時間を稼ぎながら考える
「はぁ、はぁ、はぁ……。私達に意識を向けさせないと」
私は横目で時計台を見る。
午後3時55分。
ディアが言うにはあと5分で冒険者を避難させられる。
――私達は午後4時まであのブラックベアーを引き付けていればいい。私にできるかな……。違う違う、私がやるの。そうしないと、街が壊される。
「はぁはぁはぁ……。す、すみません……。これ以上は、もう……」
メルさんは私が立ち上がったのと同時にその場で倒れてしまった。
「メルさん!」
私はメルさんの様態を見る。
息をしているので魔力の使い過ぎで気絶しているだけみたいだ。
命に別状はない。
「ありがとうございます、メルさん。あなたのおかげで私は戦えます」
私は再び前を向いて超巨大なブラックベアーを凝視する。
――ふぅ……。さてと、どうやってあの化け物を止めるか。ベスパ、何かいい案はある?
「ぱっと思いつきませんね。そう言った作戦はキララ様の方が考えるのが得意だと思いますけど」
――私も思いつかなかったからベスパに聞いたんだよ。あいつに弱点とかないの?
「弱点と呼べるかは定かではないですが、あの巨大なブラックベアーの倒し方なら推測できます。巨体の中に領主の体がありますよね。それを抜き出して意識を止めさせればブラックベアーの方も止まるのではないでしょうか?」
――領主と会った時にベスパがやろうとした作戦だよね……。それをするにも、あの巨大な体から領主をどうやって見つけ出したらいいの?
「領主の体も再生すると思われますから、片っ端から爆発させて位置を知るのが一番早いと考えます」
――そんなに何発も強力な爆発を放てないよ。今の私じゃ魔力不足ですぐ倒れちゃう。出来るだけ魔法を放たないで、注意を引きたい。今は倒すことじゃなくて冒険者さん達を逃がすことだけを考えよう。
「なるほど。了解です。では、キララ様、こういった作戦はどうでしょうか?」
――え……、どんな作戦?
私はベスパの作戦を聞く。
「これなら、キララ様の魔力消費は最低限に抑え込めます」
――でも、あのブラックベアーが乗ってくれるかどうか分からないよ。
「あいつは乗ってきます。なんせ、私に二回も頭部を破壊されていますからね。例え再生するとしても、領主やブラックベアーは痛みを感じるはずです。頭を吹き飛ばされる痛みは死と同等でしょう。それを既に二回も味わっている訳ですから、もう、食らいたくないはずです」
――確かに……。よし分かった。ベスパの作戦で行ってみよう。わざわざ相手の得意分野で戦わなくても、私達の得意分野に持っていけばいいだけ。逃げるのは、ベスパの得意分野だからね。
「はい、逃げ足の速さには自信がありますよ!」
ベスパは翅を羽ばたかせ、気合いを入れていた。
――よし……、作戦を決行するよ。それじゃあベスパはわざとブラックベアーに見つかるように飛びながら輝いて。
「了解」
ベスパはブラックベアーに向って高速に飛んで行く。すでに輝いており、光の軌跡が空気中に浮かんでいた。
――何か魔力による攻撃を食らいそうになったら『転移魔法陣』で攻撃を無理やり別の場所に移動させるよ。
「その準備も完了させます」
ベスパを四枚の『転移魔法陣』で囲う。
私は上下に二枚、ベスパが左右に二枚。
物理攻撃じゃなければ全て透過するはずだ。
――あの巨体では小さなベスパに物理攻撃を与えるのは難しいはず。残り5分を逃げ続ける。
「ベスパ、一気にブラックベアーの頭上に行って!」
「了解!」
ベスパは巨大なブラックベアーの目線の高さを飛んでいく。
そうすれば地面に向って咆哮を放たないと考えたのだ。
――ブラックベアーの顔周りを飛んで、出来るだけ上を向かせて。
「了解」
『グラアアアアアアア!!』
「くっ……。凄い風……」
案の定、ブラックベアーは光るベスパに向って咆哮を放った。
攻撃は目線の高さだった為、街の建物は無く、崩壊されずに済んだ。
