怒り気味の教官
「あ……あの。私、今日は飲み物を持ってきたんです。よかったら試飲して感想を貰えませんか?」
私はロミアさんに問いかけを遮るように提案した。
「え? 飲み物……。水、コーヒー、紅茶、意外に何か飲み物ってあった?」
「モークルの乳なんですけど、一度飲んでみてください。きっと驚きますから」
「モークルの乳! あんな臭い飲み物飲めるわけ無いでしょ! 王都でもありえないくらい高いのしか売ってなかったわよ」
フレイさんは普通のモークルの乳を想像しているらしく、反発してきた。
「まぁまぁ……そう言わずに一口だけでもお願いしますよ」
私はビーたちに命令して牛乳瓶を1本ずつ4人の手元に移動させた。
――確かに、ビーの姿が見えないと浮かせてるようにしか見えないな……。羽音もなぜか消えてるし。スキルのお陰か私にはビーが透明でも『そこにいる』と感じちゃうけど。私にも見えなければよかったのに。
牛乳瓶を受け取った4人はふたを開け、中を覗き込んだ。
「うわぁ~白い。真っ白だよ~」
「ほんとですね。白色の塗料よりも白いです……」
「悪臭もしないな。無臭……ではないがほんのり乳本来の匂いが香っているぞ」
「ほんと……、確かに臭くないわね」
4人は息を合わせて牛乳を口に運び、喉へ流し込んだ。
「ん~~~~~まぁあああ!!」×4
私は欲しかった感想を言ってもらい大満足。
「なにこれ、なにこれ~! 美味しすぎるんですけど~!」
「凄いです。こんなモークルの乳を飲んだ覚えありません!」
「これはほんとにモークルの乳なのか、疑わしくなってきたぞ」
「あ……、ありえないわ。この私がモークルの乳ごときで美味しいと感じてしまうなんて」
――皆さん、感想はそれぞれだけど牛乳を美味しそうに飲んでくれた。いろんな人が美味しいって思える商品なんだ。よかった、それならどこに出しても恥ずかしくない。
「そうですか、良かったです」
その後、もっと欲しいと言われあげるか迷ったが、あまりにも要求してくるので再度1本ずつ渡す。
何とか落ち着いてくれたのか、4人は手持ちの銀貨をそれぞれ2枚ずつ私に渡してくれた。
「あの、いいんですか? 試飲のつもりで渡したんですけど」
「いいのいいの、どうせ取っておいても使い道ないし~。めっちゃ美味しかったし~。これは私達の気持ちなんだよ~」
ロミアさんは嬉しそうに、その場で跳ねる。
「あ、ありがとうございます。従業員の特別手当にしようと思います」
「おい! そこのガキと騎士4人! ここで何をしている! お前たちは鍛錬の時間だろ!」
私達の後ろから大きすぎる声でいきなり叫ばれる。
「きょ、教官! 只今、迷子の子供を保護しておりました!」
「我々が鍛錬に向う途中に遭遇した為、子供を優先せざるおえませんでした!」
「マイアの言うとおりにございます! 我々は騎士、子供を保護するのも使命にございます!」
「子供を保護施設へ送り届けたのち、我々は鍛錬へ向かおうと思っております!」
4人は一瞬で連携を取り、あたかもそうであるかのように話を繕った。
――私も一芝居うたなくては……。
「ひっグ……うぅぅ……ごめんなさい。私……どこにいるのか……分からなくって……」
「おい、ガキ。ガキがこの中に入れるわけねーだろうが。大人を舐めてるのか!」
――え、私渾身の泣きまねが効いてない……。子供の泣き落としに同情しないなんて、心が廃れてるんだな。この後どうしよう……。
「きょ、教官この子は物資を運んでいるんですよ。ですからこの建物にいてもおかしくありません。保護施設に向う途中で物資保管庫に連れて行きます」
「物資だと。このガキが運んでいるのか……。怪しいな……」
教官と呼ばれているその人は大分お疲れのようで、眼の下には黒いクマが出来てしまっていた。
一歩ずつ危険を確かめながら、私達のいる方に歩いてくる。
そして私の前に立った。
「やっぱりおかしい……。今日、俺は物資を搬入していないはずだ。おいガキ、どこの差し金だ!」
教官は私の胸ぐらをつかんで、持ち上げる。
「うぐ……」
「きょ、教官! 子供ですよ、放してあげてください!」
「黙れ! 上官に口答えするな!」
『ドサッ』
私の後ろで何か重たい物が落ちる。
それと同時に私も硬い床にお尻から落ちた。
「痛たた……、あれ、教官さんは……」
私は後ろを振り向くと、そこにいたはずのベスパとビー達がいない。
「まさか……」
私の背中に怖気が走る。
すぐ隣にあったはずの窓ガラスと建物の壁が割れており、人間1人、丁度通り抜けられる大きさだった。
――ベスパ! ベスパ! 今どこ! まさか、何もしてないよね!
