長所の遠距離攻撃と短所の剣戟
見える道はほぼ直線。
曲がり角や湾曲した道は今のところ見当たらない。
私が見渡せる地平線があると言うことは実質3キロメートル先までずっとまっすぐな平野の道だと言うことだ。
「はは、レクー。ブラックベアーと勝負だよ。どっちが速く走れるか……。私達はあいつの速度を削いでいくから、レクーは全力で前を見て走って」
「はい! 今までの練習の成果、ここで見せてやります」
レクーは頭をさらに下げ、思いっきり駆けだす。
私も自分が揺れないよう下半身に力を入れてレクーの呼吸に合わせる。
――はっきり言ってブラックベアーに近づかれた時点で私達の負けだ。あんな巨体に10メートルまで近づかれただけで勝ち目がない。私があいつに勝るのは遠距離攻撃。短所は捨てて、長所だけを生かせば、足止めくらい出来るはずだ。
遠距離攻撃と言えば、ブラックベアーも建物を吹き飛ばすほどの威力をほこる咆哮を放ちながら移動できる。
だが、走りながらの咆哮は自身の移動速度が落ちるはずだ。
私にはライトの考えた『転移魔法陣』がある。これを使えば魔力の練り込まれている咆哮の攻撃を別空間に飛ばせるから、上手く使っていきたい。
「ベスパ、私が逃げている間に、ここら一帯の虫たちに私の魔力をばら撒いて。そうすれば魔力の回復が速まるんでしょ」
「はい。キララ様の言う通りなので、すでに行っています。キララ様がマザーや悪魔と話している間に魔力がほぼ100パーセントにまで回復しましたので、レクーさんが走り始めてから50パーセントほど、辺り一帯に魔力をばら撒いています。街の中よりも外の草原の方が多くの虫がいますから私達の猟場です」
ベスパの眼は赤くなり、だいぶ怒っている。
それでも冷静に現状を判断し、私の命令より先に行動していた。やはり、仕事が早い。
「はは、あのブラックベアーを狩る気?」
「当たり前ですよ。あの巨大ブラックベアーを止めないとキララ様の身が危険ですから」
「そうだよね。あのブラックベアー、他の者には目もくれず、一目散に私を狙ってきたのを考えると、悪魔が何かを吹き込んだのかもしれない……。あの悪魔やろう。私に『また会おう』と言っておきながら、殺しにかかってる。ほんと嫌な性格してる」
「悪魔ですからね。どう考えても、嫌な性格の者しかいませんよ」
「そんな存在を復活させようとしているなんて……。マザーも悪魔って言ってたし、きっと教会が関係しているんだよね。それ以外ありえない」
「でしょうね。ですが、証拠がありません。魔造ウトサや人工魔石がドリミア教会の者によって作られたと言えたら、ドリミア教会と戦える武器になると思うんですけど……」
「そんな証拠をドリミア教会が残すとは思えない。きっとマザーや領主さんは教会の悪事を知ってしまったから、悪魔に魂を食われたんだ。知られた悪事の口封じをするために……」
「キララさん! 喋っている場合じゃないですよ!」
レクーは私に叫ぶ。
『グラアアアアアアア!!』
ブラックベアーが街の門辺りで一度立ち止まり、強烈な咆哮を放ってきた。
草木や土砂が巻き上がり、地面を抉る竜巻のような風が私達に向かってくる。
「くっ! 『転移魔法陣』展開!」
私は自分たちの後方に大きめの『転移魔法陣』を展開した。
「ベスパ、咆哮を真上に飛ばして!」
「了解!『転移魔法陣』展開」
ベスパは魔法陣を展開し、出口を真上に向けた。
咆哮は私の展開した『転移魔法陣』に入っていき、ベスパの展開した『転移魔法陣』から出て真上に向う。
咆哮が空島に当たると土や岩を貫通し、大きな穴が開いた。
「あんなのに直撃したら死ぬ……」
『グラアアアアアアア!!』
ブラックベアーは叫びながら、街の門を破壊し、四足歩行で私達を追いかけてくる。
全長が50メートル越えの超巨大なブラックベアーの移動速度は1秒で50メートル以上進んでくる。
対して、レクーは最高速度で駆けて50メートルを2秒くらい……。
ブラックベアーが最高速度にまだ達していないのを考えると、数キロメートル離れていても余裕は持てない。
「ベスパ、前と同じように手や脚を爆破して速度を落とすよ」
「了解!」
あの巨体をふら付かせるためには相当な威力が必要だ。
