結界を壊したのはトラウマの権化
「忍耐には自信あるけど、貧血になりそうな程の魔力量を送り続けるのはさすがにきつい……。一瞬で抜き取られる辛さじゃなくて力がしだいに抜けていく感じの辛さ。夏のサマーフェスを思い出すな……。あの時は周りの声援があったからやり切れたけど、今は声援がない。耐え忍ぶんだ、キララ・マンダリニア。ベスパはすぐに戻ってくるはずだから……」
私は魔力を送り続けた。
だが、ベスパは一向に帰ってこない。
――ベスパ、さすがに遅いな。死んでるのなら私のもとに戻ってくるはず。でも、返ってこないのは何かを調べているからなのかな……。私の魔力はもう空っぽになる寸前なんだけど。早く戻って来てくれないと騎士団の前で私が倒れちゃう。
私は頭がふらつくほど疲弊していた。
「キラ……ラ様……、にげ て く ださ……い」
ベスパの途切れ途切れの声が私の頭に響く。
「え、ベスパ。ベスパなの!」
「キララさん!! 失礼します!!」
「ちょ、レクー何してるの。って……何あれ」
空間に亀裂が入っているというのか、空間が歪んでいるというのか、なぜか私の見ている何もない空間が歪んでいる。
言わば水の奥が歪んでみるような感覚に近い。
騎士団本部の大きな建物が捻じれている。
レクーは私の首根っこの服に噛みつき、ぐわっと持ち上げて背中に乗せてきた。
「ベスパさんが逃げろと言うのなら、逃げなければならない理由が何かあるはずです!」
「そ、そうだけど。まだ、騎士団の中で何が起こっているのか分かってないでしょ」
私はレクーの走りに合わせて体を揺らしながら、後ろの騎士団本部を見る。
『バキバキバキ……』
ねじれのような渦が空間に生まれ、破壊音をバキバキと鳴らしている。
「もしかして、あれが結界なんじゃ……。そうか、騎士団の本当の内部が見えないようになっている結界なのかも。ベスパ達の光学迷彩と似てる。でも、結界が内側から破られようとしている可能性があるから、ベスパは私に逃げろって言ったのか」
「だいたいその通りです、キララ様!」
ベスパは私の死角から現れた。
すぐさま私の右斜め前に移動し、共に移動している。
「ベスパ、遅かったね。騎士団の中はどうなっていたの?」
「騎士団の方々がある魔物と戦っていました。それが原因で街に出てこられなかったのでしょう。加えて、騎士団の会話から解釈すると人質が捕らわれているのも本当のようです。人質を助けに行こうとしていたところで魔物が暴れ出し、結界が張られたのだとか」
「それで、騎士団を襲っている魔物って何?」
私は一番肝心な部分を聞く。
「魔物は……あいつです」
ベスパは深刻そうな顔をして、声を詰まらせていた。加えて体を少々震わせている。
ベスパの顔や声、仕草から、私はすぐに分かってしまった。
「はぁ……、またか。何でいつもいつも」
『ビシビシビシビシビシビシ……』
空間にガラスが割れたような亀裂が入る。
「く、嫌な音……」
「どうやら結界が大分壊されているようですね。嚙み千切ろうとしているのだと思います。それも容易に……」
「あいつには簡単に出してきてほしくないんだけどな。騎士団の人たちにはもっと頑張ってその場に止めておいてほしかった」
『ビシビシビシビシビシビシビシ!!!!』
罅は蜘蛛の巣状に広がり、力を加えられている罅の中心に黒い手が見えていた。
「キララ様、来ます!」
「っ!!」
私は両耳を両手で事前に塞ぐ。
『グラアアアアアアアアアア!!』
騎士団から私の脳裏にあまりにも響く轟音が放たれる。
私は耳を両手で塞いでいても、鼓膜を劈く音に聞き覚えがあった。
それどころかトラウマになっている。
「ああぁああ!! この声、もう嫌だってば!!」
トラウマの権化、巨大なブラックベアーが姿を現した。
その奥の方に、鎧を着た騎士さん達が倒れている。
