音速を超える
「それでは、地面に軟らかい物を出来るだけ敷き詰めて、大きめのカーペットかシーツを用意してください。それを4方向に引っ張って、落ちてくる教官を待ち構えます」
「でも……、さすがに無理なんじゃ」
ロミアさんは不安そうな顔をしている。
「はい……、気休め程度にしかなりません。でも何もしないより100倍助かる確率は上がります。8888メートルの上空は空気が凄く薄いはずです。体調が相当悪いはずなので急ぎましょう、ほっておいたら死んでしまいます」
「わ、分かった。急ごう」
トーチさんもやっと動き出してくれた。
私はどこへ教官を落とすのかを考えた。
「やっぱり広い所の方がいいよな。少しズレるかもしれないし。今のベスパが私の命令をちゃんと聞いてくれるのか確証も無い」
丁度この時間、誰も使っていないグラウンドに教官を落としてもらうことにした。
「皆さん、グラウンドで教官を受け止めます。準備してきてください」
「了解です。それじゃあ、すぐ持ってきます」
4人は駆けていく。
私はベスパに落とす位置をつたえる。
「いい、ベスパ! 私の立っているこの地点に教官を落とすんだよ」
「了解。移動します」
私が空を見上げると、あまりに快晴だったので息を呑む。
雲一つない、あるのは比較的小さな浮島だけ。
その為、8888メートル先にいるベスパ達はチカチカと輝いていた。
きっと翅に反射した光が私にとどいているのだろう。
もう1つ、脚を大きくばたつかせ、鎧の光沢がまばらに光って見える物体がいた。
――あの人、教官か……。そりゃあの高さで空中に浮いていたら怖いだろうな。怖いなんてものじゃないか、一生のトラウマになってしまうだろうな。
私はクマと蜂にトラウマを持っているが、他人にトラウマを植え付けた覚えはなかった。
その為、ちょっとした罪悪感に苛まれている。
「ごめんなさい、トラウマを植え付けてしまって」
私は平謝りし続けた。
「キララちゃん。色々と持ってきたよ~」
ロミアさんは両手いっぱいに軟らかそうな掛け布団をもってきた。
その後ろから、マイアさんは敷布団、トーチさんは枕、フレイさんは広めのカーペットを持ってくる。
私の指定した場所に持って来てもらった物を敷いていき、少しでも高さを作る。
「これでいいと思います。地面に叩きつけられるよりはましですよね」
私の腰ほどまで積み上げられた布団たちは、少し心もとなかったがこれ以上やっても効果はあまり期待できない。
――あとはベスパを信じるしかない。
4人にカーペットの両端を持ってもらい、同じ強さで引っ張ってもらう。
トランポリンの応用で落下の力を少しでも弱める作戦。
多分意味は無い、気休めだ。
「それでは、皆さん。覚悟してください」
「わ、分かった……」×4
――ベスパ、落として。
「了解」
発光体から何かが落とされた。
それと同じ速度で発光体も動き始める。
――ベスパ、空気抵抗があるから、落下地点がズレるんよね。
「心配ありません。空気の抵抗は魔力でほぼゼロになっています」
――え、それじゃ……。どうなるの。
「ただいま、8888メートルから落とした人物はあと40秒で地上に到着します」
――40秒って早すぎない。だって8888メートルだよ。9キロメートルを40秒って……どんな速度なの。
「秒速417メートルの速度で落下します。私は秒速420メートルで移動する予定です。キララ様は危険ですから離れていてください」
――ちょ! さらっと言ってるけど! それ音超えてるよね! 今、音を超えようとしてるの!
「音がどれほどの速度か知りませんが、我々は魔力ですから何の問題もありません。ただ人の場合は気絶する可能性が高いです。キララ様、この人物を一瞬で止めるか、数秒かけて止めるか。どちらにいたしますか?」
――え……何か変わるの?
「我々ならば限りなくゼロに近い速度で止められるはずです。その場合、確実に人物は圧死するでしょう。この人物の重さが70kgの場合、一瞬で停止すると4036Gの圧力を受けますから282,568キログラムつまり282トンの重さが男にのしかかります。即死です」
――な! だから殺さないでって言ってるでしょうが! 死なない程度にちゃんと止めて!
「了解しました。では落下5秒前から減速を開始します」
「なんか落ちて来たぞ! もしかしてあれが教官か!」
「ほんとだ! めっちゃ早い! どうなってるの」
「あれ……止められるの」
「ごおぁぁあああああああああああああああ~~!!! じぬ~~!!」
空中から情けない叫び声が聞こえ始めた。
――この声、教官だ。そりゃ怖いよな……。もしかしたらブラックベアーより怖いかもしれない。
「来るぞ! 皆、準備しろ! 思いっきり引っ張るんだ!」
4人はカーペットの端を千切れそうなほど、強く引っ張る。
「残り10秒で地上へ到着します。キララ様は離れてください」
――わ、分かった。
空には光の軌跡が浮かび上がり、真下へ向かっていた。