子供は家に帰りなさい
シグマさんは相当辛そうな表情をしていた。
クッキーを少しだけしか食べていないと言っていたが、人によって影響が出やすい人と出にくい人がいるらしい。
シグマさんは魔造ウトサの影響を受けやすい人のようだ。
きっとそのせいで症状が重いのだろう。
頬の骨が浮き上がってしまうほど顔が痩せこけている。
――シグマさん。相当吐いたんだろうな……。怖かった顔がお年寄りの顔になってる。
「シグマ。やつれすぎですよ。これはさすがに気づきませんって……」
「旧友の顔をやせたから分かりませんでしたはねーだろ……丸眼鏡野郎」
シグマさんは掠れた声でリーズさんを罵った。
「いつもみたく迫力が感じられません、相当重症ですよ。今、あなたは話している場合じゃないです。さっさと寝てください」
「ばかやろー。この状況で寝てられるか……。俺はたった1人でもドリミア教会に殴り込みに行ってもいいくらいに心が激怒してんだよ。この街を危険にさらしやがって……。ただじゃおかねえぞ、あの爺……うぐろろろろ」
シグマさんは盛大に吐いた。
トラスさんは咄嗟の判断で持っていた麻袋をシグマさんの口元に当て、嘔吐物が床にまき散るのを防いだ。
「にゃ~! また吐いたにゃ~! 今のシグマさんなら、ガキンチョにも一撃でやられるのにゃ。シグマさん、今は無理せず体を治した方がいいのにゃ~!」
「おいおい、トラ……。俺を誰だと思ってるんだ……。俺は……元Sランクパーティーのリーダーだった男だぞ。この糞ウザイ状態異常でも、ガキに何て負けるわけねえだろ。さっさと放せ……」
「で、でも……」
トラスさんはシグマさんからしぶしぶ離れる。
「ほら……立ててるだろうが。これなら何ら問題ない」
地震でも発生しているのかと思うほど、シグマさんの足下が安定しない。
「はぁ……、仕方ないですね。ていっ!」
「あが…………」
私はシグマさんの震える脚を目掛けて靴先で優しく突いた。
あれだけ大見え張っていたシグマさんは後ろへ簡単に倒れ込む。
すぐさまトラスさんが受け止めたため、地面に打ち付けられなかったが私のひ弱な蹴りで倒れてしまうほどシグマさんは衰弱していた。
「だから言ったのにゃ~! キララちゃんみたいな小さな女の子に蹴られて倒れるなんて、今のシグマはざこざこなのにゃ~! やっぱり、今はおとなしく寝てればいいのにゃ」
「シグマ、トラスさんの言う通りですよ。おとなしく寝ていてください」
「く……クッソ……。力が入らねえ……」
シグマさんは力のない声で、反発しようと試みるも無理だったようで、気絶するように眠った。
「ふぅ……脳筋のおバカはやっと寝ましたね。これでよくSランク冒険者パーティーのリーダーをやってましたよ。ほんとに……」
「ほんとなのにゃ。シグマさんは無鉄砲すぎたのにゃ。そのせいで何度死にかけたか分からないのにゃ」
――ん……。トラスさんはSランク冒険者のシグマさんをよく知ってるみたいな言い方。トラスさん、そんなに昔から一緒にいるんだ……。
「というわけで、シグマさんの替わりににゃ~がギルドの代表を務めるのにゃ。よろしくなのにゃ」
トラスさんはピシッと立ち、リーズさんに向けて敬礼をする。
「はい、よろしくお願いしますね。トラスさん」
「リーズさん、これからどうするのにゃ。この現状、どう見ても異状にゃ。騎士団も全く動いてないのはどういうわけなのにゃ?」
「そうですよね。大騒動になっているのに、騎士団は全く動いていない。動きたくても動けない可能性もありますが今は状況が状況ですから、何とか働いてもらいたいんですけどね」
「騎士団が動けないのは領主が関係していると思うんですけど……。違いますかね?」
私はリーズさんとトラスさんの会話に混ざり込む。
「キララちゃん、まだいたんですか。これは子供の入ってきていい話じゃないんですよ。この事態は私達に任せて早く村に帰りなさい」
