空気が澱んだ街
「よし、お面の準備もした。犯罪だけは起こさないようにしないと。あ、でも虫をばらまくって犯罪か。いや……私の意思じゃなくて虫たちの意思だから仕方ないよね」
私は都合のいい言い訳を考え、苦笑いする。
「虫が無意識に犯罪行為を行っても裁きようがないですから」
「そうです! 私達は食べ物を求めて移動しているだけですから!!」
ベスパとディアは虫の意思を表した。
「人の考えた法律は、人しか裁けない。皮肉だね。何も起こってなければ穏便に事を運びたいんだけど……」
「そう上手く行かないのが現実ですよね。予測と全く違う事態にすらなりえますから」
ベスパは腕を組んで考え込む。
「予想を超えてくるか下回るかにもよるけど。超えてきたら、対処法をすぐ考えないといけない。状況の把握は得意だけど、子供には厳しいな」
私達は街に向っていく。
☆☆☆☆
「何か……、いつもと雰囲気が違う気がする……」
「本当ですね。空気の質が悪いと言いますか、澱んでいます」
少し不穏な空気を放っている街に私達は到着した。
「お~い嬢ちゃん! また来たのか~。 今日は速度をちゃんと落としているみたいだな~! 感心感心」
街の門に立っているおじさんはいつも以上に機嫌がよかった。
「ど、どうしたんですか、おじさん。足元が安定してませんよ」
「ん~? いや、普通に立ってるぞ~」
おじさんはお酒を飲んだ人のようにその場に立っていられないみたいだ。
――ベスパ。おじさんの様子がおかしいのって魔造ウトサが関係しているのかな。
「はい。どう見ても、魔造ウトサによる幻覚症状ですね。どうやら兵士のおじさんは何かしらから魔造ウトサを取り入れてしまったようですね」
――ベスパ、悪い魔力を今すぐ吸い取ってあげて。
「了解です!」
ベスパは兵士のおじさんに飛んで行く。
鎧が守れていない額にお尻の針を突き刺した。
おじさんは反動で後ろに倒れ、放心状態になる。
少しして。
「う、うん……。お、俺は……うぐっぅぐうげろろろろ!!」
おじさんは盛大に吐いてしまった。
きっと体が拒絶していたにもかかわらず、魔造ウトサを大量に摂取していたのだろう。
「おじさん、大丈夫ですか! これ、お水です」
私は荷台から飛び降りて革製の水筒をおじさんに手渡す。
「あ、ああ……すまない……」
おじさんの表情は一気に真っ青になり、少し震えている。
「そんなにたくさん吐き出しちゃうなんて、少し前に何を食べましたか?」
「えっと……クッキーだったかな。ドリミア教会の信者たちが無料だと言って、配りに来たんだ」
「それで、クッキーを食べたんですか?」
「ああ……食べたな。そこから、あまり記憶がない……」
――そんな。記憶が無くなるくらい、強い幻覚作用って相当ひどい副作用が起こってるみたい。
私は兵士のおじさんに肩を貸して門の休憩所まで移動させる。
「ありがとう、嬢ちゃん……」
兵士のおじさんは木製のベッドに横たわり、目を細めていた。
「安静にしていれば、元に戻ると思いますから」
「ああ、分かった。心配しなくても、今日はもう働く気なんて起きない……」
おじさんは死ぬように眠る。
私はおじさんの生死を確認した後、荷台に戻った。
「ベスパ。今、この街はどうなってるの」
「どうやら、ドリミア教会が各お菓子屋さんにお菓子を作らせて、街の住民にばら撒いているようですね。今の街は静かですが、それは魔造ウトサの『幻覚魔法』と『精神魔法』がまだ正常に効いているからだと思われます。ただ……以前よりも効果が大分強められているようです」
「何で……、動くのがちょっと早すぎない。だって、7日前に来た時は幻覚の解けた謎を解明しようとしていたんだよ。ベスパも、少し前に『まだ原因が分かってないみたいです』って言ってたでしょ」
