負け犬
私はどれくらいの間、応急処置をしていたか分からなかった。
いつの間にか、日は正午を過ぎており、影の角度からしてきっと午後2時くらいだろう。
「彼で最後ですね」
私は怪我をしている最後の人の右脚に縄を結び、止血した。
「よし。あとはしっかりとした治療を受けてください」
「あ、ありがとう。ございます……」
最後の人もベスパ達によって、病院に搬送された。
「キララ様。怪我人の搬送を無事に終了しました」
――そう、よかった。これで騎士団の死人は今のところゼロのままだね。
私は騎士を手当てした後、トラスさんを探して辺りを見渡していた。
「ん……、ちょっ! トラスさん、何しているんですか!」
「お前ら! 何してたのにゃ! 街の治安を守るのが騎士団の役目にゃ。それをほったらかしにしやがって、騎士の自覚があるのかにゃ!」
「うぐぐ……」
トラスさんは見覚えのある男性の胸ぐらを掴み、空中に持ち上げる。
――あの人は確か……、女騎士4人に教官とか言われてた男の人だ。
教官は苦しそうにしながらもトラスさんの質問に答える。
「し……、仕方がなかったんだ。騒動が鎮まるまで、基地から出てはならないと言われていた」
「誰に命令されたのにゃ。答えるのにゃ。さもないとみぞおちに大きな穴が開くのにゃ」
トラスさんは教官を左手だけで持ち上げ、右手で拳を作り、教官の鳩尾に狙いを定める。
「領主の……、エイデン・ロイスだ」
「あいつかにゃ……。やっぱりにゃ。エイデンはいつ騎士団に来たのにゃ」
「昨晩……。一頭のブラックベアーを連れて、基地に現れた……」
「昨晩からこうなると知っていたのかにゃ!」
「うぐ……」
トラスさんは教官をさらに高く持ち上げる。
「と、トラスさん! それ以上は教官さんが危険です」
私はトラスさんの体に抱き着き、怒りを抑え込ませる。
「そ、そうだったにゃ。人は結構もろい生き物なのにゃ。忘れるところだったのにゃ……」
トラスさんは教官を離し、地面に落とした。
『ドサっ』
「はぁはぁはぁ……」
教官さんは地面に尻もちをつき、首元を手で押さえている。
「大丈夫ですか。教官さん」
私は教官さんの肩に手を置き、容体を見た。
ただ窒息気味になっていただけで、そこまで危険な状態にはなっていなかった。
「お、お前は……この間の」
「えっと……。この前は迷惑をおかけしてすみませんでした」
「いや、あの時は私も悪かった。すまない……」
教官は私に頭を下げてきた。
――あれ、教官さん結構丸くなったのかな。この前の態度から考えたら見違えたよ。ベスパに空中へ持っていかれたのが相当堪えたのかな。
「きょ、教官! 大丈夫ですか!」
周りから数名の騎士が駆け寄ってきて、教官を庇う。
「え、えっと。バルディアギルドにいた、トラスさんですよね。教官は何も悪くありません。教官も被害者なんです」
「にゃにゃ……。そうなのかにゃ」
「はい。教官も家族を人質に取られているんです。ここにいる騎士たちの殆どがそうです。家族や恋人を人質にされて、命令を無理やり聞かされているんです」
「それも、エイデンの仕業かにゃ」
「ああ……そうだ。エイデンが言うには『お前たちの家族はドリミア教会で儀式を行っている。騎士団が不手際を起こせば、家族を反逆者として処分する』と……」
教官は俯きながら弱弱しい声で話した。
「そんな、家族も騎士団も何も関係ないじゃないですか。どうして、そんな話が曲がり通るんですか。しっかり抗議しないと……人質なんて犯罪じゃないですか」
「関係はある」
「え……」
「私達、騎士団とドリミア教会には深い関係があるんだ……。私達の騎士団だけではない。ルークス王国の全ての街にある騎士団がそうだ」
教官は立ち上がる。
「私達は皆、正教会を信仰している。正教会信者だ」
「正教会信者……。あ、ドリミア教会も正教会に入っているって、どこかで聞きました。その繋がりですか?」
