厄介すぎる一心同体
その後すぐ、レクーがビー達に運ばれてきた。
『光学迷彩』で他の人からは見えていないはずだ。
「キララさん! 大丈夫ですか」
「うん、問題ないよ」
「そうですか、良かったです」
レクーは地面に到着し、ビー達が拡散した。
「レクー、今すぐこの場から離れる。冒険者さん達の所まで運んでくれる」
「分かりました! すぐに乗ってください」
私はポケットに入れていた手袋をはめてレクーの背中にまたがる。
――ベスパ、周りには人がちょうどいないから最大火力で爆発できるようにしておいて。
「了解!」
――ディアは、爆発から私達を守るためのブラットディア達の配置をお願い。
「分かりました!!」
巨大なブラックベアーは領主邸の方を向き、四つん這いになっていた。
――視線を感じる。領主は私達に気付いているんだ。その証拠にブラックベアーは全く動いていない。私達を逃がす気はないんだ……。子供の私を殺そうとするなんて、理由は何だろう。あぁ、話を聞かれたからか。それしか考えられないな。
「私、が……。変える、この、街……を……私が……世界を……」
領主はブラックベアーの手に握られていた。
頭だけ出ており、ブラックベアーと領主には人とビーほどの大きさの差がある。
「キララ様、領主は洗脳されています」
――え……。そうなの?
「魔力の流れが不安定です。加えて体からにじみ出ている魔力の質に混じりけがあります。魔造ウトサを食べた時と似た症状ですので体の中に自分以外の魔力が混ざっている可能性があり、それが領主の人格を狂わせている原因かと思われます。洗脳した相手は先ほどの声の主だと推測できますね」
――それじゃあ、領主とブラックベアーを止めるには領主の洗脳を解けばいいってこと?
「そうなりますね。ですが簡単にはいかなそうです。領主が巨大なブラックベアーに守られているとなると一筋縄ではいきませんよ」
――そうだよね。やっぱりここは一度引かないといけないみたい。覚悟を決めないと……。
「ブラックベアー、私を食べろ……」
『グラアアアアアアア!!』
(食う食う食う食う食う食う食う!!)
ブラックベアーは自分の手ごと領主を食べる。
――ほんとに食べられちゃった……。えっと、領主が死んだらブラックベアーはどうなるの?
「キララ様、領主はブラックベアーの体に取り込まれただけです。死んではいません。ブラックベアーと領主の体と心が一心同体となることで領主の命令をブラックベアーは誤差なく受けられるようになったのだと思われます」
――つまり、私達がさっきやったゼロ距離での爆発と同じで領主はブラックベアーの体を誤差無しで自由自在に操れるようになってしまったと言いたいの……?
「はい……」
――それって、やばいよね。
「そうですね。ゼロ距離爆発が既にやばいですから。あの巨大なブラックベアーを誤差なく動かせるとなると、人の知能を持ち、魔法の利かない魔法耐性に、腕を切り落とされても即座に再生する体、建物を容易に粉砕する力が合わさった化け物になってしまったわけですね」
――ははは……。笑えないね。
「ええ、笑えません」
(ドリミア様……、私に……大いなる……力を……。この世界を、破壊する……力を……)
――嘘、ブラックベアーが喋ってる。
「どうやら領主の意志を口にしているようです。実際にはブラックベアーが吠えているだけにしか聞こえません」
――今はベスパの聴覚だから言葉に聞こえているのか。でも、ここでもドリミアって、ドリミア教会のことかな?
「その可能性が高いですね。先ほどの声もどこか聞き覚えがありますし、関係があるとしか思えません」
――ビー達で探せないの?
「探そうと思えば探せますが、今は目の前に集中した方がいいと思います。気を散らして戦える相手ではありませんから」
――確かに……。目の前の化け物から逃げないといけないもんね。
(おい……、そこに居るんだろ……。においで……分かるぞ……)
自我を持ったブラックベアーは私達の方に近づいてくる。
今、私達は『光学迷彩』で隠れているつもりだったが、ブラックベアーの嗅覚で私達の居場所は気づかれているようだ。
「キララさん!! 早く指示を!!」
「分かってる!! レクー走って!!」
「はい!!」
私はレクーに急かされる。
さすがに建物をもしのぐ大きさの化け物にはレクーでも恐怖を抱くようだ。
(逃がすか……。聞かれたんだ……、今、ここで消す……)
「それは困りますね! 私、まだ死にたくないんで!!」
――ベスパ、ブラックベアーの頭の後ろに回って。『ゼロ距離爆発』をかますよ。
「了解!」
私はのそのそと歩いてくるブラックベアーの後ろ脚に指をさす。
(何だ……。魔法でも使うのか……。私には効かないぞ……)
「知ってるよ。だからって何もしなかったら私が死んじゃうんだから。何もせずに死ぬなんて嫌。私、無駄死にはしないって決めてるの!」
私は一発、魔法を普通に放つ。
『ファイア!』
私の指先に魔法陣が展開され、魔力を送り込むと火の塊がブラックベアーの後ろ脚に向って飛んでいく。
ブラックベアーと『ファイア』の大きさは人とろうそくの火くらいに大きさが違う。
『ファイア』はブラックベアーの後ろ脚に当たった瞬間、当たり前のように消滅した。
(ただの『ファイア』か……。そんな魔法……、私には、効かない……)
「でしょうね」
「キララ様、配置完了しました。いつでも行けます」
――分かった。それじゃあ、ベスパ。私達がブラックベアーの真下辺りに差し掛かった時に『ファイア』を放つから、盛大に爆発して。
「了解です!!」
私はレクーに全速力で走ってもらい、ブラックベアーとの間合いを一気に詰める。
『グラアアアアアアア!!』
(小さい、弱い、ただの子供に……何が、できる……。弱い者は、死ぬだけだ……)
「くっつ……!」
ブラックベアーは二足歩行で私に向って咆哮を放ってきた。
ただ叫んでいるだけなのに、周りの木々がギシギシとひしめき、折れかけていた枝が吹き飛ぶ。
風魔法並みの威力を誇る咆哮がレクーの進行を阻むが、強靭な肉体を持つのはレクーも同じで、突風に負けず、速度を保ちながら走っている。
真っ白な鬣が激しく靡き、レクーの焦りを物語っている。
私もできるだけ身を低くして風の影響を無くそうと努力するも、咆哮の威力はすさまじく、後ろにある領主邸のガラスはほぼすべて破壊されていた。
「この風の中じゃ……。ビー達やディアたちを動かせない……」
今、真面に動けているのはレクーとブラックベアーの後ろにいるベスパだけだ。
私はレクーにしがみ付いていないと、風に吹き飛ばされてしまいそうな程体が浮く。
――出来るだけ、魔法は使いたくない。手の内が知られるだけ私達が不利になる。逆に、ブラックベアーの方は知られても対処できない能力ばかり。一発で決めないと、逃げるのも難しいぞ……。
私はトラウマの権化である巨大なブラックベアーが目の前にいるにも拘わらず、精神が安定していた。
以前の瘴気に満ちたブラックベアーを見て慣れてしまったのか、それとも魔力が未だに残っているからかもしれない。ただ、ビー達に囲まれるよりは気絶せずに済んでいる。
「グラアアアアアアア!!」
(何をしても、変わらない、私が、私達が、変えなければ、変えなければならない……)
「くっ!」
ブラックベアーは喋りながら咆哮を放ってくる。
つまり、領主とブラックベアーの体と心はまだ別々で、完全に一心同体になっている訳ではないみたいだ。
――頭で何かを考えながら、ブラックベアーの体を動かしているのか……。厄介すぎるでしょ。
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