騎士達の闘士
「皆さん! 聞いてください! このままだと、皆さんのご家族や恋人は殺されます!」
「な……」
騎士たちの進んでいた脚が止まる。
「あのブラックベアーの行為をあなた達が騎士団の基地で暴動を起こしたと、誰かが伝えていたら、ドリミア教会で人質にされているご家族はきっと無残に殺されます!」
騎士の1人、また2人が私の方に視線を向ける。
「今、騎士団が助けに行けば間に合ったかもしれないのに、皆さんがおめおめと犬小屋にたて籠ったせいで、大切な人が殺されるんです!」
騎士が次々とこちらを向く。
「あなた達以外に、家族や恋人を助けられる人はいません。あなた達が動かなければ、愛する人たちは皆、ブラックベアーの餌にされるでしょう! 何といたわしいか……。私の心まで張り裂けてしまいそうです。赤の他人である私ですら、苦しいのに、あなた達は苦しくないんですか?」
大半の騎士たちが私の方を向く。
だが……肝心の教官が私の方に向かない。
「あなた達が安定を求めたのは何のためですか! 誰のためですか! 今、ここで動かないで、愛する者を失ったらあなた達に何が残るんですか! ただ安定というだけの職と負け犬の汚名、正教会の犬であるという事実だけです! ほんとにそれで幸せなんですか!」
教官以外の騎士は私の方を向いた。
教官も両手を握りしめて肩を震わせている。
「1人で幸せになれる人なんていません。誰かがいて、寄り添うからこそ幸せが生まれるのです。ここで動かないというのは愛する人を捨て、さらには幸せまで諦める行為と同意です。そうなったら、人ではなくなります。ただの人形です。確かに命は大事です。でも、自分の命より大切なものがあなた達にはあるはずです。それが今、奪われようとしています。動かない理由は何ですか。戦わない理由は何ですか。命が惜しい理由は何ですか。そんなの簡単です。あなた達の大切な人は全く持って大切な相手ではない! ただそれだけのことです……。このまま動かないのなら、一生つまらない人生を過ごしください」
私は一礼して、その場を去ろうとする。
「ふざけるな……」
「!!」
教官が深く低い声を漏らした。
「俺の愛する妻が……娘が、大切な相手じゃないって……。そんな訳ないだろ!!」
――動いた……。なんだ、熱い心を持ってるんじゃん。
「おい!! この中で人質に取られている家族や恋人に命を懸ける価値がないと思っている奴はいるか!!」
「マリア……。お前のいない世界に俺が生きる意味なんてない……」
「息子はまだ2歳なんだぞ。孫の顔も見てないんだ……」
「父さんと母さんがいたから、俺はここまでやって来れたんだ……」
「娘に会いたい……」
騎士たちは自分の本当の気持ちを小さくも言葉にして漏らしていく。
それと一緒に、ある気持ちも沸き上がってきていた。
「俺達の故郷の街を壊させてたまるか!」
「大切な者を、幸せを奪われてたまるか!! そうだろ、皆!!」
「うぉおおおおおおお!!」×騎士達
「皆! 武器を持て! 即座に身なりを整えろ! 敵はブラックベアーだけじゃない! 他にも控えている者がいるはずだ。奴らの目的は分からん。だが、我々の目的は人質の救出。先ほどまで勇敢に戦った騎士達の大切な者を守ることだ。誰一人、決して死んではならん!」
教官は教官らしく本腰を入れてやっと喋った。
「了解!!」×騎士達
騎士達は私が何も言わずとも動き出した。
教官は先ほどの老けたおじさん顔ではなく、歴戦の勇者のような凛々しい顏で指示を出す。
「キララちゃん。凄いにゃ~、あの堅物たちの顔がまるっきり変わったのにゃ~」
トラスさんは私の方に走ってきた。
「私は別に凄くないですよ。弱っていた闘志をちょっと燃やしただけです」
「それが凄いのにゃ~。にゃ~、こんなちっさいのに、遠くまで響く声がどこから出せるのにゃ~」
「えっと、お腹に力を入れて押し出す感じ、ってトラスさん、いったい何を……ふぐ」
トラスさんは私の脇に手を入れて、体を持ち上げる。
そのまま、ギュッと抱きしめられトラスさんの大きな胸に私の顔が埋まった。
「ふぐふぐふぐ~」
「あ、ごめんにゃ~。つい抱きしめたくなったのにゃ」
「ぷはぁ~。さ……殺人的乳圧……」
「それで、キララちゃん。これからどうするのにゃ?」
「次は冒険者達に呼びかけます。えっと、トラスさんに任せてもいいですかね……」
「もちろんにゃ。冒険者の扱いには慣れてるのにゃ」
「そうですか。それじゃあ、この街にいる冒険者の人たちにブラックベアー討伐の依頼を出してください。出来るだけたくさんの人が集まってくれると嬉しいんですが……」
「この街にいるのは、バッファー団と低いランクの冒険者たちくらいにゃ。でも、昼頃にはAランク冒険者のブレイクとノルドのパーティーが帰ってくるはずにゃ。今は空に黒い雲が沢山出ていて日がよく見えにゃいけど、あと1時間くらいで到着するはずにゃ。あのパーティーが来れば、戦況を変えられるはずにゃ」
「そうですか……。1時間、結構長いですね」
――ベスパ。巨大なブラックベアーを追っているビー達から何か連絡はあった?
「はい。今、巨大なブラックベアーは領主邸の屋上に鎮座しています。動いている様子はあません」
――それじゃあ、他に何か動きはあった? 領主が人質を殺せとかいう野蛮な命令を出してるとか……。
「はい。ブラックベアーが領主邸に入った時点で1台のバートン車が飛び出しました。非常時のため、やむなく盗聴したところ、伝令役だったらしいので、私達の方で拘束しています。ですので、ドリミア教会には暴動が起きているとまだ知られていません」
――さすが、仕事が早いね。ドリミア教会の方は未だに動いていないの?
「はい。未だに動きはありません。ただ……まがまがしい魔力が少々漂ってきています。中に入れないので何とも言えませんがよからぬことが中で行われている可能性があると思われます」
――そうなんだ。騎士たちは人質を助けに行くはず。それなら私達と冒険者達は領主邸に向って巨大なブラックベアーを討伐しに行こう。
私はレクーのもとに行こうとする。
「そうですね。あ……キララ様。まだ騎士団の建物内に女性騎士が4名残っています。あの者達の力も借りた方がいいのでは?」
――そっか。ずっと隠れてたんだよね。それなら体力があり余っているはず。
私は騎士団の建物に走って行く。
「どうしたのにゃ。キララちゃん」
「建物の中に残っている騎士たちに話を付けてきます! それが終わったら、冒険者達のもとに合流しますから、今の間に集めておいてください。集合場所はバルディアギルドでお願います!」
「分かったにゃ! 集められるだけギルドに呼ぶのにゃ!」
私が建物の中に入るころには、多くの騎士たちが身なりを整え終え、出発しようとしていた。
私は教官に作戦を伝えておかなければならないと思い、いったん戻る。
「教官さん。私と冒険者達で領主邸に向います。騎士団の皆さんはドリミア教会の方に向かってください。人質は今のところ無事なはずですから、慎重に行動して何としてでも助け出してくださいね」
「了解した」
教官は銀の鎧に身を包み、大きな槍を持って騎士団の指揮をとる。
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