ベスパ、15000回死んで
私はベスパの先導に従ってお菓子屋さんを目指していた。
人だかりが全くない道を走り、1店目のすぐ近くまでやってきた。
「ぁあ、お菓子……。お菓子、お菓子……、お菓子食わせてくれ……」
「何でもっと速く進まないの!! 速くしてよ!! お菓子が食べたくて頭おかしくなりそうなの!!」
「か、金、金、ならある……。だから、菓子をくれ……」
お店の前で多くの人たちが3日間以上寝ていないような、酷い顏でお菓子をねだっていた。
「うわ……。この人だかりはショウ・ベリーズの時と一緒だ」
大勢の人によって道を塞がれ、レクーでは進めなくなる。
私は黒いお面をかぶっているのに誰もこちらを見ない。
きっと頭の中がお菓子でいっぱいなのだろう。
「キララ様どうしますか。ここにいる人を全員眠らせますか?」
「でも、それをするとさすがに目立っちゃう。ドリミア教会に勘づかれるかもしれない。大きな獲物を得るためには周りから静かに攻めていかないといけない」
「なるほど。では、どうするのですか?」
「お店の人とドリミア教会の信仰者を眠らせよう。その後、依存症の人達から依存症が軽度になるくらいに魔力を吸い出す。ドリミア教会の人達に魔造ウトサの効果が切れたと思わせないようにしないといけない。出来る?」
「可能です。では、お店の人を眠らせればいいのですね」
「うん、お願い。私は街の人達がどうなるかと、ドリミア教会の信仰者が来ないかを見てるから。出来るだけ早く終わらせてきて」
「了解です!」
1店目のお菓子屋さんの店内にベスパは入っていった。
――お店の人を止めればお菓子は作れない。そうなれば、これ以上被害が広がらないはず。ドリミア教会から、連絡が何度も入ると思えないから、きっとお店の人が眠っていても気づかれないはずだ。
少しして店内が淡く光る。
発光が終わると、ベスパが出てきた。
「キララ様、店内にいる従業員の皆さんを眠らせてきました。このあと数時間は起きません」
「よし。次は魔造ウトサの没収を始めよう。もう場所は見当が付いてるの?」
「もちろんです。お店の裏側にある倉庫の中に保管されているはずです」
「分かった。そこから取り出せばいいんだね。ベスパ達だけで出来る?」
「はい、ここはまだ私達だけでおこなえます。ドリミア教会や領主邸、騎士団は警備が厳しいですから、私達だけでは難しいですね」
「なるほど。そうなるとディアたちと一緒にやるしかないね」
「そうなりますね。私達も大量に呼べますが『ファイア』で相殺されてしまいます。キララ様の魔力を纏えば多少は耐えられますが、キララ様の魔力消費が激しくなるのでお勧めしません。私達にもディアと同じ『魔法耐性』が付いていればよかったんですが……」
ベスパはあからさまに落ち込む。
「まぁ、適材適所があるから、そんなに落ち込まないでよ。空と陸で別れてるから得意不得意が分かれてても問題ない。それより、ビーに魔造ウトサを私の置いてきた荷台に運ぶよう早く命令して。ベスパはここにいる人から魔力を適量吸い出して依存症を軽くして」
「了解です!」
ベスパは私の命令を聞き、お菓子屋さんに並んでいる住民の首に針を刺していく。
それと同時にビーの群れがお店の裏側に向かい、大きな麻袋と共に出てきた。
『光学迷彩!』
私は恐怖心によってビーを見えなくした。
今さらだが、空中を浮かぶビーの大群が麻袋を持っていたらおかしいと気づいたのだ。
――『光学迷彩』を初めから使っておけばよかった。他のお菓子屋さんを『光学迷彩』で消しちゃえば、暴動は治まるかな……。いや、そんなうまくはいかないか。
ベスパは多くの住民から適量の魔力を吸い出していた。
全ての魔力を吸い出すと真っ黒になってしまうが、適量だとそこまで一気に変化しない。
それでも真っ白だった肌が小麦色、麦色になり……ドンドン焦げていく。
最終的には、ゲル状の瘴気を含んだ魔力になってしまった。
『べちゃっ……』
ベスパは地面にべちゃっと落ち、動かなくなる。
瘴気に犯された魔力を通りすがりの1匹のブラットディアが食べつくした。
「ディアの仲間かな。ありがとう」
そのブラットディアはディアと同様に全く悪影響を受けず、とんでもない速さで平然と去っていった。
――さっき、オリーザさんとカロネさんの2人から悪い魔力を全て吸い出したときにゲル状の魔力になっていた。でも、今は50人くらいから少しずつ吸い取ったんだよね。この街にいる人が殆ど依存症になってたら、ベスパはあと何回死ぬんだろう……。
