悪質な魔力を送る
「う……浮いた! すごいすごい! でも……凄く遅いね。ディア、何しているの?」
「今、頑張って浮上しようとしています!! あと数分経てば、地上から2メートルほどの高さになるはずです!!」
「いや、おっそ!! てか、ひっく!! ベスパ呆れて、首振ってるよ」
「ふぅ~、これだからブラットディアは、ダメですね~。私達ならキララ様を天高く持ち上げることなど造作もないことなのですがね。仕方ないので、ひ弱なあなた達に魔力をおくりますから、キララ様をちゃんと持ち上げてくださいよ~」
ベスパは、自分たちの方が優位な部分を見つけるとディアたちを下に見るような嫌味な顔で、ニタニタと笑っている。
その顔がまぁうざい。
ビーとブラットディアは対極にあるような生物なので対抗意識があるのか、ベスパはよくディアに突っかかる。
――まぁ、どっちもどっちなんだけどね……。
ベスパは光り、ディアたちに魔力をおくる。
すると、10センチ程度浮いていた私の体がいきなり上昇した。
それこそ、ロケットの発射かという勢いで上空にまで移動していく。
「あわわわわわ!! いきなり速くなりすぎ!!」
「お~! すごいです! 魔力があるだけでこんなに変わるんですか!」
ディアは飛ぶのが楽しくなったのか空中で体をひねるように周り初め、トリプルアクセルならぬ無限アクセルを繰り出し、私の目を回す。
私は回りながら上昇し、時計台と同じ高さにまで到達した。
――地上からどれほどあるだろうか。ぱっと見30メートルほどな気がする……。高すぎて下が見れない。
スカートを履いていたらパンツが丸見えだった。
今日はオーバーオールなので見られる心配はない。
「はぁ、はぁ、はぁ……、ディア、遊びすぎ……。うっぷ……吐きそう」
「すみません! 楽しすぎてつい!」
ディアの声には本当に楽しかったのか、熱意がこもっていた。
きっと悪気はないのだろう。
「キララ様。ビー達の配備が完了したので魔法陣を展開させてください。それと同時に、魔力をディアたちに移します。魔法陣の大きさは私が操作しますのでお任せください」
「分かった。やってみる」
私は悪質な魔力を移動させるための魔法陣を頭に思い浮かべる。
――そう……これだ。今回の窮地を救う魔法陣。
私はボケットから、木の板を取り出す。
「なるほど……、今回の作戦に使用するのに最適の魔法陣ですね」
「うん、ライトが作った『転移魔法陣』。これを使えば人の体から魔力を移動させられるはず!」
――『転移魔法陣』で移動させられるのは物と魔力。なら、ビー達で吸い出した悪質な魔力をビー達の体に溜めるのではなく、そのまま『転移魔法陣』に送って、ブラットディア達の体内に移動させられれば、悪質な魔力を消せるはず。
私は深く息を吸い、長く吐く。
呼吸を整えて魔力を体中に循環させる。
魔力を練り込んで練り込んで、純度の高い魔力にしていき、私は静かに目を閉じて集中する。
――街の地面に『転移魔法陣』を描いていく……。頭の中で想像するんだ。
私は巨大な『転移魔法陣』を街に描き終わった状態を想像し、それを現実に移す。
「『転移魔法陣』展開!」
私が詠唱を放つと、街の地面がベスパの体から放たれる光と同じ色に輝き、木の板に描かれている『転移魔法陣』と全く同じ円形の模様が浮かび上がった。
「では魔法陣に魔力をおくります!」
ベスパがよりいっそう強い光りを放つと、私の意識が飛びかけるほど力が抜ける。
私は瞳孔が上を向き、気絶したかと思うほど頭を前に落とす。
両手両足が中ずりにされたように垂れ、風鈴の舌のように靡いた。
「大丈夫ですか、キララ女王様!」