ベスパは閃光のごとき速さで咆哮をかわし、ブラックベアーの目の前に再度移動すると。
「あなた、図体だけですよねー。ほんと、それ以外に何か取り得ないんですかー。私みたいな最弱の存在に二度も顔を吹き飛ばされてますもんねー。ブラックベアーさんも最弱のお仲間になっちゃったんですかー。悔しかったら、私を捕まえてみたくださいよー。本当に凡庸ですね。平凡すぎて、何とも情けない話ですー」
ベスパはブラックベアーに向って煽りを入れる。
そうすることで、ブラックベアーにベスパを追わせやすくなると考えたのだ。
――領主にも、煽りが刺さるといいんだけど。お願い、乗ってきて。
『グラアアアアアアア!!』
ブラックベアーは大口を開けてベスパを食べようとした。
「うわっと、あぶないですねー。ほら、ほらー。この私を捕まえられますかー」
ベスパはブラックベアー攻撃をかわし、顔の前で8の字で飛ぶ。
――ブラックベアーがベスパに反応したってことは煽りが成功したってことでいいのかな。それなら……。ベスパ、そろそろ距離を取って上空の方に向って。
「了解です」
『グラアアアアアアア!!』
ブラックベアーはベスパに向って咆哮を放つ。
耳を劈くような轟音が何度も放たれ、街中が騒音被害を訴えてもおかしくない程、うるさかった。
私は耳を塞いで目をやっと開けられるくらいの音量なので、ブラックベアーのすぐ下にいる冒険者さん達は鼓膜が破れててもおかしくない。
唯一の救いはブラックベアーがその場から動かないでいること。
もしあの巨体で動き回られたら、街が簡単に踏みつぶされてしまう。
ブラックベアーの身長は街の建物の高さを優に超え、高層マンションかと思わせるほど大きい。
そんな化け物を今、その場に止めているのが世界最弱の生き物だという矛盾。
はっきり言ってあんな化け物を倒せる人が思いつかない。
でも、誰かきっと倒してくれる。
そう信じて私は冒険者さん達を助ける。
時間を稼ぐにも人手がいる。
今すぐに逃げたい気持ちをぐっと堪え、私は何か出来ないかを何度も考えた。
――あのブラックベアーはブラックベアーもどきではないはず。なら、魔石か領主を抜き取れば倒せるはず。でも、あの巨体からどうやってスイカほどの魔石三個と一人の人間を見つければいいの。胴体にあるとは思うんだけど、その胴体が大きすぎるからな……。
私が考えている間、ベスパは順当にブラックベアーの攻撃をかわし続け、気を引いている。
――ベスパは頑張っている。ディアたちも頑張ってる。私も何か見つけないと。
ベスパは空中で発光し、戦っている。
光の道筋が大空に浮かび上がっており、とても綺麗だった。
何でこんな状況下で綺麗だと言う感情が沸いてでくるのか分からない。
だが、そう思えるだけ今の状況に余裕があるのかもしれない。
心に余裕があると考えるだけで、私は冷静になれた。
「そもそも、あのブラックベアーの目的はなに。この街を破壊するのが目的ならベスパに構わず壊せばいいんじゃないの。痛いのが嫌でも死なないのなら構わず街を壊せばいい。そうすれば目的を果たせるはず。でも、あのブラックベアーは一向にベスパからの攻撃を警戒している。つまり、頭を爆破されるとまずいことでもあるのかも。待てよ、領主の体は爆発するとどうなるんだ。死ぬのかな、それとも再生するの。二回、あのブラックベアーの頭を吹き飛ばしたけど、頭部に領主はいなかった。ベスパが言うにはまだあの中にいる。頭部を破壊すれば何か分かるのかな。ただ、すぐ再生されちゃうから、加減が難しそう。うう……全然纏まらない」
私が見ている情報だけではどうも信憑性に欠ける。
推測だけで判断するのはあまりにも危険だ。
「何か確証が欲しい……。けど、そんな都合よく教えてくれないよね」
私は時計台を見た。
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