生半可な冒険者達の心が折れる音
――ベスパ、落ちついて。ギリギリまで引きつけるの。かわされたら意味ないでしょ。触手との距離が1メートルを切ったら知らせて!。
「は、はい!!」
私は体の中で魔力を溜める。
溜めた魔力を練りに練って超純度の高い魔力に仕上げたあと、ファイア用の魔法陣を展開してベスパの合図に備える。
私の一番得意な魔法を一発目に放つ。
好機がこの一回しかないかもしれないからだ。
出し惜しみはしない。
「き! キララ様! 残り5メートル! 4メートル! 3メートル! 2メートル! ……。1メートルを切りました!! おねがいします!!」
ベスパの超焦り声の合図を受け取った私は指先から魔力を思いっきり放ち『ファイア』の魔法陣に通す。
『ファイア!!』
私の詠唱と共に魔法陣が赤色に染まって魔力が『ファイア』に変わり『転移魔法陣』の中に入った。
私は大空を見上げる。
先ほどまで空中にあった『転移魔法陣』は無くなっており、逆に真っ赤な火の道が黒い塊の方に向って伸びてきていた。
「何あれ! どうなってるの!」
「キララ様の放った『ファイア』が黒い触手に見事衝突しました。ものすごい勢いで燃え、崩れ去っていきます!」
どうやら私の見ている火の道は黒い触手が燃えている様子らしく、空からどんどん降りてくる。
火は物凄い勢いで黒い触手を伝い、黒い塊にまでとどいた。
『ゴオオオオオオオオオーー!』
とんでもない勢いで燃え盛り、黒い塊は消えてなくなる。
「あ……。消えた。あの黒い塊、火属性に弱いんだ。一回目で弱点が分かるなんて運が良い。これであのブラックベアーたちを倒せる!」
私はすぐさま冒険者さん達のもとに戻った。
「皆さん! 小型で死なないブラックベアーの倒し方が分かりました!」
「な!!」×冒険者達
冒険者さん達は私の方を一斉に見る。
「ブラックベアーの体から魔石を抜き取ったあと、形を保てなくなった黒い塊に火属性魔法を当てれば、倒せます! ただ、魔法を使おうとすると黒い塊は応戦してきますから、近距離戦が得意な冒険者さんが魔法使いを守って戦ってください」
私は伸びてしまったドルトさんの替わりに冒険者さん達に指示を出す。
子供の私の言う指示に従ってくれるか心配だったが……。
「了解!」×冒険者
冒険者さん達は私の指示に即座に従い、近距離戦が得意な冒険者と魔法使いがペアを組んでいく。
――はは……。心配しなくてもよかったみたい。即席の仲間なのに信頼関係が構築されてる。そのお陰で共同動作が速い。
「魔石は私が抜き取ります! 魔石の露出は冒険者さん達にお任せするので、迅速な対応を心がけてください! 気を抜くと死にますよ!」
「了解!」×冒険者
――ベスパ。今どこにいるの。
「今は上空8888メートルにいます」
――そう、ならビー達に……。え、ちょっと待って。
「キララ様、どうかしましたか?」
一頭の小型のブラックベアーが戦線を離脱し、巨大なブラックベアーの方に走って行く。
巨大なブラックベアーとトラスさんは未だ戦闘中で、トラスさんはそれに気づいていない。
「トラスさん! そっちに小型のブラックベアーが向かっています!」
私は自慢の声量を生かし、トラスさんに向って大声で叫んだ。
「了解にゃ!」
トラスさんは巨大なブラックベアーからの攻撃をいともたやすく回避しており、時間を稼いでいた。
私の声を聴いたトラスさんは拳を構えると、迫りくる小型のブラックベアーの顔面に向って打ち込む。
「にゃにゃ!」
小型のブラックベアーは想像もできないほど体をくねらせ、トラスさんの攻撃をかわし、巨大なブラックベアーの方に駆け寄る。
「いったい何をする気……」
私は何が起こるのか全く分からず、ただ、観察するしかなかった。
小型のブラックベアーは全身を黒い塊の姿に一瞬で変え、巨大なブラックベアーの掌に飛び乗った。
巨大なブラックベアーはある一点を睨み、大きく振りかぶって黒い塊を投げる。
あまりの速さに、私は黒い塊を一瞬で見失う。
「あの方向……。もしかして。ベスパを狙ってるの」
「キララ様。何か起きましたか?」
――ベスパ、身構えて!
