アイドル、キラキラ・キララ(本名:田中真由美、年齢:二一歳)
「キララさん、本番まで少し待機でお願いします!」
テレビ番組のディレクターさんが大きな声で私に伝えて来た。
「は~い、わかりました!」
私の名前はキラキラ・キララ(本名:田中真由美、年齢:二一歳)
今、私はふつつかながら日本のトップアイドルなんです。
――いやぁ、自分でトップアイドルとか言うとかなり嫌な奴だな……。
一応、日本中のアイドルファンの皆さんは、私に投票してくれたみたいです。トップアイドルなんて言うのも、ランキングで一位になってしまったから、そう言っているだけなので、どうか私のことは嫌いにならないでください。ほんと、私自身全くそんな自覚無いんですよね。
アイドルとしては、もう結構な歳だし……。
今日の撮影は蜂退治のプロに助手として参加するテレビ番組の仕事……。
私のマネージャー兼、自称トッププロデューサーのグラサンは言いました。
「虫が好きなアイドルってなかなか面白いだろ! これは行けると思わなか! な! キララ!」と発言した日から……数日と経たずに決まった撮影です。
私自身、別に虫が嫌いと言う訳ではありませんでした。
別に、面白いとも思っていませんでしたが……。
私はずっと流されて生きてきた性分なので、ガツン! とグラサンに意見を言いません。
ほんとは……。
「面白くないだろ!」と言いたかったんですけど。
「あ~あ、どうして私ってこうなんだろ。もっと自分の思っている感情を口に出していればよかったのかな……」
待機所として使われた市民会館の一室に置かれていたパイプ椅子へ、私は座りむ。
ひんやりとしたプラスチック製のテーブルにほてった頬を付け、私は今までの人生を思い返していった。
私の人生は、今、最高潮にある……と思う。
でも、思うのだ。私のしたかった仕事は、アイドルだったのかと。
今、現在。ただアイドルとして生活をしているだけで、私の本当の気持ちを置いてきぼりにしている気さえする。
私の人生は、周りに流される日々だった。
幼稚園時代に男の子と鬼ごっこをしたり、仮面ライダーごっこをしたり、と男の子っぽい遊びをするのは、私にとって普通の日常だった。
外で木の棒を使って戦ったり、鉄砲の玩具で遊んだり……。周りから見たら私を女の子だと誰も思わなかっただろう。
春・夏・秋・冬、いっつも半袖短パン……。幼少期のころはもうポ〇モンに出てくる短パン少年そのもの。
でも、お母さんに『もっと女の子らしくしなさい!』と言われたときから何か、違和感を覚えて生きてきた。
お母さんから言われたように……、私は幼稚園で他の女の子と絵を描いたり、おままごとをして遊ぶようになった。
実際、何が面白いのか、わからなかったけど……。
でもお母さんに言われた通り、私は出来るだけ多く、他の女の子と遊ぶようにした。
小学校、中学校、高校、私は周りの意見に流されながら生きてきた。
本当は文化部に入りたかったのに、私の体力テストの成績がめっぽう良いから、という理由で陸上部の先生に『うちの部活に入らないか?』と言われたときも断らず了解した。
知り合いにアイドルになれば絶対に人気になれるよと言われ、芸能界に少しは興味があったが……、別にアイドルがやりたいわけではなかった。
ただ、お母さんが勝手に『あなたは可愛いから、アイドルのオーディションに応募しておいたから』と言われ、オーディションにしぶしぶ出場したら……なぜか受かってしまったのだ。
本当にアイドルがしたくてオーディションに人生を懸けている人の気持ちを考えると、申し訳なく思ってしまう。
それでも今、私はアイドルとして活躍している。
なぜか? 理由は簡単……。
辞め時を見誤ってしまったのだ。
アイドルの寿命はとても短い。虫の一生かと思うほど本当に短い。
『女の魅力……? それは若さだ!』と言わんばかりにアイドル達は日々、腐るほど誕生している。
私も先代と同じように数年間アイドルを続けてすぐ引退し、別の仕事を探そうと思っていた。
しかし、私の流される性格はテレビ業界の求める使いやすいアイドル像に、ぴったりはまってしまったらしい。
私は流れる水のようにテレビ業界の関門を突破していった。
アイドルグループを脱退した後も、そこそこ人気なソロアイドルとして活躍できるようになっていた。
固定層ファンも増え、老若男女問わず日本中に知られる人気タレントとしてもテレビで見ない日は、なくなってしまった。
嬉しい誤算なのか、悲劇なのかはわからない。
ただ今言えるのは「私はアイドルの仕事を本当にしたかったわけではない」ということだ。
「キララさん! 準備できました。大変お待たせしてしまい申し訳ありません〜!」
ぽっちゃりと太ったディレクターさんは大きな雫を額に浮かべ、ペコペコと謝ってくる。暑い季節なのにたくさん走らせてしまって申し訳ない。
「大丈夫ですよ。毎日仕事で、ほとんど休む暇もなかったですから、ちょうどいい休憩になりました。ありがとうございます、今日はいい撮影にしましょう!」
私はディレクターさんの手を優しく握り満面の笑みで元気を与える。これがアイドルの仕事だ。
「そ、そそそそうですか。それなら良かったです。ではこちらへ」
ディレクターさんはもとから赤面していたが、さらに赤くなっていき、ゆでだこのようになった。
ーー今日の撮影が終わったら、休みが久しぶりに取れているんだ。絶対に溜め込んだアニメと漫画を見まくるぞ!
