアーが走り込んでくる気配がないため、関節を爆破できたのかもしれない。
私は黒煙を見ていたら、死角からベスパが現れる。
「ベスパ。ブラックベアーの関節は破壊できたの?」
「はい。ブラックベアーの腕が吹き飛んで行く感覚を確かに得ました。同様に腹部も吹き飛んでいるはずです」
「そうなの。でもブラックベアーは三個目の魔石を食べて相当強くなっているんじゃなかった?」
「そのはずです。ただ、キララ様も同じように度重なる魔力の使用によって魔力が常に枯渇状態にあります。キララ様の体内にある魔力が空になるにつれて体が質の良い魔力を生みだして行きます。結果的に使用される魔力の量と質が向上し、爆発の威力の拡大が起こったのではないかと考えます」
「なるほど……。魔力を使えば使うほど強くなっていく法則ね。魔力回復の速い私にとってはこの上ない成長速度が見込める。なら、魔力を使いまくって威力を上げていけば……倒せたりしないかな?」
「キララ様、そこまで甘くはないみたいですよ」
『グラアアアアアアア!!』
「くっ! 『転移魔法陣』展開!」
黒煙を一瞬にして吹き飛ばし、地面を抉るかのような威力の咆哮が私達に襲い掛かる。
私は咄嗟に『転移魔法陣』を発動させ、先ほどと同じように咆哮の進行方向を真上へ変える。
「はぁ、はぁ、はぁ。ブラックベアーの腕がもう再生している……」
私はブラックベアーの咆哮によって、束の間の安堵から死の恐怖へ一気に突き落とされる。
「キララ様の魔力回復の速度はとてつもなく速いですが、同じようにあのブラックベアーの再生速度も、とんでもなく速いです。実際、キララ様の魔力回復よりもブラックベアーの再生速度の方が速いらしく、キララ様が魔法をどれだけ撃ち込んでも、それ以上の速さで破損部分を再生し、突き進んで来るでしょう」
「でも、攻撃をやらないよりはやった方がいいでしょ。さすがにこれ以上は近づかせられない。レクーの体力も落ちてきてる。このままじゃ、いつか追いつかれちゃうよ」
「はい。ですから、レクーさんの体力が尽きた際、私達は負けます。この際、あのブラックベアーの魔石もろ共全て粉々に爆破し、超火力で滅却した方が、私達に勝ち眼があるように感じてきました」
「ちょっと、それじゃあマザーと領主が死んじゃうでしょ!」
「ですが、両者共に悪魔に魂を食われてほぼ死亡しているような状態のはずです。あのブラックベアーを倒すために、死んでいる人を道連れにしてはいけないなんて法律はありませんよ」
「ダメ、絶対にダメ。そんなの……、あんまりすぎる。実際、ベスパの作戦で倒せるかどうかも分からないのに。たとえ、マザーが死んでたとしても体は持ち帰る。そうしないと教会にいる子供達が納得しない」
「キララ様。今、キララ様は死ぬかもしれないんですよ。そんな状況下で死人の心配をしている場合ではないじゃないですか?」
「スキルには分からないかもしれないけど、心情って言うものがあるの。私には曲げられない信念もある。たとえ死んでいたとしても、被害者ごと消し飛ばすなんてできない」
「領主は洗脳されていたとはいえ、今回の事件の確信犯です。マザーも何かしら加担していたに違いありません。どちらも加害者です。キララ様が心を痛める必要はありません」
「子供たちはマザーが悪い人だなんて思ってない。私だって思ってない。領主だって元は良い人だったかもしれない。二人とも、こんな形でこの世からいなくなるなんて、望んでなかったはずだよ。だから助けてあげたい」
「その助ける方法が今はないんですよ。このままだと本当にキララ様が死んでしまいます。離脱するにしても、ブラックベアーに近づかれてからでは遅いです。最悪、レクーさんは持ち上げられないかもしれません」
「そんな……」
「死人の肉体か、生きている相棒のレクーさんとキララ様の命、どちらが大切なんですか。そんなの聞かなくても答えは決まっていますよね」
「そんなの……、私が言葉にして言わなくても分かるでしょ。ベスパは私の心が読めるんだから」
「キララ様……」
ベスパは私の顔を見て『考えを変えさせられなかった』と後悔しているような表情を見せてきた。
「どっちも助けるに決まってる。私は天秤に何てかけない。何が何でも、両方助ける」
「はは……。キララさんらしいですね」
レクーは全力疾走しながら笑った。
「はぁ……、キララ様は我が主ながら、本当に頭の固い人ですね……」
「ベスパ、そんなすました風に言ってるところ悪いけど、眼がめっちゃ赤くなってるから。やる気みなぎってるよね?」
「そりゃそうですよ。なんせ私はキララ様の魔力ですから、キララ様の心の高ぶりによって感情が左右されてしまいます」
「だよね。さて、どっちか助ける方法じゃなくてどっちも助ける方法を考えないと」
私は考える。
ブラックベアーの体から魔石を取り出して黒い球体状にして燃やす過程まで行くにはどうしたらいいかを……。
――実際、あのブラックベアーが黒い塊になるかは分からない。でも、体が再生する際、黒い触手のような物体が蠢いていたのを見た。だから、黒い塊になる可能性は十分ある。
問題はブラックベアーの体内から魔石をどうやって取り出し、マザーや領主さんの肉体を取り戻すかだ。
――まだマザーの肉体がブラックベアーの体内に残っているのかさえ怪しい。マザーの魂だけブラックベアーの肉体に移植されてたり、マザーの肉体は既に消化されてなくなってたりしているかもしれない。
だが、マザーの肉体の細胞が人工魔石によって再生されている場合もあり得る。
そうだった場合、私はある1つの仮定に行きついた。
「マザーたちが生きているのなら……、心臓の音が聞こえるかも……」
「え? 心臓の音ですか……」
「うん。ブラックベアーには心臓がない。だって魔石で動いてるんだから。でも、領主とマザーは人間。死んでたら心臓の音は鳴らないけど、すぐ近くに人工魔石があるんだよ。生きていてもおかしくない。魂が食べられて意識はないかもしれないけど心臓は動いているはず」
「なるほど! あの巨体の中で心臓の鼓動が聞こえる部分に領主とマザーのどちらかがいると言うことですね!」
「そう言うこと。確かベスパは心音が分かるんだよね?」
「はい。私の針をブラックベアーの体に刺せば、体内の心音を感じ取れます。位置も大体分かるので、どこにマザーと領主がいるのかをある程度把握できるはずです」
「よし。それなら二人がブラックベアーの体内にいるのなら助け出す方法を考える。いないのなら全力で滅却する。ベスパは今すぐに二人の心音を調べてきて」
「了解です!」
ベスパはまたもや光かと思うほどの速度でブラックベアーの体まで飛んでいった。
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