大きな卵を交渉
「やっぱり美味しいですね。この乳は……。ただ温めて飲むだけでこれほど美味しいなんて、品質のいい食材を探し求めて早10年。ここまで品質のいいモークルの乳と出会った覚えはありません」
「そう言ってもらえると嬉しいです。やっぱりお菓子作りには必要不可欠な食材ですよね」
「そうですね。ただ、僕の店では使っていませんでした。僕の求める品質に合ったものが無かったからです。代わりにモークルの乳から作った油を使っていました。こちらはギリギリですが使う気になれたものを使っています。ですがもう悩む必要はありません。キララさんの牧場で取れたモークルの乳を使えば万事解決です。そうだキララさん乳油も販売してくれませんか!」
――乳油……? バターのことかな。確かにバターを作れたら料理の幅が広がる。パンにも塗れるし。でもまだ作ってないんだよな。すぐ作れると思うんだけど、工程がいかんせん長いから、手間取っちゃう。
「すみません、まだ乳油は作っていないんです。これから作っていく予定なので、完成した際には必ず報告しますね」
「そうですか……、分かりました。では楽しみに待っています。今、金貨五枚を持ってきますね!」
牛乳を飲んで落ちついたのか、ショウさんは未来を見据える余裕が生まれたようだ。
ショウさんは椅子から立ち上がり、駆けていく。
「うぐうぐ……、ふぅ~」
私はカップに残った牛乳を一気に飲み干す。
――あ……。荷台に置いてある卵どうしよう。ベスパは今いないし……。仕方ない自分で取りに行くか。
私は椅子から降りて、部屋の扉についている取っ手を握る。
開けようとした時にショウさんが丁度入って来て、私とぶつかった。
「いてて……」
私は後ろに倒れ込み、尻もちを盛大についてしまった。
「すみません。大丈夫ですか、怪我とかはしてませんかね」
「はい、大丈夫です」
「そうですか、それならよかったです。どこか行こうとしてたんですか?」
「もう1つ見せたい食べ物がありまして。購入していただけないかなと……」
「見せたい食べ物?」
私はお店から出るために立ち上がり、ショウさんの横を通る。
そのまま入口に向い、私は入口の扉を開けた時に思い出す。
今、お店は消えているのだと。
気づいた時には遅く既に扉は開かれていた。
私はすぐ飛び出して扉を閉める。
後ろを振り向くと看板とお店は見えなくなっていた。
すぐそこにビーがいるのだが、全く分からない。
私は感覚で分かるが、きっと普通の人なら誰が見てもただの壁だと思うだろう。
「こんなにすごかったんだ……。って……やば」
私は改めて光学迷彩の凄さに驚いた。
ウシ君もいまだ健在しており、周りを騎士の人達が覆っている。
そんな状況下で私が現れたものだから、周りは一種の混乱状態に陥っていた。
「そこの少女! いったいどこから入った! 危ないだろうが! 早く逃げろ!」
騎士の1人に怒鳴られ、私は瞬時に演技を行う。
「はわわわ……。こ、怖い……、怖いよぉ……。うぅぅ……ま、ママ……」
ウシ君に見えているのはビーなので襲っては来ないが、慣れ合える相手でもないので周りにいる群衆目掛けて、私は走る。
「はぁはぁはぁ……、街でモークルが暴れてたら、流石に騎士団も出てくるか」
私は人の隙間を掻い潜り、レクーのいる場所を目指す。
――騎士団が攻撃を始める前に移動させた方がいいかな。ベスパ、ウシ君を移動させられる?
私は心の中でベスパに話しかける。
「可能です。どのように移動させましょうか?」
ーーそうだな……。跳躍して、いろんな店の上を走り回ってもらおうかな。そうすれば攻撃もしづらいし、人の注意も引けるでしょ。
「分かりました。ではキララ様の言葉通りに動かしますね」
ベスパとの連絡が切れるとウシ君は動き出した。
「な、なんだこいつ。いきなり動き出したぞ!」
「街の住民は離れろ、決して近づいてはいけない!」
ウシ君はその場で円を描く様に旋回したあと、ショウさんのお店があった方向を向き、走り始める。
「あいつ、そのまま行ったら壁に激突するぞ」
「それでいい、自ら傷を負ってくれるのならこちらとしてもありがたいだろ」
ウシ君は壁に当たる直前、一気に跳躍してお店の上に移動した。
多くの騎士が口を閉じられない様子で眼を見開いている。
言葉も出ないのか、呆然と立ち尽くすだけだった。
ウシ君は店の屋根をつたいながら、走る。
「ちょ……。ちょっと待て! 全員追いかけるぞ!」
「りょ……了解!」
騎士団は住民に道を開けさせ、ウシ君を追っていく。
「よし、何とか上手く行ったぞ。このまま私の交渉が終わるまで逃げ続けてもらおう」
私はレクーのもとに急ぐ。
「はぁはぁはぁ……。卵をショウさんに早く見せないと」
私は荷台の後ろに回ってはじっこに置いた木箱をそっと持ち上げる。
「キララちゃん、大丈夫? さっき『何かが暴れてる』って騒ぎが起こっていたんだけど」
メリーさんは私を心配してくれたようで声を掛けてくれた。
「はい、何も問題ないですよ。ちょっと走りつかれましたけど。あと少しで交渉も終わりますから、もう少しだけ待っていてください」
「時を待つのは得意だから、いくらでも待っているわね」
メリーさんは微笑み手を振ってくれた。
私も手を振り返したかったが両手で木箱を持っているので出来なかった。
小さく会釈だけして私は足早にショウさんのお店に戻る。
足下に気を付けて歩く。
もし石にでも躓いて転んだら卵が台無しだ。
前方向、足下を交互に確認しながら進む。
人込みは既に解消されており、普通に歩けるようになっていた。
「大丈夫、私は転ばない……。そんな簡単にどじを踏むような人間じゃな……、ぅわぁあ!」
私はこの世界でも簡単にどじを踏む人間だった。
何も無い地面に足を取られ、前かがみに倒れ込む。
両手に持っていた木箱は空中を舞っている。
地面に顔面から倒れる私は最悪を想定した。
今の私には木箱が落ちる前に飛び込んで割れないよう受けるという高等技術を持ち合わせていない。
きっとシャインならば容易に出来てしまうだろう。
地面に顔を擦りつける痛さと卵を無駄にしてしまった罪悪感が、私に押し寄せる。
「へブ……」
私は情けない声を出して地面に突っ伏した。
泣きそうになりながら、力を振り絞って顔を上げる。
「だ……大丈夫ですか、キララ様」
「べ、ベスパ……。はぁ、よかった……」
戻ってきていたベスパが木箱の下に入り、頭で支えていた。
どうやら、卵が地面に落ちるのを防いでくれたようだ。
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