以前戦った瘴気に満ちたブラックベアーは体がぐずぐずで衝撃をもろに与えられたため、腕を吹き飛ばしたりできたが今回は実体のブラックベアーだ。
骨や肉、筋肉、分厚い皮、魔法耐性、その他諸々、実物のブラックベアーの能力がそのままで超巨大になっている。
後先考えて生半可な威力にすると、攻撃が全く効かずに魔力の無駄遣いになりかねない。
「キララ様、あのブラックベアーを草原に追い出したあとどうするんですか。マザーから魔石の位置は聞き出せましたけど、私達ではあの巨大な体を切断できませんよ」
「そこが一番の問題。私は魔法しか使えないんだよ。今更になって剣も鍛えておけばよかったって思う。帰ったら剣戟が出来ないと言う短所を克服するために剣の鍛錬でもするかな……」
「ここを生き残らないと帰れませんよ」
「そうだよね。あぁ、牧場で働いている皆は今頃仕事を頑張ってるんだろうな。私はまた死にそうだよ……」
「キララ様。とんでもなく緊張感がない言い方ですね。今、自分が死にかけているのが分かってますか?」
ベスパは私の前方を飛び、呆れた顔をしている。
「私、ブラックベアーに殺されかけるの、今回で四回目だからね。さすがに怖すぎて冷静になっちゃうよ」
「怖すぎると、緊張感のない表情になってしまうのですね」
「そうみたいだね。なれって恐ろしい。これじゃあ何回も殺されかけたら、普通の感覚になっちゃうのかな……」
私は試しに後ろを振り向き、襲い掛かってくるブラックベアーの顔を見た。
『グラアアアアアアア!!』
巨大な黒い肉体が地面を抉りながら迫ってくる。
大口を開けて叫んでいる姿は敵と戦うときに見せる威嚇行動そのものだった。
「やっぱ無理、やっぱ無理! 怖いものは怖い! 今、私がやっていた素面がやせ我慢だってすぐ分かる!」
「キララ様、落ち着いてください。例え倒す方法が今のところ見つからなくても、牽制しておく必要があります。さすがに、追いつかれたら死亡率が急激に跳ね上がりますから」
「そうだよね……。いったん冷静にならないと」
私は息を大きく吸って、長く吐く。この工程を何度も繰り返し、脳に大量の酸素を送る。
「ふぅー、よし。ベスパ、ブラックベアーの腕関節に張り付いてきて」
「了解!」
ベスパは空中でピシッと立ちながら兵隊のように敬礼したあと、ブラックベアーに向って光の筋が見える速さで飛んでいく。
「私は魔力を練り込んでおかないと……。とりあえず、爆発の威力は『大』範囲は関節を破壊させるだけの広さがあればいいから、直径5メートルくらいかな」
私は指先に魔力を溜める。
爆破の範囲は今までに起こしてきた爆発の感覚から、ある程度、指定できるようになっていた。
あとはベスパに任せれば微妙な調整まで可能だ。
――ベスパ。ブラックベアーの腕関節に張り付いた?
「はい。すでに張り付いています」
――どのくらいの威力で破壊できるか分かる? 一応、威力『大』の爆発が起こせるくらいの魔力は練り込んだけど、もっと必要ならさらに練り込むよ。
「ブラックベアーの体があまりにも大きいので、外側から肉体を破壊できるか分からないというのが本音です。皮膚も分厚くなっていますし、筋肉も魔石二個の時に比べて飛躍的に大きくなっています。切り傷を入れて内部から爆発した方が確実だと思いますが、私達には切断方法が無いので難しいですね」
――なら、出し惜しみせずに爆発の威力『超』を打ち込んだほうがいい?
「いえ、キララ様の魔力が一瞬で空になってしまうのは避けた方がいいかと思います。防御に使える『転移魔法陣』が発動できるだけの魔力は残しておいた方がいいかと思われます」
――分かった。『転移魔法陣』が発動できるギリギリまで魔力を練り込むよ。
「お急ぎください。このまま行くと、2分もしないうちにブラックベアーがレクーさんに追いついてしまいそうです」
――そんな……、2キロメートルくらい離れているのに……。でも、1分で練り上げればいいだけだ。
私はレクーの背中に乗りながら瞑想をする。
瞑想と言っても心を落ち着かせ、体の中で魔力を循環させながら練り込んだ魔力を指先に集めると言った行為をさす。
私の一刺し指の先に溜まっていく魔力はしだいに増えていき、神々しい光を輝かせる。
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