ディアは気絶寸前の私に大きな声で呼び掛けてくる。
「だ……、だいじょうぶ……、じゃないかも……」
「それでは皆さん! すぐ近くの人間を針で刺してください! 刺したら、悪質な魔力だけを吸い出すのです!」
ベスパは発光と共に声を張り上げる。
すると、街の地面が至る所で発光し、小さな星で埋め尽くされていった。
眩かった光はしだいに黒くなり、禍々しくなる。
「そろそろですね。ディア、他のブラットディア達の準備は大丈夫ですか!」
「はい、もちろんぬかりありません!! 私達の個体数の方が人の人数より圧倒的に多いので1人2匹でも十分余ります。糞みたいな味の魔力をどんどん送っちゃってください!!」
「分かりました。では行きます! 『転移魔法陣』発動!」
ベスパが私の替わりに詠唱を放つと『転移魔法陣』がまがまがしい魔力を吸い込んでいく。
ブラックホールに光りが吸い込まれるように、どす黒い魔力だけが私の視界から消えた。
「ん~~。最悪の魔力です~~!! こんなに糞みたいな魔力、この世にあるんですね~~!!」
ディアが私の背中で喜んでいる。
地上にいるブラットディア達も同じ気持ちなのか、黒い地面が蠢いて見えた。
――動いている黒い地面、もしかして全部ブラットディアなの……、気持ち悪い。
「ベスパ、ブラットディアが、今、あんなに集まると目立つから、皆を隠れさせておいて」
「了解です」
ベスパが発光すると、黒い地面が移動し始める。
ほんの数秒で黒い地面は茶色に戻った。
「ブラットディア達、地上だと……足早すぎ。それでベスパ、作戦はうまくいったの?」
「はい、完璧です。ブラットディア達に満遍なく魔造ウトサによって作り出された悪質な魔力を分け与えました。ブラットディア達の体調がよくなる個体が多く、彼らにとっては純粋な魔力とほぼ変わらない効果を発揮するようですね。さすがの適応能力です……。御見逸れしますよ」
ベスパは、悔しそうに頬を膨らませて、空中をふよふよと浮いている。
「まぁ、いいじゃん。どっちも良いところと悪いところがあるんだから。完璧より面白いでしょ」
「そうですね。少しくらい欠点がないと面白みに欠けますから」
「えっと、ビー達の欠点は物理に弱い、魔法に弱い、環境が変わると弱い、火に弱い、攻撃手段がない。結構いっぱいあるね。逆にブラットディアの欠点は物理に弱い、飛ぶのが下手、攻撃手段がない、くらいかな。思ったよりも少ないね」
「キララ様! それは、1匹での話ですよ~! 私達だってたくさん集まれば、強いんですから!」
ベスパは私の守備範囲ギリギリまで近づき、四肢を振りながら抗議してくる。
「分かった分かった。だから張り合わなくていいんだって。さ、私を地面に早くおろして。ここの景色は綺麗だけど……さすがに高すぎて怖い」
「今度、キララ様には高度8888メートルの景色を肉眼で見てもらいましょう。もちろん私達がお連れします!」
「いや、ベスパ……。私の話聞いてた。この高さでも怖いんだってば」
「キララ様、慣れですよ、慣れ。すぐ8888メートルの高さも見なれますよ。ただ、身が凍りそうになるほど寒いですけどね」
「うん、絶対に行かない」
ベスパがディア達に送る魔力を弱めていくと私達は重力に従い、地面に降りていく。
ブラットディア達の翅で飛ぶのも中々悪くない。
気球に乗っているみたいで結構心地よかった。
ただ、音がうるさいから耳栓は必要かも……。
――今度またお願いしようかな……。ベスパに頼んだら、ジェット機の速さで移動しそうだし。私の体がもたなそう。そもそも、ビー達が私の体にくっ付くってだけで気絶するから無理だな。
数分ぶりの地上に私は靴裏を付ける。