被害拡大防止のために優先順位をつける
ビー達が何かに同化していると、私でも見分けがつかない。
今、私の目の前に大きな壁がある。
「ほんと……、ただ見ただけだと全然分からないね……。ベスパ、本当にこの奥にお店があるの?」
「はい、確かに存在しますよ。ビー達が覆っていますのでキララ様はあまり近づかれない方が良いかと思います」
「知ってるよそれくらい。目では分からないけど、ビーが壁に存在しているって言いうのは全身で分かる。そりゃあもう、鳥肌が立つくらいの寒気を壁からひしひしと感じるよ……」
「そこまでですか……」
「じゃあ、ベスパ。お店の人と魔造ウトサの回収をよろしく」
「了解です」
ベスパは先ほどと同じように店内の人を眠らせ、ビー達に魔造ウトサを運ばせた。
お店の前に人が元からいなかったので、魔造ウトサの回収を凄く早く完了した。
「人は目的物が眼で見えてないと本当に存在が分からないんだね。でも、苦しそうにしている人が多すぎる。ベスパ、今、病院はどうなってるの?」
「大混雑です。リーズさんも懸命に治療していますが原因がまだ分かってないみたいです。トラスさんが知っているはずなんですが、シグマさんに付きっきりで原因を伝えられていないみたいですね。キララ様が一度伝えにむかった方が得策かもしれません」
「そうなの……。確かに原因が分からないと治療方法が分からないよね。今、この状況をドリミア教会はどう思っているの?」
「それは、分かりません。ドリミア教会の信仰者や神父は皆、教会内に引きこもっているようです。教会の周りには結界のような魔法が張られており、ビー単体では進入できませんでした。ただ、引きこもっている状況からして、何かを待っているのかもしれません。領主邸と騎士団も同じような状況です」
「こんな時こそ騎士団が動くべきなんじゃないの。何で動かないのかな……」
「領主からの命令でしょう。出動許可が下りていないのだと思います。バッファー団によって人命救助は進んでいますが、被害は拡大しているので消息が見えていない状況です。それでも、バッファー団の冒険者さん達は顔色1つ変えずに淡々と救助を進めているところを見ると、さすがベテランのパーティーと言うべきでしょう」
「他に何か得た情報はある?」
「そうですね、ボロボロの教会の子供達が心配です。もとから弱っていましたが、今はもっとひどい状況です。なぜかマザーさんの姿が見えませんし、レイニーさんがどうにか頑張っているようです。まだ、魔造ウトサの被害は受けていませんがいつ依存症の者が突っかかっていくか分かりません。それは他の住民にも言えます。被害者が加害者になってしまう可能性が示唆できます」
「なるほど。被害者が加害者に成り代わるのか。それは最悪だね。よし、私の行動に今から優先順位を付ける。危険な状況からなくしていくよ」
「了解です!」
「1、リーズさんの病院に行って原因を知らせる。2、人命救助。3、被害者の人達から、まだ発症していない人達を守る。また、街の人の暴動を止める。4、残りの魔造ウトサの回収。あいにくドリミア教会の人達が引きこもってくれているのなら、いろいろと仕事がやりやすくなってる。戦闘は後回しにしよう。ベスパ、私の魔力一気に使っていいよ、まずはリーズさんの病院に向うから、道を開けて」
「了解しました。では、病院までの道を一気に片付けます。ビー以外にブラットディアや街の友達にも手伝ってもらいますので、キララ様の魔力が一瞬で無くなるはずです。数分すれば元に戻りますから、その間、気持ち悪いのを耐えてください」
「わかった。やっちゃって」
「了解!」
ベスパはこくりと頷き、上空に飛んで行く。
時計台とほとんど同じ高さにまで到達し、8の字を描きながら発光する。
「グぅぅぅ……。きっつぅぅ……。レクー、このまま……リーズさんの病院に向って……」
私は力が入らなくなり、レクーの背中にうつ伏せになりながら倒れた。
空気が吸いやすいようにお面を一度外し、目を瞑る。
レクーは少しずつ動き出し、私の体が揺れる。
少し時間が経つと、私は呼吸が大分楽になった。
現状を見ておこうと思い、私は眼を開ける。
すると、視線の先には地面を埋め尽くすほどの大量のブラットディア達がいた。
「こ……、これ、何匹いるの?」
「ざっと、1万匹くらいじゃないですね」
