凡人寄りの研究者
「あ、スグルさん! 起きたんですね!」
「え、キララちゃん。どうして騎士団にいるんだ? あ、今日は配達の日か。ちょっと待っていてくれ、今、お金を取ってくる」
スグルさんは基地の中に戻ろうとする。
「ちょ~~っと待ってください。今はそれどころじゃないんですよ」
私はすぐに走ってスグルさんのもとに向う。
何とかスグルさんの背中に追いつき、白衣を引っ張って建物の中に戻ろうとするのを止めた。
「どうしたんだ、キララちゃん。牛乳を配達しに来たんだろ」
「そうですけど、今はそれどころじゃないんですって。あれを見てください!」
私は巨大なブラックベアーのいる方向を指さす。
「ん? な、何だ……あの黒い巨体。もしかして、あれがブラックベアーだとでもいうのか。大きすぎるだろ。何であんな化け物がこの街にいるんだ」
スグルさんの健康そうな表情がどんどん青くなっていく。
「スグルさん、少し聞きたい話があります。いっしょに着いてきてください」
「ちょ! キララちゃん。どこに行くんだ!」
私はスグルさんの腕を掴み、引っ張りながらレクーのもとに走る。
「スグルさんは魔造ウトサを知っていますか! 正確に言うと、魔法で作られたウトサを知っていますか! いや、知っていますよね!」
「魔造ウトサ? 何だ、それ……。全く知らないんだが」
スグルさんの見せたあほずらは本当に知らなそうな表情だった。
「え、知らないんですか。騎士団の基地の地下にも置かれていたのに」
「本当に知らない。俺は頼まれた仕事しかしてないからな。もし、仕事で取り扱っていたら知っているはずだ。だが、魔造ウトサなんて名前の物は聞いた覚えがない。そもそも、ウトサを取り扱っていた覚えはない。俺、以外の研究員が扱っていた物かもな」
「それじゃあ、現物を見せるので何か特効薬を作ってください! それと、どれほど危険かを調べつくして記述しておいてください」
「特効薬って、キララちゃん、話が全く見えてこないんだが……」
「移動しながら話します」
私達はレクーの共に到着した。
「うわぁ、でかいバートンだな。キララちゃんはこのバートンに乗ってるのか?」
「はい。私が育てたバートンです。一番信頼している友達ですよ。さ、私の後ろに早く乗ってください」
「わ、分かった」
スグルさんは私の後ろに座る。
「振り落とされないように、私の体にぎゅっと抱き着いてください」
「え……。いや、でも」
「いいから早くしてください。そのままだと必ず落ちます。スグルさん、ひ弱そうですから足で体を支えたり出来ませんよね」
「な、なんか……当たりが強いな。だが、確かにその通りだ」
スグルさんは私の体に抱き着く。
「よし! レクー、バルディアギルドに向うよ!」
――ベスパは小袋に魔造ウトサを詰めて私の所に持ってきて。
「分かりました!」
「了解!」
私はレクーのお腹を足で叩く。
「うわっ!! いきなり!! 動き出したぞ!!」
「無暗にしゃべらないでください。舌を噛みますよ」
スグルさんはすぐに黙る。
レクーの走りも安定し、会話ができる程度まで速度を落としながら移動する。
「キララ様、魔造ウトサをお持ちしました」
――ありがとう。
私は左手を手綱から放し、掌を仰向けにして待つ。
ベスパは私の左の掌に小袋を落とした。
「スグルさん。これが、ドリミア教会が作った魔造ウトサです。絶対に食べないでください」
私は左手に持っている小袋をスグルさんに渡す。
スグルさんは私に抱き着いたまま、袋の口を器用な手つきで開けた。
「これが、魔造ウトサ……。本当にただのウトサにしか見えないな。感触はこっちの方がさらさらしてるのか。普通のウトサよりも格段に白い。危険物と言われなかったら全く分からないな」
「そうですよね。見た目は凄く美味しそうなんですけど、害しかない最悪な粉です」
「これを食べたらどうなるんだ?」
「人が狂ってしまいます。『幻覚魔法』と『精神魔法』が練り込まれているみたいで、甘さを感じるのはほんの一時で、あとからさらに甘さを求めるようになり、暴力行動、発作、精神崩壊などを引き起こしてします」
「なんでそんな危険物がこんなすぐ手に入るんだ? そもそも、ドリミア教会はなぜこんな粉を造ったんだ?」
「そこまでは分かりません。ですが、領主に直接聞けばその理由もはっきりするはずです。なので、とりあえず、スグルさんには魔造ウトサを食べてしまった人に効く薬を作ってほしいんです」
