澱んだ空に不穏な空気
「キララ様、結構似合っていますね」
――そうなんだ。まぁ、この鎖帷子がどれだけの攻撃を防いでくれるのか分からないから、あてにしないで戦わないとね。
「そうですね」
「よし、私達は外に行って現状を確認するぞ」
トーチさんはその場を仕切り、他の3人に声をかける。
「了解」×マイア、ロミア、フレイ。
女騎士の4人は颯爽と走り出す。
――凄い。皆、女の人なのにあんなに重そうな鎧を着て走ってる。武器も持ってるから、走りにくいはずなのに。やっぱり、日ごろから鍛錬しているからなのかな。でも、この前、知り合った時はさぼってたよな……。
「ねえ! 皆、なんかすごく鎧が軽くない!」
ロミアさんが叫ぶ。
「そうですね。普通の服と変わらない重さに感じます」
マイアさんは大股で走り始め、重さを感じさせなかった。
「そう言われればそうね。まったく気にしてなかったわ」
フレイさんは大きく腕を振りながら勇ましく走っている。
「普通、こんなに速く走れないもんな。きっと、さっき浴びた魔力のおかげだろう。キララちゃんに感謝しないとな」
トーチさんは皆の先頭を走りながら、不思議な感覚の正体を突き止めた。
――あ、やっぱり普通じゃないんだ。魔力を大量に浴びた状態だから、重さを感じさせないような軽々とした走りが出来るんだ。魔力の滝、私にも浴びせられないかな……。ベスパ、出来る?
私は右斜め上を飛ぶベスパに語りかけた。
「無理ですね。なんせ、キララ様の魔力ですから。自分自身に同じ魔力を与えても全く効果を発揮しませんよ」
――なんだ、出来ないのか。私も、楽に動けると思ったのにな。ちょっと残念。
「キララ様はライトさんに『身体強化』の魔法をもっと教えてもらうべきですね」
――だって『身体強化』は、すごく難しいんだもん。ライトは簡単そうに使っているのに、私がやると凄く難しくなるのか訳が分からない。私も日々練習してるんだけど、全然上達しないんだよな……。
「まぁ、コツや技術が必要なのでしょう。でも、会得できればキララ様の身体能力は飛躍的に上がりますよ。諦めずに実践でどんどん使ってみたらどうですか? キララ様は習うより、実践練習の方が身に付きが速い気がします」
――確かにそうかも。練習ばっかりしてたけど、実践練習はまだ全くしてなかった。本番で試さないと本当の力にならないもんね。
私は体の中で魔力を循環させる。
走りながらだと、さっきより難しい。
それでも、集中して良質な魔力を練り上げた。
「はぁはぁはぁ……。準備は出来た。あとは、魔法を発動させるだけだ」
私は頭上に『身体強化』の魔法陣を展開させる。
全く光っていない、魔法陣が私の頭上に浮かび上がった。
「『身体強化』」
私は詠唱を放つ。
すると魔法陣に魔力が流れて神々しい光が拡散する。
「ここまでは良い感じなんだけど……」
魔法陣は私の頭上から床に向っておりてくる。
輝く魔法陣が私の頭から足先まで、通り過ぎていった。
床に魔法陣が到着した瞬間、魔力は光と共に分散した。
「…………」
――やっぱり『身体強化』が付与されていない。いったい何が原因なんだろう。
「ん~~。見る限り、ライトさんと変わらないんですけどね……。魔法陣も上手く展開できていますし、魔力の質、量ともに申し分ありません。逆にライトさんを凌駕していると思います。でも、発動しないとなると、何かしら他の原因があるのかもしれませんね」
――その原因が分かれば苦労しないんだけど……。
私は魔力と体力の両方を使い、へとへとになってしまった。
「はぁ、はぁ、はぁ……。こんなに出口まで遠かったっけ」
「キララちゃん、もうすぐ出口だから頑張って」
最後尾にいたフレイさんに声をかけてもらい、私は息を少し整える。
「は、はい! 頑張ります!」
私は視界が虚ろになりながら、4人についていく。
「ふっ!!」
『バンッツ!!』
トーチさんは扉を勢いよく内側に開ける。
その先は暗く澱んだ空と不穏な空気の流れる静かな街が広がっていた。
「外に出て見てみると……、予想以上にひどい状況みたいだな」
トーチさんは街の状況を見て呆然としていた。
「そうですね。ここから見ただけでも街で何かが起こっていると分かります」
マイアさんは左手で剣の鞘を握りしめており、怒りにも似た表情を見せる。
「今すぐドリミア教会に行くわよ。お父さんとお母さんが人質にされているのなら今すぐにでも助けないと、間に合わないかもしれないわ」
フレイさんは大剣を地面に突き刺して、鎧の着付けを治す。
「で、でも、男の騎士たちが向かっているのなら大丈夫だよ。教官と騎士団長が戦えば大抵の敵は倒せるって。私達は人命救助に向かったほうが……」
ロミアさんは肩を震わせながら、おろおろとしていた。
「ロミアさん。騎士団長らしき人物は既に倒されていますよ」
「え……嘘、キララちゃん。それは本当の話なの? 冗談じゃなくて……」
ロミアさんはあり得ないと言った表情を私に向けてきた。
「はい、冗談じゃありません。騎士団はブラックベアーによって甚大な被害を受けています」
