映画ではなく、現実
『ぐらああああああああああああ!!』
ブラックベアーは王都に向って歩みを進める。
今のところ、二足歩行なので追いつけなくなるほど早くはないが、先ほどのように四足歩行で全力を出して走られたら、レクーでも追いつけない。
今は街の建物がブラックベアーの進行を妨げている。
きっとそのお陰でブラックベアーも相当進みづらいだろう。
私は街中でも小回りの利くレクーに乗っている。
――レクーが全力を出せば、先回りできるはず。
『ぐらああああああああああああ!!』
「マザー、いったい何があなたをそこまで掻き立てるんですか……」
今、マザーからの声が途絶えている。
どうやら何かと戦っているらしい。
先ほど言っていた魔石の浸食とやらが関係しているのか。
――ベスパ、今のうちに魔力を溜めるよ。レイニーはあのまま泣き続けていると思うから泣き声を常に拾えるようにビーを一匹着けさせておいて。あと『転移魔法陣』は展開したままで、魔力の流れだけを止めておいて。常時発動させておくのは凄く疲れるから。
「了解!」
「マザー、あなたが何て言おうと……、子供たちのために助けますから」
私は四人の女騎士を追い抜かし、街中を二足歩行で移動するブラックベアーにやっと並び、ギリギリ追い越した。
レクーがいなければ絶対に追いつけなかった。
ただ、ブラックベアーより前に出たからと言って何が出来るのか、私にはまだ分からない。
本当にブラックベアーの中からマザーを助け出せるのかすら危うい……。
私は王都までつながる道の入り口にまで来た。
私の視線の先に大きな地ならしを起こしながらブラックベアーが二足歩行で進んできている。
その光景はどこか怪獣の映画のようで、自分が画面の中に入ってしまったような感覚になる。
だが、今は現実。
私の視界に入っている化け物は本物の化け物だ。
映画のように英雄が来るわけでも、武装した軍隊が来るわけでもない。
それでも、私は化け物の前に立っている。それが私の役割であるかのように。
「ベスパ、私の魔力はどれくらい溜まった」
「ざっと50パーセントほど溜まりました。あと数分で100パーセントになります。ただ、動かせるビーの数があまりに少ないのが現状です。街に住む人の避難や怪我人の輸送に多くのビーをさいています。戦いに参加できるとしてもビーの中で優秀な数10匹程度です。他の個体は体力的に消耗しすぎており、これ以上は無駄死にさせるだけなので動かさない方がいいでしょう」
「そう、他の友達は使えないの?」
「使えなくはないですが、あのブラックベアーに決定打を与えられるような友達はいません。拘束が得意な友達はいますが数が少なくあの巨大なブラックベアーを止められそうにありません」
「つまり……。戦いが起こった場合、今のところ私達で戦うしかないってわけだね」
「そうなります。ただ、そうなった場合、キララ様の死と言う最も恐れなければならない事態が起こりえる状況です。キララ様の死を感知した時、私達がキララ様の体に触れるのをお許しください」
ベスパは真剣な表情で私の前におりてきた。
「……そうだね。私だって、死ぬより気絶した方がましだから迷わずに私を離脱させて」
「了解しました」
「ディア、あなた達は街に残っている避難が遅れた人たちを助けてあげて」
私はブローチに擬態しているディアを右手で握り、思いを込めて命令する。
「キララ女王様! 私も戦えます! ベスパ様のような爆発はできずとも、何かしら力になれるはずです」
「ううん。ディアは戦えないよ。戦うのはベスパに任せればいい。ディアは避難者を助けてあげて。ブラックベアーの討伐と街の人命救助はどっちも疎かに出来ないから、ディアにお願いしているの」
「キララ女王様……。わ、分かりました。私達は逃げ遅れた市民の人間を避難させます!!」
「うん、お願い。ブラックベアーの方は任せて」
「はい!」