「で……でも……」
「キララちゃんは心配しなくても大丈夫にゃ。ちゃちゃっと話を付ければ騒動はおさまるはずにゃ。ドリミア教会も、領主、騎士団どれもバカじゃないにゃ。この状況を見て少なからず、何らかの行動を起こすはずにゃ。これ以上の暴動を起こそうものならにゃーが力ずくで止めればいいのにゃ!」
トラスさんは細腕を掲げながら、手の平を握りしめ、拳を作っている。
「キララ様……。ここは一度引きましょう。キララ様が子供なのは変えようのない事実ですから。大人に話が通じにくいのも仕方ありません」
――ベスパ! いつの間に帰って来てたの。
「今、帰ってきました。重症患者と危険な状態にある患者を全て運び終えたので残りの指示は警ビー隊に任せてあります。ですから、今はリーズさん達に従っておきましょう」
――そうだね……分かった。ここは一度引くよ。私達はリーズさん達とは違う角度から、この事件に攻め込もう。
「はい。着々と準備は進めてありますから、すぐにでも次の鼓動を起こせます」
――さすが、仕事が早いね。
「えっと……、リーズさんとトラスさんの言う通りですね。私はおとなしく村に帰ろうと思います。この街の未来を頼みます」
「はい、任せてください。街をめちゃくちゃにされて私達も怒っていますから。ただじゃ済ませませんよ」
「そうにゃ。ドリミア教会の爺と領主はどこか胡散臭かったのにゃ。こんな騒動を起こしたんだから、やっととっちめられるのにゃ。シグマさんをこんな姿にした恨みは10倍……いや、100倍にして返してやるのにゃ!」
トラスさんは髪を逆立てて、耳をピンと伸ばす。
目じりを上げ、ネズミを捕まえようとする、猫の鋭い眼をしていた。
「それじゃあ……、私はこれで……」
「はい、気をつけて帰ってくださいね」
「また、綺麗になった街であおうにゃ」
私はリーズさんとトラスさんのもとを離れていく。
そのまま、病院の入り口を通り、厩舎の近くで待っていたレクーの背中に乗った。
「ふぅ……。さてとベスパ。次の準備はできているんだよね。2つ目まで終わったから次は、3つ目『被害者の人達からまだ発症していない人達を守る。街の人の暴動を止める』だけど……、いま病院にいない人達の状況はどうなっているの?」
「はい、魔造ウトサを取り入れたくて仕方のない被害者の方々は暴飲暴食や脱毛、奇行、攻撃、自傷衝動を引き起こしています。体調の悪さを別の衝動で気を紛らわせようとしているみたいですね」
「何とかして止められないの? 拘束するとか」
「どうやら、衝動を止めるとすぐ依存症特有の苦しさを得てしまうようで、止まれないみたいです。拘束すると激しく苦しみ、動けない為、自身の体を傷つける行動をとる可能性があります」
「それじゃあ、すぐにでも魔力を取り除いてあげないとずっと苦しいままじゃん」
「ですが……死なずに悪質な魔力を吸い取れるのは私しかいませんから、相当膨大な時間がかかってしまうんですよ」
「確かにそうだね。時間がないのに、一人一人やってたら切りがない。ライトの『クリア』みたいに巨大な魔法陣で一気に抜きとれないの?」
「無理ですね。ライトさんのクリアは聖職者さん達が使う『奇跡』に近いと思います。私は魔力を吸い取っているだけです。たとえ巨大な魔法陣を使っても、私一匹だけでは街に分散している膨大な悪質の魔力をため込めないんです」
「なるほど……。えっと、私思ったんだけど、ベスパに溜めるんじゃなくて、人を暴れさせている悪質な魔力をディアたちに分散して全部送り込めばいいんじゃないの?」
「…………………ん~」
ベスパは8の字に飛びながら考え込んでいた。
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