共食い
私はブラックベアーの着地位置が私達の真上だと気づいた瞬間にベスパを飛ばしていた。
ブラックベアーがいたのは上空だった為、巨大な爆発で着地位置をずらせないかと考えたのだ。
『ドッシャンッ!』
私の作戦は成功し、ブラックベアーは私達のいる場所に落下してこなかった。
レクーは走り続け、体を再生しているブラックベアーから50メートルほど離れた。
――潰されずに済んだけど、私達は確実に狙われている。目の前にいたブラックベアー1頭を行動不能にしたと思ったら、次は騎士団を壊滅させた巨大なブラックベアーが襲ってくるなんて……。私はどれだけブラックベアーに好かれているのだろうか。ここまで熱烈な愛好者に好かれたくはないな。
「キララちゃん、デカい化け物の動きがおかしいのにゃ」
「え……」
――そう言われれば私達が見えているはずなのに突進してこない。何で……。
巨大なブラックベアーは触手塗れのブラックベアーの前に向う。
「まさか……」
『ガブ!!』
「た、食べたにゃ。ブラックベアーは共食いするのかにゃ」
「共食いはともかく、巨大な化け物がさっきより筋肉がさらにデカくなってませんか」
『ぐちゅ、ぐちゅ、ばぎばぎ……』
極太の骨が強靭な顎で容易く砕かれる音が耳から入り、私の脳に響く。
あまりにも気分が悪い。
食べられているのが人だったらと思うと産毛が逆立って仕方がない。
巨大ブラックベアーの喉元が蠕動したとき……地面がズドンッ! と潰れる。
ブラックベアーの重さが増えたのか、魔力量が増加のか分からないが地面が潰れるほどの質量があの巨体にあるらしい。
「あれは、ブラックベアーなのかにゃ。見かけが変わりすぎているのにゃ……」
――次の標的は私達。街の建物から容易に頭を出すほどデカいブラックベアーから逃げ切れるだろうか。全く分からない。速度、力、どれだけ上がっているの。次の瞬間には、私達が死んでいたり……しないよね。
そう思っていなのだが、巨大なブラックベアーは私達の方には目もくれず騎士団の方へと戻っていく。
そのまま騎士団に入るのかと思ったが、どうやら違うらしく、また別の場所を目指していた。
「私達が標的じゃない……。それじゃあ、さっき落下してきたのはたまたまなのか。私達は虫けらとしか思われてなかったわけね」
「どうやらそのようですね。ですが、事態は変わりなく悪そうです。ブラックベアーは再生中のブラックベアーを食し、魔石を取り込みました。考えたくありませんが……、魔石に描かれた『再生』の魔法陣が巨大なブラックベアーに上書きされた可能性があります」
――嘘でしょ……。じゃあ、巨大なブラックベアーは倒せないってこと。
「倒せない訳じゃありません。ただ……限りなく倒しにくくなりました。巨大なブラックベアーからは意志を感じません。予想ですが何者かに操られています。使役系スキルを持った者がどこかにいるはずです。その者を見つけ、情報を聞き出すしかありません。倒し方が分からない限り、魔力と体力の無駄使いです」
――そうだけど……、あのブラックベアーを野放しにしておくのは危なすぎるでしょ。
「巨大なブラックベアーは主のもとへ戻るはずです。あの巨体では隠れようがありません。数匹のビーが既に跡を追っています。私達は戦力の増加を優先しましょう。どのみち、あの巨体と戦わなければならないんです。数が多いに越したことはありません」
――戦力の増加……。そうは言っても、いったいどれだけ戦ってくれる人がこの街にいるか分からないよ。今、戦えそうなのは私とトラスさん、バッファー団の人たちもお願いすれば戦ってくれるはず。あとは……。
私は騎士団の方向を見る。
脅威となるブラックベアー達がすでにいなくなった道は巨大な物体が無慈悲に通ったため、目も当てられないほど破壊されていた。
「レクーもう止まっていいよ……。追ってきてないみたいだから」
「え……そうなんですか」
レクーは安心したように脚の回転数を落としていく。
「何とか生きてるのにゃ……。でも、まだ不安因子は取り除けていないのにゃ。ギルドマスター代理として、この街の危険を見過ごすわけにもいかないのにゃ!」