「べ、ベスパ。あの騎士さん達は無事なの!」
「重症の者から軽症の者までいます。何とか頑張っていたようですが、隊長がやられた影響が大きく、ブラックベアーを引き付けられなくなったようです」
「スグルさんや、女子の4人組は怪我してないよね」
「スグルさんは研究室で寝てます。どうやら疲労困憊のようですね。女子の4人は建物の中に引きこもっているもよう。両者共に傷はありません」
「そう、ならいいんだけど。でも、あの4人には騎士の仕事を全うしてほしかったな」
――でも、女子高生くらいの子達があんな化け物と戦えと言われても無理か……。
『グラアアアアアアアア!!』
ブラックベアーは山にまでとどきそうな声で吠える
「くっ! 頭が割れそう……。ベスパ、あのブラックベアーが何て言っているか分かる?」
「はい。腹が減った、食わせろ。ですね。どうやら思考はメークルと大差ないみたいです。実際はもっと賢いはずなんですけど、なぜだか食欲に全ての感情を支配されているように見えます」
「ブラックベアーはお腹をいつも空かせているの。山で好きなだけ、死骸を食べててくれたらいいのに……。でも、食べてないにしては大きすぎないかな。さっきのブラックベアーが子供に見えるくらいなんだけど。普通、あんなに大きくならないよね」
「はい。実際の大きさは先ほどのブラックベアーが標準です。騎士団にいる巨大な個体は優に10メートルを超えていますね。魔力量が大きいほど体格も大きく成長するのが魔物です。以前のような瘴気に感染したブラックベアーが原形をとどめた場合、あのような姿になるのではないでしょうか」
「つまり……。あのブラックベアーは瘴気で超巨大になったブラックベアーと同じくらい強いって言いたいの?」
「原形をとどめており、俊敏性が上がっているため、単体で見た場合は今回のブラックベアーの方が強いのではないでしょうか。以前の個体も強かったですが、瘴気の暴走に近かったので、聖水と奇跡があれば何とか対処できました。ただ……今回の個体は力の暴走ですから、それ相応の力を持つ者達が戦わないといけないかもしれません」
「なんでそんな厄介なやつがいきなり出てくるの。しかも、街の騎士団が手に負えない様なブラックベアーでしょ。どう考えても私達じゃ手に負えないよ!」
私は吠えているブラックベアーをもう一度しっかりと見る。
――もう、本当に黒い。真っ黒。どこに目があるのかも分からない。口が開くと絶妙に白い牙が見える。加えて、口角が上がり、笑っているようにも見える。体毛は逆立ち、怒っているのか興奮しているのか、それすら分からない。
体長はベスパの言う通り、10メートルは優に超えてる。
まだ四つん這いの体勢でその大きさなのだから立ち上がったらもっと大きいだろう。
「ブラックベアーだから、魔法攻撃はほぼ効かないんだよね?」
「はい。ディアたちと同等かそれ以上の魔法耐性を持っていますから一般の魔法では歯が立ちません。ですが、私の爆発は魔法と物理攻撃の両方の性質を合わせ持っているので一応効果はあります。ただ、あの巨体を倒すほどの威力となると、ここら一帯を吹き飛ばすほどの、一撃が必要かと……」
「そんな爆発起こしたら、逃げ遅れた周りの人まで死んじゃう。ドリミア教会の人達はいったいどうやってあんな化け物を操作してるの?」
「分かりませんが、キララ様と同じようなスキルを持った者がいるのかもしれません。例えば『ブラックベアーと友達になれるスキル』とかですかね」
「とんでもなく心強いスキルだね。めちゃくちゃほしいよ。そのスキル」
「キララさん! ベスパさん! 喋っている場合じゃないですよ! 前を見てください!」
レクーは私達に大声で話しかけてきた。
「前? え……」
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