『私の青春はまだ始まったばかりなのだ!』
いったい、なぜこのようなことを思ってしまったのか。
大体の皆さんは想像できたでしょうけど……これはフラグです。
「それじゃあ、本番行きます。三、二、一」
私はカメラ目線で、いつものように仕事を始めた。
「皆、こんにちは! 今日はキララのお仕事チャレンジ、第八八弾! 今から、とっても怖い蜂さんの退治に挑戦するよ。キララ……、すっごく怖いけど、きっと成功させて見せる。皆。キララをいっぱい応援してね! 皆の応援がキララのエネルギーになるから!」
――はぁ……疲れる。いったいどこの層にこんなぶりっ子キャラが受けるんだろうか。私、このキャラのまま生きてくの。さすがにきつすぎる……。
「カット! それじゃあ、キララさん、防護服に着替えましょうか」
「了解です!」
私は蜂専用の防護服を身にまとい、仕事の続きを始めた。
つるつるで真っ白の防護服。
カメラに映る防護服を着た私が遠目から見たらちょっと宇宙飛行士みたいでテンションが上がった。
「キララ! お仕事モードに変身したよ。それじゃあ、蜂さんのお家に、レッツゴー!」
蜂プロさんの仕事を私も一緒に手伝うという企画のため、蜂達の飛び交う巣に、接近する予定だ。
ただ撮影の前日はものすごい大雨だったらしい。そのため、地面がぬかるんでおり、とても滑りやすい状態だった。
防護服を着ているため足元を見られなかった私は、移動中に盛大に転んでしまった。
「うッうわぁ! いてて……。えへへ……、キララころんじゃったー。てへっ!」
――この年になって、ドジキャラは厳しい。そして普通に転んでしまったのがめっちゃ恥ずかしい……。どこか隠れたい。
この時、私は気づいていなかった。
盛大に転んだため、お尻部分の防護服に切れ目が入っていることに。
どうしてみんな教えてくれなかったのか。
きっと、泥で汚れて見えにくくなっていたのだろう。
カメラの特性として私がカメラを向いているいじょう、後ろ姿は撮りにくい。
だから誰も気づかなかったんだと思う。
私は破れた防護服のまま撮影を続け、とうとう蜂の巣を取り除く作業に入った。
既に蜂は私の目の前をブンブン飛び回っている。目の前を飛び交う蜂はオオスズメバチだ。
オオスズメバチ達は大音量の羽音を私の周りで鳴らしている。加えて顎をカチカチと鳴らし、威嚇してくる。あの顎で多くの虫を肉団子にしているのだ。彼らは「お前ら! 女王様を殺すなら肉団子にしてやるぞ!」と言わんばかりに怒り狂っていた。
いったい何匹いるのか、数えるのも難しい。
顔の前はネット状になっており、蜂が入ってこれないようになっていた。
でも多くのオオスズメバチが今現在、私の目の前にいる。
大きな毒針を出し入れし、私の柔肌にブッ刺そうとしているのだ。
――確かに、オオスズメバチにとって大事な女王様を守らなければならない。いや……守るという忠誠心があるのだろう。
でもこちらも仕事なのだ。ここら一帯の子供たちを守るために駆除を停止することは出来ない。
そう、教えてくれたのは蜂プロの皆さんだ。
休憩中に色々な話をしてくれた。それはもう凄い話の連続だった。
駆除作業をしていると私の感覚は段々とマヒしていき、何も感じなくなっていた。
でも、考えられるだろうか。トップアイドルにオオスズメバチの巣を駆除させるなんて。グラサンプロデューサーだけはやっぱり許せないかも。
カメラは私の持ち上げたオオスズメバチの巣に寄っている(ズーム)している。
「やった~、オオスズメバチの巣を退治したぞ!」
そう言って、オオスズメバチの巣を高々と持ち上げた時だった。
「痛い!」
私の太ももに激痛が走る。痛すぎて、その場に座り込んでしまった。
痛くて、痛くて、仕方がなかったが何とか立ち上がろうと目を開けた時……。
目の前に八匹の巨大なオオスズメバチ。
世界最大級のスズメバチが私の着ていた防護服の破れた部分から入り込んでいたらしい。
私はスズメバチを見た瞬間にパニックになって周りの声が全く聞こえなくなってしまった。
慌てふためいていなければ……、助かっていたのだろうか。
そんなことを考えても今更か……。もう、何回刺されたか、わからない。
意識はどんどん遠くなり、濡れた地面に私は倒れこんでしまった。
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