「え……?」
――いいから、身構えて! それか、その場を早く移動して!
「わ、分かり…………」
ベスパからの声が途絶える。
――ベスパ! ベスパ!
連絡が途絶えて少ししたころ。
「す、すみません……。キララ様。魔石を奪われました……」
ベスパは復活し、私の右斜め上を飛ぶ。
――魔石を奪われた?
「はい、キララ様の連絡の後、すぐ移動しようとした矢先、私の真後ろにブラックベアーが現れて魔石ごと食べられました」
――それじゃあ……。って、何あれ!!
私はふと空を見上げたとき、領主邸の上空から巨大な黒い塊が落ちてきた。
『ずっっしゃん!!』
「うわっ!」
地面が大きく揺れ、周りの建物が崩れる。
『グラアアアアアアア!!』
「そんにゃ、デカいのが増えたのにゃ……」
巨大なブラックベアーの隣に全く同じ大きさのブラックベアーが現れた。
巨大なブラックベアーが二頭並び、迫力が凄まじいい……。
「キララ様。今は巨大なブラックベアーよりも小型の方を優先して倒しましょう! あの魔石を食べられると一個体の能力が上昇するようです。もしあの本物の巨大ブラックベアーが全ての魔石を食べたらどうなるのか、見当もつきません! それだけは何としてでも阻止しなければ!」
ベスパは翅をブンブンと鳴らし、警告音のように私を急かしてくる。
「そ、そうだけどさ……。見てよ、冒険者の人たちの方が、あり得ない状況過ぎて戦意喪失しちゃってるんだよね」
小型のブラックベアーでも手こずっていたのにも拘らず、巨大なブラックベアーが二頭に増えた。
それだけで並みの冒険者達の心は折れている。
中級者やベテランはまだ、闘志を失ったわけではないが、もとから少ないため人数的にどうしようもない。
小型のブラックベアーの方は、私達に睨みを利かせているだけであっちから襲おうとはしてこなかった。
ただ、一番危険なのが……。
「にゃ! 敵の手数が2倍になっただけで、回避するのがきつすぎるのにゃ!」
トラスさんは二頭のブラックベアーに攻められていた。
『グラアアアアアアア!!』
一頭のブラックベアーがトラスさんに向かって巨大な腕を真横から薙ぎ払う。
「あっぶにゃ……。もう少しで当たるところだったのにゃ」
トラスさんは身を屈め、巨大なブラックベアーの攻撃を何とか回避したがすぐさま次の攻撃が来る。
『グラアアアアアアア!!』
「にゃ!」
真上からの攻撃にも拘わらず、間髪入れずに攻め立てられ、トラスさんの体は既に悲鳴を上げていた。
トラスさんの脚が言うことを聴かず、動かない。
「しまったのにゃ! ぐぅっっつ!」
トラスさんは回避ではなく、両腕で攻撃を防御してしまった。
トラスさんの華奢な体に巨大な腕が重々しくのしかかる。
体毛の色的に今、トラスさんに攻撃しているのは本物ではなく、魔力で模られたブラックベアーの方だ。
「ニャンのこれしき……。ニャーの力に掛かれば……」
トラスさんは攻撃を何とか受け止めている。
地面が凹み、地割れのような亀裂が何本も走っていた。
『ドッツ!』
地面が大きく揺れ、上空に向って本物の巨大ブラックベアーが跳躍する。
その高さは50メートルほど。
何でその巨体でそこまで跳躍できるのか謎だ。
ただ、私達の方に飛んでくるわけではなく、その場で跳躍しただけで何の目的があるのか分からなかった。
「逃げたのにゃ? いや、この状況はまずいのにゃ!!」
――まさか、本物のブラックベアー。仲間ごとトラスさんの上にのしかかかる気なんじゃ!
私の予想は当たっており、仲間の腕ごとトラスさんを潰しにかかる。
「トラスさん! 逃げて!」
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