トラスさんはレクーの背中から飛び出そうとする。
私はトラスさんの手をまた掴んだ。
「ちょっと待ってください。トラスさんも少し休んだ方がいいはずです。今、あの化け物に1人で立ち向かっても、勝てる保証がありません。戦える仲間を増やしましょう。私はとりあえず、近くの騎士団に向います」
「騎士団に行くのかにゃ……。あいつらは信用できないのにゃ」
トラスさんは目を細め、騎士団を信用していないと言った表情をした。
「でも、騎士団にいる怪我人を助けないと死んじゃいます。今は1人でも多く戦力が欲しいので、戦えそうな人は皆、助けましょう。ここで騎士団に恩を売っておくのも、得策だと思いますよ」
「なる程なのにゃ。騎士団に恩をたくさん買ってもらって、しっかりと利用してやるのにゃ!」
「トラスさん……、今は助け合いましょうよ……」
私達は騎士団に戻る。
そこで私が目にしたのは悲惨な光景だった。
「うわ……、酷い……」
腕の無い人、足の無い人、片目が潰れている人などがグラウンドに多数、転がっていた。
「くぐぅ……、いでぇ……」
「これじゃ、歩けねえな……」
「目が、目が見えない……」
「しっかりしろ、死んだわけじゃない。気を落とすな」
白衣を着た人たちが騎士たちの欠損箇所に淡い光を当てている。
どうやら、回復魔法を使っているらしい。
欠損箇所からの血がしだいに止まっていく。
きっと白衣の人たちは騎士団に配属されている軍医的な存在なのだろう。
私が見ただけでもざっと50名以上は体のどこかに怪我をしていた。
騎士団の建物も所々、破壊されている部分があり、欠損の大きさからしてあの巨体が蹴りつけたか、衝突したかのどちらかだと思われえる。
――ベスパ、これだけやられているのに、本当に死人がいないの? そんなのあり得なくない……。
「今のところ死人は出ていません。出血多量によって死に至る可能性はありますが、応急処置を迅速に行えば死にはしません」
――でも……、回復させる人が全然足りてないみたいだよ。ただ突っ立っているだけじゃなくて私達も手伝おう。
「キララ様は回復魔法が使えないじゃないですか。何を手伝うんですか?」
――別に血を止めるだけなら回復魔法を使わなくても何とかなるよ。ベスパ、縄と包帯を持ってきて。
「りょ、了解しました」
私は右脚が潰され、出血が止まらない騎士のもとに駆け寄る。
「膝より下が、完全に潰されてる。硬い鎧まで、ぺしゃんこになるなんて……」
「うぐぅ……。いてぇ……」
「大丈夫ですからね。意識を確かに持ってください」
私は右脚の太ももについている鎧を外した。
「キララ様、縄と包帯をお持ちしました。包帯はすでに使い切ったらしく、予備がなくなっていたので、私達で作成しました。このような感じでよろしかったでしょうか?」
ベスパは縄と伸縮性の高い布地を持ってきた。きっといつも通り、木材で作ったのだろう。
「うん、凄くいい感じ」
私は騎士の右脚の膝より少し上辺りで縄をきつく縛る。
「す、すまないな……。嬢ちゃん」
「気にしないでください。困った時はお互い様ですよ」
今まで垂れ流しになっていた出血が多少おさまり、回復魔法での治療を行うまで時間を稼ぐ。
「よし、次に行くよ!」
「了解」
私は左腕が肘辺りから噛み千切られている騎士のもとに向う。
肘辺りで縄をきつく縛り、止血した。
そのあと、切断面を包帯で隠すようにしてきつく巻き付ける。
茶色の布地が赤色に少しずつ染まっていく。
「よし。いい感じ」
私は意識の無い人や痛がっている人、症状が軽度の人など手あたりしだいに応急処置をしていく。
トラスさんや動ける騎士たちも私と同じように欠損箇所を圧迫止血していく。
その場はまさに戦場そのもので、生と死の境目を味わっている人たちの声が行きかった。
――ブラックベアーの叫び声より、耐えられる。ベスパ、応急処置と治療が終わった人からリーズさんの病院にどんどん搬送して。
「了解です!」
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