私はこの場にいないベスパが上官に何かしたのではないかと考え、心の中で話しかける。
「キララ様、もう安心してください。危害因子は我々が排除いたします」
ベスパにしては余りにも淡々とした口調、能天気な性格からは想像も出来なかった男勝りな低い声に私は驚いてしまう。
――ベスパ! 今どこにいるの!
「我々は今、上空8888メートル付近を浮上しております。仲間の数は1万。皆で食い殺せば、血液の一滴残らず消し去ります。キララ様に危害を加えるこの生き物はこの世界から消し去りたいと考えております。実行してもよろしいでしょうか」
――駄目に決まってるでしょ! 何、考えてるの!
「では、我々は今から何もせずこの生き物を放り投げます。この高さから落ちれば助かる見込みはほぼゼロですが、この生き物が神に好かれていた場合、生き残れるでしょう。実行してもよろしいでしょうか」
――だからダメだって! 早く教官を連れて戻ってきて!
「ただ戻るだけでは、キララ様の危害因子を取り除けません。何かこの生物に罰を与えなければ」
――おかしい……、いつもなら『了解』と言いながら私の命令に従ってくれるのに……。初めて命令を拒否された。でもどうしよう、ベスパの気を晴らさせて教官を傷付けない方法。今、ベスパ達8888メートルにいるんだよね。ストレス発散と人生観を変える体験でもしてもらおうか。
「ベスパ。教官をその場所から落としたら、地面ギリギリで受け止めて。浮島をちゃんとすり抜けるように落とすんだよ。それと、もし教官を殺したら私も自分で死ぬから。いい、分かった? ちゃんと私が合図してから落とすんだよ」
「…………了解」
ベスパは少し考えた様子で、遅れはしたが私の命令を聞いてくれた。
「キララちゃん……。いったい誰と話してるの……」
「さあ、分からない。私たち以外には誰もいないし」
「教官がいないのを察するに、キララちゃんが何かしているんだろう」
「教官を浮かせてるのかしら……」
――万が一に備えないと……。少しでもやれる対策は何かないかな。
「すみません! 皆さん、手伝ってください!」
「え、何……いきなりどうしたのキララちゃん?」
私はその場にいた4人に今、上空8888メートルに教官がいると話した。
反応は驚くと疑うの2つに分かれた。
私のスキルが誤作動し、教官を遥か上空へ飛ばしてしまったと説明するのだが……。
「いやいや……、さすがにその高さまでスキルが作用するわけないだろ。言うなれば、攻撃を8888メートル先から放てるようなものじゃないか。そんなの不可能だ。魔導士でも『ファイア』を100メートル飛ばせたら凄いんだぞ」
トーチさんはスキルの特性を説明してくれるのだが……、実際に起きているのでどう説明したらいいか分からない。
「そうかもしれないですけど、本当なんですよ。このままだと教官が死んでしまうかもしれないんです」
「あの教官が死んだら、この騎士団に所属している皆は喜ぶと思うよ。相当嫌われてるからね、あの教官。皆、教官の後ろについている教会が怖くて何も出来てないだけ。多分、ほっといてもいつか誰かが教官を刺殺すんじゃないかな」
ロミアさんは苦い顔で教官の悪用を語った。
それを聞いてマイアさんとフレイさんは少し暗い顔で尻込みする。
ただ、2人は一度考えて顔を上げた。
「何を言っているんですか2人とも。私達は腐っても騎士なんですよ。例え相手が卑劣極まりない教官だったとしても、助けるべきです」
「マイアの言う通りだわ。教官が死ねば私達に疑いの目が掛かるかもしれないし。この騎士団で出世するのも難しくなるはずよ。逆に、教官を窮地から救い出せば大出世も夢でないわ。キララちゃんは『多分死なないだろうけど、万が一に備えて』と言っているのよ。元から助ける算段はあるんだわ。私達はその算段の駒になればいいのよ。そうすれば丸く収まるはずよ」
マイアさんとミリアさんはめんどくさそうにしているロミアさんとトーチさんを引っ張り、私の方に寄ってきた。
どうやら、教官を助けるのに協力してくれるみたいだ。
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