「街の人口がざっと3万人ですから。すべての人を完治させようと思うと15000回。軽度にすると600回ですね」
ベスパは、私の後ろからぬっと出てきた。
「そんなに死ぬの。大変だね……」
「キララ様も大変ですよ。私を毎回復活させなければならないんですから。ビーを使えばもっと楽ですけどね」
「ベスパ以外でも吸い出せるの?」
「はい。ただ、その場合はビーが死にます。私は元々魔力体なので死んでも生き返りますが実際のビーはそうはいきません」
「そっか……。それじゃあベスパは、あと15000回死んでもらわないといけないんだね」
「あ、あの……。キララ様、それはさすがに無慈悲すぎでは……」
ベスパは私から離れるように飛んで行く。
「冗談だよ。きっとリーズさん達も何か対策を考えているだろうから、私達は魔造ウトサの方をどうにかしよう」
「キララ様……、冗談がきついですよ」
ベスパはホッとした表情で私の頭上に戻る。
ベスパが悪質な魔力を少量吸い取ったおかげで周りにいた人たちの騒動は止まり、少しイライラしているくらいにまで感情が落ち着いていた。
「この状態なら簡単に死なないはずです。自傷行為さえしなければですが」
「早く解決しないといけない現状は変わらないみたいだね。すぐ、別のお店に行こう。あと4店も回らないといけない。そのあとに大きな山場が3カ所も残ってる。私の魔力が持つか心配だけど、魔力の扱いはベスパに出来るだけ任せるよ」
「はい、お任せください。魔力管理なら私の得意分野ですから」
私達は1店目の騒動を何とか鎮め、2店目に向う。
私達が街中を移動すればするほど、状況が悪くなっていく。
しだいに道を行く人々が殴り合いまでし始めた。
――ドリミア教会はいったい何を考えているのだろうか。王都までこんな惨事になったらどうするつもりなの。もしかして考慮してる……。相当バカなのか、失敗しただけなのか……。こんな危険な魔造ウトサを何に使う気なんだろう。直接聞けば分かるのかな。教えてくれるわけないか。
私達は2店目に移動した。
1店目よりも騒動が激しい。
「おらあああああ!! 菓子、よこせやああああ!!」
「あぁあああああ!! お菓子、食べたいいいいい!!」
お店のガラスの扉をたたき割り、店内に侵入する者まで現れだした。
扉が無くなり、店員の顔が垣間見える。
いつからお菓子を作らされていたかは知らないが、ここまでの騒動になるとは想定していなかったのか。
きっと寝ていないのだろう『もうやめてくれ』といった表情をしていた。
「ベスパ、お店の人たちと暴動を起こしそうな人たちを眠らせて。このままだと殺し合いが始まっちゃいそうな勢いだよ!」
「了解です!」
2店舗目にベスパは入り込んでいき、一瞬発光する。
また、どこからともなくビーが集まりだし、お店の裏に入っていった。
ベスパがお店の中から出てくるのと同時にビーの大群が大きな麻袋を3袋持ち出し『光学迷彩』で消えた。
私にはビー達の姿を感じ取れるのだが、周りの人はビーに気づきもしない。
ビー達が飛んで行った方角からして、向かったのは置いてきた荷台のはずだ。
きっとベスパが既に命令しておいたのだろう。仕事が速くて助かる。
ベスパは私の頭上に戻ってきた。
「キララ様、店内の人をすべて眠らせてきました。ですが、このまま行くと残りの3店が危険な気がします」
「そうだよね。今のところ騒動だけで済んでるけど、このまま行くと暴動に変わりそうだから、ショウさんの時みたいに3店を見えないようにして時間を稼ごう。そうすれば、店から魔造ウトサを収集できるはず。ドリミア教会に気づかれるかもしれないけど、街の人たちが殺しあうよりはましだよ」
「了解です。ビー達を3店に向わせます。私達も次の店に行きましょう」
「うん!」
私達は2店目の騒動も沈静させ、3店目に向う。
「お、お菓子……。お菓子はどこ……」
「お菓子屋さんが……、見当たらない……。ここにあったはずなのに……」
「か、菓子食べたい……、食べたいよ……」
私達は景色に同化し、全く見えなくなっている、お菓子屋さんに到着する。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
続きが気になると思っていただけましたら、ブックマークや評価をぜひお願いします。
評価はこのページの下側にある【☆☆☆☆☆】をタップすればできます。
毎日更新できるように頑張っていきます。
これからもどうぞよろしくお願いします。