「街の人の依存症が解けたのか原因が分からなかったドリミア教会が考え付いたのは、さらに強力な魔造ウトサで依存症者を増やすという強行作戦だったのではないでしょうか。時間に追われたドリミア教会が、再度同じ状況を引きおこそうと行動に出たのかも知れません」
「何それ……。でも、ドリミア教会がここまで早く行動に移してきた背景として、きっと相当急いでるんだろうね。だってまだ7日しか経ってないんだから」
「そのはずです。7日前に王都からの要請があったにも関わらず、問題が発生し、無理やり遅らせた為、王都側が激怒しているのかも知れません」
「なるほど……。その線はあってそうだね。きっとドリミア教会が恐れるのは王都の偉い人達くらいだろうから、催促されて焦っているのかも」
「そうですね。このままだと、取り返しが付かなくなるかもしれません。急いで街中の様子を確認しに行きましょう」
「うん! ビー達に街の様子を随時報告してもらって。特にドリミア教会と領主の動きは知っておかないと」
「了解です!」
ベスパは街の上空へ飛んでいき、8の字に飛ぶ。
四方八方から数匹のビーが集まり始める。
ベスパが発光し、命令を伝えるとビー達は仲間をかき集めながら街の全方位へ飛んで行った。
「これで、街の情報が集まってくるはずです。少し前まで偵察していたビーの連絡によると『人の動きはそこまで活発になっていないが笑い声や挙動不審などが目立つようになってきている』との報告です」
「魔造ウトサの『精神魔法』の効果が続いている間は陽気な気分になる。その後、精神の異常をきたす。それじゃあもう……麻薬と一緒だよ。危険な粉を街の人にバラ撒くなんて。あり得ない。急ごう!」
私達は街の門を潜り、中に入った。
「ハハハハハハハハ! いや~~仕事が楽しい~~~!! もう2日も寝てないけど全然平気だわ~!!」
街の通路にいる男性が眼の下を真っ黒にしながら叫ぶ。
服もよれよれで、靴も泥まみれ。
きっと溝にはまったのだろうがお構いなしに走っている。
「ルンルンルンルン! またこんなにいっぱいお菓子買っちゃった~~! でも仕方ないよね~~! 美味しいんだもん~~~!!」
街の道を行く女性が、頬の骨が見えるほどやせ細っているにも関わらず、バスケットに大量のクッキーや焼き菓子を入れてふら付きながら歩いている。
「うろぅ……グオロロロ。く、く、クッキーを……食べなければ。ハグ……。く~~~!! きく~~~! シャ! これで一週間寝なくても頑張れるぞ!!」
地面にへたり込んでいた男性が嘔吐しながらも、ズボンのボケットからクッキーの入った袋を取り出し、貪り食う。
立ち上がった男性は目を血走らせ拳を天高く突き上げた。
「な、なにこれ……。どうなってるの……」
「皆さん。自身がどうなっているのか分かっていないようです。とりあえず、オリーザさんのパン屋さんに行ってみましょう」
「そうだね。2人が苦しんでいたら助けてあげないと。今、目の前にいる人達も魔力を吸い取ってから、眠らせてあげて」
「了解です!」
ベスパは他のビー達に命令し、共に光りながらふら付く人たちに飛んで行く。
「レクー、オリーザさんのパン屋さんに行くよ! 人の行動が予測できないから、慎重にね。人がいきなり飛び込んでくるかもしれないから」
「はい! 分かってます!」
私はレクーを走らせて朝一番にパン屋さんに向った。
「嘘……、誰もいない。いつもは凄く長い行列が奥の方まで伸びてるのに。あと、何でパンの焼けた匂いがしないの。きっとオリーザさんに何かあったんだ」
私は荷台から飛び降りて地面に着地する。
そのまま走り、私はパン屋さんの扉をすぐさま叩く。
「すみません! すみません! オリーザさん、いますか!」
「…………」
返事が返って来ず、全く音がしない。
「オリーザさん……」
私はパン屋さんの扉を少し押すと、鍵が開いていた。
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