年寄りの声
「教えるわけないでしょ。あなたこそ誰」
「私か? お前が知ってどうする」
「あなたが魔造ウトサを使って悪い企みを実行している極悪人なの!」
「ほう……。あのウトサが魔法で作ったと知っているのか。いったいどこで知った?」
「言うわけないでしょ。それより巨大なブラックベアーをさっさと止めて」
「儂に言われてもどうにもできぬわ。今、気を失っとる無能がブラックベアーを動かしとるんだからな」
――やっぱり領主が操ってたんだ。早く止めさせないと冒険者の人たちが皆やられちゃう。
「聞くが、騎士団の連中を動かしたのはお前か……?」
「さぁ、どうでしょうね」
「まぁ、騎士団が動こうがどうでもいい。すでに我々の計画は軌道に乗り始めたのだからな。世界が作り直されるまで時間の問題だ」
「は……。何を言っているのか訳が分からないんだけど。子供でも分かるように説明して!」
「お前のようなガキに分かる程、崇高な考えではないのだ。おい、無能。最後の命令だ。我々が移動するまでの間時間を稼げ! 街の人間がどうなると構わん。存分に暴れさせろ!」
「な!! 何を言ってるのあんた!! ちょっと、聞いてるの!!」
「弱い奴はこの世界にいらん……。神に近しい者だけが繁栄する世界……。強き者がさらに強く……弱い者はさらに弱く……。今、こそこの弱者の混ざった世界を創り直す時だ!!」
「ちょっと!! おい!! 聞いてるの!!」
「無能、やれ……」
「ちょっと!! 私の話を……」
「キララ様! 下がってください!」
ベスパは領主と私の間に入り、私を後方に下げさせた。
「ぐらあああああああ!!」
領主から年寄りの声が消え、もとの若い声に戻り、ブラックベアーのように叫んだ。
「くっ!」
私は危険を感じ、領主からさらに距離を取る。
「わ、た、し、が……かえる、んだ……。わ、わたしが……この、よ、よ、世の中を……」
領主は椅子を倒しながら立ち上がり、何かをブツブツと言い始めた。
「キララ様、危険です。ここは離れた方がいいのではないでしょうか!」
――でも、領主がブラックベアーを操っているのは確かなんだから、止めないと街が壊されちゃう。
「ですが、領主がどのようにしてブラックベアーを操っているか分からないじゃないですか」
――そうだけど……。あ、さっき領主は気絶していたよね。領主が気絶していた時にブラックベアーの動きはどうだった?
「私は外を見ていないので分かりませんが、外にいたビーによると一時の間、停止していたようです」
――なら、領主を気絶させれば止められる。今すぐに気絶させよう。
「私達だけで気絶させるのは難しいのではないですか」
――でも、やるしかないんだよ。
私は領主を見る。
領主の眼は靄が掛かっているのかと思うほど暗く、濁っていた。
加えて、未だぶつぶつと何かを言っており、声が小さすぎて私では聞き取れない。
「混ざれ……。お前達……、一頭になって、そのまま……私を……食べろ」
「キララ様! 今すぐ領主に『睡眠薬』を打ち込みます!」
ベスパは私が『ハルシオン』を命令するよりも先に、動きだし領主の首元に飛んでいった。
その瞬間……。
『ドゴッツ!!』
天井から巨大な黒い手が落ちてきた。
『バキバキバキ!』
その手が天井を剥いでしまった。
天井が開け、曇り空が見えたと思ったら真っ黒なトラウマが現れる。
『グラアアアアアアア!!』
「きゃっ!!」
「くっ!!」
私とベスパはブラックベアーの咆哮で吹き飛ばされ領主邸の壁に衝突した。
部屋は書類や埃、砂煙に覆われ、視界が悪い。
ただ、ブラックベアーの掌に領主が乗っているのは見えた。
領主は開いた天井から外に出ていく。
☆☆☆☆
「………」
私は声を出しているつもりだったのだがあまり音が聞き取れない。
何かおかしいと思い、少し安静にする。
すると、耳に何か違和感を得た。
――み、耳が……。痛い……。
私は自分の耳に手を持っていくと指先が赤く染まる。
――耳から血が流れてる、音も聞こえづらい、そうか、鼓膜が破れてるのか。そりゃ痛いよ……。三半規管まで傷ついていないといいけど。今は我慢するしかない。それより、ベスパ、どこにいるの……。
私は頭痛がしている状態でベスパを探すために頭を動かす。
それだけで頭に激痛が走った。
「すみませんキララ様。領主に『ハルシオン』を打ち込もうとした瞬間、ブラックベアーの手に潰されました……。すぐに復活し、再度打ち込もうとしたのですが、吹き飛ばされてしまいました」
――そっか、実体化しないと刺せないもんね。その瞬間に攻撃して来るなんて……。ベスパが見えてたのかな?