「ディア! キララ様からのありがたいご命令だ! しっかりと遂行するように、完璧を目指せ!」
「は、はい。ベスパ様。では行って参ります!!」
私はディアを地面におろす。
ディアは地面を物凄い速度で走って行った。
「これで、建物に挟まれて逃げ出せない人達も大丈夫。私達はマザーを止めて、あのでっかいブラックベアーを倒す」
「はい! キララ様。女王の威厳をあのデカブツに教えてやりましょう!」
『ぐらああああああああああああ!!』
ブラックベアーは私達に向って雄叫びをあげた。
「く……。結構距離が離れているのに、風が……」
「マザーも迷っているようですね。実際、今の雄叫びを咆哮にして放つこともできたはずです。やはり、キララ様に害を加えるのを嫌っているようです」
「そりゃそうだよ。だってあのマザーなんだから。子供達の為に人生を捧げてきたマザーが人を殺すなんて出来る訳ない。でも、そんなマザーが殺したいと思うほど憎んでいる相手がいるんだよ。きっと、ドリミア教会の人間の中にね」
『ぐらああああああああああああ!!』
ブラックベアーはまたもや叫んだ。
きっと咆哮を放っていれば街の建物はことごとく吹き飛ばされているだろう。
「キララさん。もし、あのデカいブラックベアーが駆けてきたらどうしますか?」
レクーは眼を細め、後ろ脚で地面を搔きながら私に聞いてくる。
「私達はブラックベアーと同じ進行方向に動く。一定の距離を保ってマザーを説得する。レクーは走る時ずっと全力で走ってもらうから。覚悟しておいて」
「分かりました。死に物狂いで駆けますよ。僕はキララさんの脚ですからね」
「姉さんの教え、ちゃんと守ってよ」
「もちろんです。母さんの言っていたことがやっとわかった気がします。移動は僕に任せてください。たとえ脚が折れようとも駆け続けます!」
レクーは頭を小さく振って邪念を振り払う。
『ぐらああああああああああああ!!』
(苦しぃ、苦しい、苦しぃ、苦しいぃ)
「マザー!! 意識を保ってください!! 今どこにいるんですか!!」
『ぐらああああああああああああ!!』
(うぐ……ぐぅぅぅ、あがが……)
「マザーの意識が薄れてく。ベスパ、レイニーの声をマザーの耳元で聞かせ続けた方がいいみたい。今すぐにレイニーの声をマザーに聴かせて!」
「了解です。『転移魔法陣』に魔力を再度送り込みます。その後、レイニーさんの声を魔力で増幅して聞かせます」
ベスパが光ると、ブラックベアーの頭部を覆っていた五枚の『転移魔法陣』が輝きだす。
「マザー! マザー! かえってきてぇよぉ~~。こわいよぉ~~~~!」
頭部の下の隙間から、レイニーの泣き声が漏れ出している。
「ぐらああああああああああああ!!」
(レイニー、レイニー、どこ……。うっぐ……。はぁ、はぁ、はぁ、も、戻って来れた。そうか、私の心は子供達に揺さぶられているのね……)
「マザー! 意識が戻ったんですね!」
(そうみたいですね……。ですが、気を抜くと……、すぐに深い底に落ちてしまうようです……)
「マザー! 私はあなたを助けたいんです! だからこの場に留まってください!」
(いえ……。それはできません。私が意識を保っていられる時間はそう長くないでしょう。悔しいですが、王都まで持ちそうにありません……。もし、意識を保てなくなったら、三個の魔石が私達の意識を食い散らかし、無造作に動き回る化け物になってしまいます)
「私達……。ブラックベアーと領主、マザーの意識ですか!」
(そうです。ですから……、私たちの意識が食われた時、万が一この街にこのブラックベアーが残っていたら、本当に街を破壊するでしょう……。そうなると、子供達にも、被害が及ぶかもしれません)
「そんな……。その魔石はいったい何なんですか。いったい誰がそんな危険な物を作ったんですか!」
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