「ブ、ブラックベアー? 騎士団長がブラックベアーに負けるとは思えないんだが……」
トーチさんは私に疑いの目を向ける。
「えっと、あれが見えますか」
私は巨大なブラックベアーの頭部が見える方向を指さす。
「ちょ、何ですか。あの大きな物体……」
マイアさんは眼を見開いて片足を前に出した。
「あれが、さっきまでこの場所にいたブラックベアーです。体長は10メートルを超えていると思います」
「10メートルって……。そんな大きさのブラックベアー知らないわよ! 最近起こった瘴気の暴走でブラックベアーの形をした物体が20メートルを超えていたらしいけど、ただの大きな物体だったらしいじゃない。でも、あれはどう見ても本物のブラックベアーだわ。あれが普通の個体と同じ動きをしたら……。そ、想像しただけで寒気がしてきた」
フレイさんは大剣の柄を握りしめ、背中に担ぎ直す。
「教官が言っていました。領主がブラックベアーを連れてこの場にやってきたと。その話から、私はあの巨大なブラックベアーは領主によって操られていると予想しています」
「確かに……教官が領主と話していた時、ブラックベアーがどうとか言っていたな」
トーチさんは顎に手を置いて何かを考え込んでいる。
「私と冒険者達で巨大ブラックベアー及び、領主の確保、無力化を謀ります。女騎士の皆さんは騎士団の後を追ってもらい人質の救出を手伝ってください」
「了解」×4人
「騎士の人数はそこまで多くないので、人質を救出するにしても相当苦戦しているはずです。今の皆さんなら1人で10人分の力を発揮できるかもしれません。でも、自身の魔法を乱用するのは避けてください。魔力は消耗品です。私が与えた魔力を少しずつ使って戦い、人質を救出した方が予想外の事態にも対応出来ると思います。いざとなったら自分自身の魔力を使って戦ってください」
「作戦は分かったけど、キララちゃんも参加するの? 子供が関わっていい話じゃないと思うんだけど」
フレイさんは私を心配してくれているのか、心配そうな顔をして私を見てきた。
「大丈夫です。いざとなったら全力で逃げます。まぁ、簡単には逃がしてくれなさそうですが、誰かがやらないと人質と街の人々に危険が及ぶのは間違いありません」
「それはそうだけど……、キララちゃんはまだ子供でしょ」
――見た目は子供ですけど、心は大人なんですよね。逆に、私からすると女騎士さん達の方が子供に見える。
「フレイさん、心配しないでください。私のスキル自体はそこまで強くありませんが冒険者さんの戦いを支援するくらいならできるはずです。物を浮かせて武器やポーションを運んだり、怪我人を救出したりと私は安全な場所からでも人が動かないとできない支援が隠れながらできます。それが強みなので、子供でも戦えますよ」
「それは確かにすごいありがたいが、さすがに子供にさせるわけには……」
トーチさんも私を子ども扱いするらしい。
――見た目で判断されるのは仕方ないか。何とか説得しないと、力づくで来られたら太刀打ちできない。
「私はもうすぐ11歳です。あと4年もすれば成人を迎える大人ですよ! 皆さんは私の心配をするより、ご家族や愛人の心配をしてください。もう、時間がありません。今すぐにドリミア教会に向ってください」
「キララちゃん……」
私は今回の事件に首を突っ込んでいる。
最後までやり通さなければ気分が悪い。
このまま誰かに投げやりでも、子供なのだから仕方ないと言い訳できる。
でも、それは私の理念に反する行為だ。
悪い行いをする人を放っておけるほど、私はお人よしではない。
――リーズさんの病院にはセチアさんにとって大切な人である、ラルフさんが寝ているんだ。街を荒らされて、病院にまで被害がでたら私は逃げたのを絶対に後悔する。ボロボロの教会にも子供達がいるんだ。街にもまだ沢山の人がいる。何の関係もない人たちが悲しむ姿を私は見たくない。そうなったら、戦うしかないでしょ。
「私は皆さんと同じです。1人では弱いですけど、群れてなら戦えます。今、重要なのは勝つか負けるかではなく、人質の救出です。それだけを、トーチさん達は考えてください」
「そ、そうだな。まずは人質を救出することだけを考えなければならないな。皆、ドリミア教会に向おう。人質を救出してあの巨大なブラックベアーを討伐する」
「で、でもトーチ。私達が行って役にたてるのかな……。足手まといになるだけの気がするんだけど」
ロミアさんは暗い顔で弱音を吐く。
「私達はこの街の市民を守る使命がある騎士だからな。市民が危機だと言うのに、うじうじしていられないぞ。ロミアだって騎士になった時、死ぬ覚悟くらいしているはずだ」
「そうだけど……。いざその時が来ると、怖くて……」
ロミアさんは体をぎゅっと抱きしめるような体勢になり、震えている。
「ロミア、しっかりしなさい。あなただって辛い鍛錬を乗り越えてきたじゃない。騎士養成学校の先生も褒めてたでしょ。自信を持って」
フレイさんはロミアさんの肩に手を置き、優しく声を掛ける。
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