「いえ、きっと偶然です。ってそれよりもキララ様、耳から血が出てます!」
ベスパは私の怪我に気づき、耳元に寄ってくる。
いつもは怖気の走る翅音すら聞こえない。
――咆哮を放たれた時、耳を覆うのが遅れちゃって……。っつ……耳鳴りと言うか頭痛が酷いんだよね……。
「キララ様、聴覚の感覚を切りましょう。私の耳を使って頂ければ痛みは消えるはずです」
――なるほど『聴覚共有』すれば、音が聞こえづらい状態を改善できるのか。
「ですが、一時的な処置ですので早く病院で治療を受けるべきです」
――でも、このままじゃ街がめちゃくちゃになっちゃう。早く皆に知らせないと……。まぁ、とりあえず『聴覚共有』をお願い。
「了解しました」
私は壁に思いっきりぶつかったので体中痛かったが気合いで立ち上がる。
「あ、あー。ああーー。うん。自分の声もちゃんと聞こえる。これはベスパの聴覚を共有してる状態で、私の聴覚は消えてるんだよね?」
「はい。そうです。私がまた倒された時、キララ様の聴覚は一時的に聞こえなくなります。すぐに復活するので問題はあまりないと思いますが、万が一に備えてリーズさんに頼み、早めに直された方がよろしいかと」
「うん、そうだね。冒険者さん達が心配だから早く戻ろう」
私達は走ってきた道を戻る。
外を見るのが怖すぎて、下を向いて走っていた。
領主邸を出た時、私の体が恐怖で震える。
「な、何あれ……。ブラックベアーなの……」
私の視界に映っていたのは巨大だったブラックベアーがさらに巨大になった姿だった。
その大きさは瘴気に犯されていたブラックベアーとほぼ同じ大きさ。
高さが50メートルはある。
見かけはブラックベアーだが、全身の筋肉が肥大しもう別の魔物みたいだ。
一頭しかいないのを見ると、巨大なブラックベアーがもう一頭の偽物を食べたのだと推測できる。
『グラアアアアアアア!!』
『食わせろ、食わせろ、食わせろ、食わせろ、食わせろ!!』
「ぐっつう!! そっか、今はベスパの聴覚だから……ブラックベアーの声が聞こえちゃうのか」
「キララ様、気を確かに持ってください。もうすぐレクーさんが来ますから」
――わ、分かってる。それより、冒険者さん達はどこいったの? 姿が見えないよ。
「どうやら、ブラックベアーがあの姿になって、冒険者さん達は後方に一度下がったのだと思われます」
――そりゃそうか。さすがに相手の力量が分からないんじゃ、うかつに攻撃できないよね。
私は領主邸の庭の茂みに身を隠していると、初めに到着したのはディアの方だった。
「キララ女王様!! 領主邸の中にあった魔造ウトサは全て食べつくしました!!」
――そう、お疲れさま。そう言えば、領主邸の中に人はいた?
「いえ、1人もいませんでした」
――分かった。ありがとう。
ディアは私の胸元に上がってきてブローチに擬態する。
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