お菓子の奪い合い
私の視界は街並みの風景から、人の頭に変わった。
「こっちに渡せよ!!」
「これは私のよ!!」
「おい!! まだなのか!! さっさと食ねえと死んじまいそうなんだよ!!」
「クッキー1枚でいい! 速く売ってくれ! な! おい、それは俺のクッキーだぞ!!」
「先に買った者勝ちだ! とろいんだよ!!」
――なにこれ……。
「見てもらっている通りですよ」
私の視線の先で多くの人がお菓子を奪い合っている。
店員さんは疲れ果て、倒れている人すらいた。
忙しすぎて助けすら呼びに行けないのか、店員の1人減った状態でお店を回していた。
――ショウさんはいるの?
「はい、おられますよ。様子を窺いましょうか?」
――うん、お願い。
ベスパは少し場所を移動し、ショウさんのいる調理室に向かった。
「早く小麦粉を持って来て! ベリーも! あ~~! どうなってるんだ、こんなの聞いてないぞ!」
ショウさんは、ボウルと泡だて器を持ち、思いっきり混ぜている。
ほかのパティシエさん達もせっせと働いているが、注文に全く間に合っていない。
――ショウさんの言動から察するに、きっとこの状況は想定外なのだろう。売れても売れても人が入って来るから、休む時間がないんだ。さすがに休まないともっと人が倒れちゃう。ベスパ、他の場所にお菓子屋さんはないの?
「え、他のお店ですか……。ありますけど、どうするんですか?」
――何店舗あるの?
「えっと、大小含めて5店舗あります」
――それじゃあ、その5店舗にビー達を向かわせて外観を『光学迷彩』の応用で『ベリーズ・スウィート』に見せかけてくれる。あと、本物のお店は『光学迷彩』で見えないように覆って隠して。
「なるほど、違う店を『ベリーズ・スウィート』にして客を移動させるんですね」
――そう。素面の思考なら引っかかる人はいないだろうけど、みんな気が動転してる。上手く行くかも知れない。
「了解しました! キララ様、今すぐお店の中に入って来てください。店の中にウシ君の映像を流し、客を追い出すのでその隙に」
――なるほど、頭いいね。
「キララ様ほどじゃないですよ」
ベスパの顔がニヤついているとすぐに分かってしまうのは、やはり私のスキルなのだなと実感する。
「レクー。私は、あのお店に行ってくるから、子供たちをお願い!」
レクーは頭を縦に振り、人気の少ない所に移動する。
私はお店から少し離れた所で、人がお店から出てくるのを待つ。
――ベスパ、お願い。
「了解しました。まずウシ君の激怒した映像をウシ君の形を模ったビー達に映し、店内に出現させます」
「ムオ~~!! フーーーフーーーフーーー!!」
(俺のミルク(雌モークル)をどこへやった! ぶっどばすぞごらーー! さっさとやらせろ!)
「な! 何でこんな所にモークルがいるんだ!!」
「しかもオスじゃねえか!! 逃げろ!! 殺されるぞ!!」
お店から大量の人が飛び出してきた。
私は両手をほぼ肩幅に離して地につけ、両足を前後に開いてかがんだ姿勢を取る。
「よ~~い……どん!」
私は人の隙間を掻い潜るように走り抜ける。
私には力はないが運動神経は結構いい方なのだ。
ショルダースカートを着ているので、激しく動いてもズレ落ちずとても走りやすい。
お店の中に残った人を追い出すために、入り口からウシ君の姿が現れた。
「うわ……こっわ。ありゃ、誰でも逃げるわ」
「ブロ~~~~ン!! ブルーーーー!! ブルルーーーー!!」
(ミルク! どこだ! 愛しのミルク!! おい! 誰も俺のミルクとやってねーだろーな!!)
「キララ様。店内からお客さんは全ていなくなりました」
――分かった。私が店の中に飛び込んだ瞬間、お店を消して他の5店舗を『ベリーズ・スウィート』に見せかけて。
「了解です。ウシ君は店の前で見張らせておきましょう。少しは時間が稼げるはずです」
――そうだね。でも、私が飛び込む時は分散させてよね。私、また気絶しちゃうから。
「大丈夫です。すでに、キララ様が近づけば分散するよう指示してあります。その後、また元に戻りますから」
――そんな高度な連携がとれるんだ。なら、思いっきり飛び込んでもいいんだね。
「はい、扉があるので気をつけてください」
――なら、私が飛び込む瞬間に開けて。
「了解しました」
「ブルルーー、ブルルーー」
(チ……チーズ……。違うんだ……。さっきは、なんかよく分からないんだけど……言わされて)
「はぁあ~~! てりゃあ!」
私は誰もいなくなったお店の入り口に向って、全力で疾走して飛び込む。
ウシ君の映像は一瞬で散り散りになり多数のビーが現れたので、私は目をすぐさま閉じる。
自分がどこにいるのか分からなくなり、店内に入るころには顔面から床に衝突したあと、すこし滑り停止した。
両手両足がパタッと床に着いたところで、私は全身から魔力が一気に無くなる感覚を味わう。
――うぅぅ……気持ち悪い。完全に魔力の使い過ぎだ……。ベスパ……どれくらいの魔力使ったの……。
「ざっとキララ様の体内にある80%の魔力を消費しました。5店全ての外装をこの店と全く同じように見せかけています。加えて、この店は今、周りの建物と同化しレンガの壁のように見えているはずです」
――そ……そう。どれくらいの時間もちそう。
「キララ様の魔力回復は尋常ではないほど早いので、半永久ですね。ビー達に停止を命令していただかないと、ビー達は寿命尽きるまでその場にい続けてしまいます」
――1日で十分でしょ……。えっと、外にいた人の動きはどうなってる。
「皆さん困惑していますが……、ちらほらと気づき始めたようです」
「おい! 店はどこに行った! ここにあったはずだろ!」
「あっちに、店があるぞ! 俺達が間違ってたんだ!」
「こっちにもあるぞ! 他の人に先を越されるな!」
店の前にいた人たちは5店に気づき、一目散に走る。
「だ、大丈夫ですか、お客様……」
店員さんの1人がうつ伏せで倒れている私に話しかけてくれた。
「大丈夫です、魔力を少し使いすぎただけなので」
私は腕の力を使って体を持ち上げようとするも、なかなか起き上がれない。
「そうですか……。それなら良かったです……」
店員さんは体から魂が抜けたように、その場に座り込んでしまった。
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