ベスパは上空から降りてきた。
「1万匹……。凄い数だね……」
「まぁ、私達は3万匹ですが」
ベスパは勝ち誇った表情で空を見上げる。
「え……」
私は上空から全身の毛が逆立つほどの憎悪感を与えられ、絶対に振り向いてはいけないと即座に判断する。
「いま、リーズさんの病院までの道を開ける作業を行っています。もうしばらくお待ちください」
私はビー達の作業が終わるまで目を瞑って何も見ない方がいいと思い、レクーの背中にもう一度倒れ込む。
体から魔力が無くなり、数分が経った。
「キララ様、道の整備が完了しました。これでリーズさんの病院に向えます」
ベスパの声に起こされ、私は上半身を持ち上げる。
「わぁ……、本当に終わってる。いつの間にかビー達とブラットディア達がいなくなってるし。でも、これで周りをやっと見わたせるよ」
私はレクーの背中から上半身を動かし辺りを見回す。
「えっと……前よりも綺麗になっている気がするんだけど。ベスパ、何かした?」
「はい、破損した部分は私達が補修しました。さぁ、キララ様。病院に早く向かいましょう」
街のレンガで出来た建物は、ビー達が埋め込んだであろう木製の欠片で補修されていた。
――見かけがちょっと変わってるけど、倒壊の心配がなくなったのならいいか……。
「わかった。レクー、リーズさんの病院まで運んで」
「了解です!!」
私はレクーの手綱をしっかりと握り、速度を意識しながら走らせる。
病院に近づくほど、人数は増えていき老若男女すべての世代が病院を訪れていた。
「こんなに沢山の人がいるなんて。何で病院の中に入らないのかな」
「人数が多くて診断するのに時間がかかっているようです」
「そうなんだ。それならリーズさんに原因を早く教えてあげないといけないね」
私はレクーの背中からおりて人ごみの間を縫うように走って病院の入り口に向った。
ぐったりしている人が多く、子供とお年寄りの比率が高い。
私は病院の中に駆け込んでいく。
診察してもらうためじゃないので、割り込みを大目に見てもらいたい。
「リーズさん!」
私は病院に入ってすぐ、声を張り上げてリーズさんを呼ぶ。
「キ、キララちゃん、こんな時にどうしたんですか。今、大変な状況なんですけど……」
リーズさんは私の声がとどくほど近くにいた。
少しやつれ気味なっており、きっと今の状況が相当大変なのだろう。
「この人たちみんな体調不良ですか?」
私は病院の床で横たわる人たちを見渡してリーズさんに聞く。
「そうですよ。皆さん、お菓子を食べていたら、体調がおかしくなったという人たちばかりです。食べた量と深刻度が比例しているみたいなんですけど……。とりあえず今は、体調不良の原因が何なのかを調べています。食中毒の説が一番考えられますが、なかなか原因がつかめなくてですね……。治療も最低限しか行えません」
リーズさんはズレてしまった眼鏡を掛け直し、苦しがっている子共の様態を見ている。
「えっと、リーズさん。体調不良の原因はお菓子に含まれているウトサのせいです」
「ウトサ……。調味料のウトサのことですか?」
リーズさんは私の方を向いて質問してきた。
「はい。そうです」
「ですが、少量のウトサを食べて、体調不良を起こすといった報告はされていません。そもそも、そんな危険な食べ物を王都の貴族が食べる訳ないですし……」
「リーズさんの病院にクッキーを配っている人達が来ませんでしたか?」
「え……。あぁ、そう言われれば来てましたね。確かにクッキーを貰いました。その時はあまりにも寝てなくてですね、貰ったクッキーをどこに置いたか分からなくなったんですよ。って……もしかして、あのクッキーが原因なんですか?」
「はい、あの中に含まれているウトサは通常のウトサじゃないんです。魔力で作られた魔造ウトサが混入しているんですよ。そのせいで多くの人達が体調不良を起こしてしまったんです」
「魔造ウトサですか。確かクッキーを持ってきた人たちはドリミア教会の信者達でした。つまり、発端はドリミア教会。なるほど厄介な相手ですね。おっと、発端を考えている場合じゃありませんでした。今は治療法を見極めるほうが得策ですね。というか、何でキララちゃんがそんな詳しい概要を知っているんですか?」
リーズさんは顎に手を置き、もう片方の手で眼鏡をくいっとあげる。