「簡単に言うが……、とんでもなく難しいぞ。原因が分かっているのはありがたいが、それでも、簡単じゃない。そもそも、人の体に入った魔力を抜き出すのは難しいんだ。自然に抜けるか、他の魔力で押し出すか、奇跡で消滅させるくらいしか、完治させる方法がない」
「それでもお願いします。そうしないと、この街だけの被害じゃ済まなくなる可能性があるんです」
「ん? どういう意味だ」
「魔造ウトサは最悪、王都でばら撒かれます……」
「な! まさか、そんな馬鹿な!」
「魔造ウトサは通常のウトサの10分の1以下の値段です。庶民にも手が届く範囲でお菓子が作れてしまうんですよ。そうなったら、貴族だけではなく庶民にもお菓子が広がって、この街みたいになってしまうかもしれません」
私は人の存在感が全くない、街の建物を横目に見る。
「だが、安全委員会が……って、まてよ。安全委員会も正教会の派閥に入っている。ドリミア教会が発端だとしても、自らの派閥の出来事だ。隠ぺいするのも容易……。王都でばら撒かれる可能性はゼロではないのか」
「そうです。何を企んでいるのか分かりませんが、魔造ウトサは人を狂わせてしまうほど危険な粉なんですよ。魔造ウトサの特効薬が作れれば、たとえばら撒かれても被害を最小限に抑えられるはずです」
「だが、薬はスキルや魔法の概念じゃない。それこそ、正教会が黙ってないぞ……」
「魔造ウトサだって魔法から生まれた粉ですよ。なら、それを消す特効薬の粉も魔法で作ればいいじゃないですか」
「それはそうだが……。これほど精密に魔力を扱える奴は教会の優秀な魔法使いくらいだぞ」
「なら、優秀な魔法使いがいれば、可能なんですか?」
「まぁ、理論上はな。魔力を分散させる『ディスペリジュン』と集める『クリッジ』と体から放出させる『ディミティス』の3種類の魔法を合わせれば、何とかなると思う」
「3種類ですか……。魔造ウトサでも2種類なのに。どれだけ難しいか分かりませんけど、出来る人はいるんですかね」
「さぁな。そもそも、魔力を別の物質に変換するのはとんでもなく難しい。魔力を水や炎、風、氷などに変えることはできても、鉄や金、宝石、食べ物に変えることはできない。魔力を物質に変換できるのは神から与えられた『スキル』を持つ者だけだ。実際そのスキルを使って金貨を儲けている者も大勢いる。ただ、魔力の質が良くないと粗悪品になるから、良品は殆ど生産されないがな」
「粉も物質の一種何ですかね?」
「粉と言っても、砂のように水に溶けない粉もあれば、ウトサやソウルのように水に溶ける粉もある。土も一種の粉だ。今、作ろうとしている特効薬は水に溶ける粉にしなければならない。魔力自体を粉にするのだから、それなりの技術と集中力、何をとっても才能がいる。魔力を粉状に噴霧して、固めればそれっぽくはなると思うが、どう考えても1人でやる工程じゃない。まぁ、神に選ばれし天賦の才能を持った奴がいれば、1人で出来るかもしれないがな」
「それじゃあ、普通の人だったら最低何人いるんですか?」
「各魔法を放つやつ3人。3種類の魔法を集めて噴霧するやつが2人。それを粉に固めるやつが2人。最低でも7人は必要だな」
「7人も……」
「そもそも、今の話はすべて仮定だ。魔造ウトサを食べた時の症状に本当に効くかもわからないし、使ってみないと分からないこともある」
「そうですよね……」
「だが、まぁ……。今の俺は異様に頭が冴えてるんでな。やれるところまでやってやるよ」
「ほ、本当ですか。ありがとうございます!」
「あんまり期待するな。俺はどっちかと言うと凡人寄りだ」
「凡人とか、天才とかどうでもいいんです。大切なのは結果ですから」
「そうだな。天才がいない以上、凡人が頭を悩ませなきゃならないんだ。はぁ、面倒な仕事だな」
「研究者の仕事を選んだのはスグルさんですよ」
「ほんとだよ、全く……。大学からずるずるとこの職になったがまさかこんな大仕事をやるはめになるとは、思ってなかったぞ。はは……面白いじゃないか、魔造ウトサの秘密、1つ残らず丸裸にしてやるよ」
スグルさんは前髪を掻き上げながら、笑みをこぼす。
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