「そうだ。私達は騎士養成学校に入学した時点で、正教会の信仰者として国に記録される。別に悪い話じゃない。正教会に入れば、路頭に迷うことなく人生を過ごせる。他の宗派ではそういかない。だからこそ、多くの国民が正教会に入り安定を求めている。騎士になるのは一番正教会に入りやすい方法であり、一生職を失うことがない案定した仕事だからだ。皆……入る前はそう思っていただけだったがな」
「え……。何かあるんですか」
「騎士団はいわば正教会の犬……。そう言ったほうが手っ取り早い。何かあれば、主の言いつけを守り、何かあれば吠えて追い払う。『すべては主のために』を、掲げた団体……。それが騎士団という組織だ。だから私達は逆らえない」
「何でにゃ! 家族を人質に取られて動けないって、訳分からないのにゃ! それでも騎士かにゃ。確かな実力があって養成学校を卒業したんじゃないのかにゃ!」
「卒業生にも色々いる。落ちこぼれから好成績のやつまでな。ここにいるのは普通の奴らだ。神に好かれたやつは王都の騎士団に配属される。正教会を守るためだがな……。私達が動いても、意味がない。反乱を起こしたとして職を奪われるか、処刑されるかのどちらかだ」
「そんな……。あんまりじゃないですか」
「そうだな、家族を助けようと少し動いただけでこのざまだ……。特殊なブラックベアーを一頭すら倒せないんじゃ、助けに行っても無駄だろう……」
教官は私達に背を向け、壊れた基地の方に歩いていく。
他の騎士たちも、項垂れながら教官についていった。
私はのそのそと歩く教官の前に立ち、両手を広げて叫ぶ。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ! あのブラックベアーを止めて、主犯である領主とドリミア教会を捕まえないと何もかもめちゃくちゃになっちゃうんですよ! それでもいいんですか!」
「ブラックベアーを倒そうとしてこうなった……。弄ばれただけだったよ。普通のブラックベアーとは何もかも違った。通常のブラックベアーも確かに強いが、あれはもう別の魔物だ。私達は5人の一小隊でブラックベアーを討伐するという試験を騎士養成学校でおこなっている。皆、戦った経験があるにも拘わらず、あのブラックベアーには傷一つ付けられなかった。それだけ力の差があるんだ……。結果は見えている」
「でも! 倒さないと、街がめちゃくちゃにされちゃいます! ちょ、ちょっと、騎士の皆さん! まってくださいよ!」
私の横を多くの騎士たちが歩いていく。
もうあの化け物と戦いたくないと言っているような表情だった。
「子供のくせに……」
「あいつと戦ってないから、できもしない理想を言えるんだ……」
「別に戦いたくて、騎士やってるわけじゃねえし。街の人とか、どうでもいいし……」
「なんで俺がこんな目に合わなきゃならないんだ……。俺は普通に楽して生きたかっただけなのに」
騎士の1人1人がぼやきながら、歩いていく。
「なっさけないにゃ~~。お前たちは騎士でも何でもないのにゃ~~。やられておめおめと引きさがる、ただの負け犬なのにゃ~~。番犬ですらない、敗北犬なのにゃ~~」
トラスさんは、騎士を罵倒した。
青春ドラマならここで立ち上がる展開なのだがそう上手くも行かない。
「そうだよ……。俺達は負け犬だよ……。それでいいじゃねえか」
「あんなのともう1回戦えとか……、自殺行為だろ。俺達に死ねってのかよ。獣人の癖に出しゃばりやがって」
「スキルすら持ってない獣人が……偉そうにしてんじゃねえぞ」
騎士たちを罵倒したせいで、トラスさんは反感を買ってしまった。
「にゃにゃ……。冒険者達とは性格がまるっきり違うのにゃ……」
負けん気の強い冒険者と違い、安定を求めてじっとしていたい騎士たちは対極の存在と言える。
ただ、誰かの役にたちたい。助けたいという理念はどちらも同じはずだ。
その理念が弱まっているから、暗い顔をして引き下がってしまうんだ。
――それなら、気持ちを湧き立たせればいい。
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