試飲用の牛乳
「これだな……、危険な魔法の付与はしていないな。感触からするに木製か」
おじさんはクーラーボックス全体を見てから蓋を開けた。
「ん……冷たいな。氷が入っているのは物資を冷やすためか?」
「はい。栄養満点で腐りやすいですから、冷やしておかないといけないんです」
「なるほどな。未開封の物資を開けるわけにはいかない。試飲用はないのか?」
「あります、あります! すぐ近くにある箱の中に瓶の形をした入れ物があると思うんですけど、その中にも全く同じ飲み物が入っています」
私は牛乳瓶の入っているクーラーボックスを指さす。
「これだな」
騎士のおじさんは同じように蓋を開けて、牛乳瓶を取り出した。
「この入れ物も箱と同じ木製か。だが、よくこんな形に出来るな。誰か腕のいい職人がいるのか?」
「えっと……そうですね。私の友達が作ってくれています」
「1人でか? こんな大量に作れるなど、1人とは到底思えないが……」
「1人じゃないです。もう、数多くの友達に作ってもらっています……」
――容器を作ってるの人じゃなくて、虫なんだよね。
「そりゃそうだろうな。この量を1人で作るのは不可能だ。だが、この完成度で全く同じ物を作り出すとは、どれほど卓越した職人なんだ。そのような職人が何人もいる村とはいったいどこだ……」
騎士のおじさんは私にずけずけと質問してくる。
「あの……そろそろ飲んでもらってもいいですか。ぬるくなると、甘みは増しますけど匂いはきつくなりますから」
「そうなのか。では毒味するために、一口戴こう」
おじさんは牛乳瓶のふたを開けると、その白さを見て驚いた。
「な! この白さ。まさか塗料じゃないだろうな!」
「違いますよ! 匂いが全然違うじゃないですか」
「確かに……。ん? この匂いはモークルの乳か」
「その通りです。よく分かりましたね」
「……ありえない。これほどまで綺麗な乳は初めて見た。臭みも全くない。赤子用の高級ミルクでもここまで白くはないぞ。不純物でも入れたか。骨粉を無理やり……」
「いれてませんよ! 不純物を入れてお腹を壊す人が現れたらどうするんですか!」
「うむ……。では、一口」
おじさんは瓶の飲み口に唇を付け少量の牛乳を口内に含む。
舌で数回転がし、毒味している。
「うん……。舌を焼く刺激も、毒々しい臭いもしない。毒は入っていないな。それにこの舌ざわり、骨粉や貝粉で白さを増している訳ではない。つまり、不純物も入っていないというのか。ふぐふぐふぐ!」
「な!」
おじさんは、たった一口毒味しただけで瓶に残っていた牛乳をすべて飲み干してしまった。
「ふぱ~~! 美味い! なんだこの乳はありえないぞ」
「どうですか。危険な物ではないのである人物に早くとどけたいんですけど」
「確かに危険でない物資ならば、通していい規則になっている。よし、通っていいぞ。その代り……」
「ん? その代わり……」
「もう1本くれないか……」
おじさんは苦笑いしながら、私に提案してきた。
「そうですね~、それじゃあ領主さんの悪名高い情報を何か1つ教えてくれたらいいですよ? なんちゃって……」
「分かった、今の領主は王都のドリミア教会の言いなりになっている。すべてはドリミア教会の手の中で踊らされているんだ。これでいいか。頼む、もう1本飲ませてくれ」
おじさんは形相を変えて、牛乳を欲しがった。
「い……いいですよ」
「ありがとう、感謝する!」
――なになに、凄く怖かったんだけど……。さっきまで規則がどうとか言ってたのに、領主の話をペラペラと話しちゃうなんて。そんなに牛乳が飲みたかったのかな。
おじさんは牛乳を1本飲み終えると、荒げていた顔は元に戻り、先ほどの疲れ切った表情に戻った。
だが、瞳の奥に光が少々戻っている。きっと牛乳を飲んで気を良くしてくれたのだろう。
――それじゃあ、ベスパ。スグルさんの所に行くから、クーラーボックスを持って来て。あと、騎士さん達に牛乳のお裾分けをしようと思うから、余った牛乳瓶も全部一緒にお願い。出来れば光学迷彩で姿を消しながらね。
「了解です! すぐ後を追いますね」
――うん。分かった。
「レクー。もし何かあったら、3人をお願いね!」
私はレクーの頭を撫でながらお願いする。
「はい! 任せてください!」
――レクーに任せておけば、例えブラックベアーが出ても大丈夫だ。足だけならレクーの方が早い。力勝負だと、どうなんだろう勝てるのかな。ま、騎士団の前で人や魔物が襲ってくるなんて事件は起こらないでしょ。
私は早く次のお菓子屋さんに行きたかった。
なんせお菓子が食べられるかもしれないから。
――でもまぁ、そんなに甘くないか。お菓子だけに……。
私は騎士団の入り口を通り、大きな建物に向けてずんずんと足を運んで行く。
「中に入ったはいいものの……、どこにスグルさんがいるのか全く分からない」
今、私がいるのは硬く整備されたレンガの道路を歩いている。
隣には騎士たちが訓練をする大きな土地があり、その奥に大きな建物があった。
「キララ様、お待たせしました」
「あ、ベスパ。うわぁ……なんか浮いてる」
私の後ろには、クーラーボックスの四つ角から糸を伸ばし吊り上げているベスパと牛乳瓶の入ったクーラーボックスを持ち上げているビー達がいた。
――うわ……ビーが山ほどいるよ。あらためて見ると気持ち悪い……。
「えっと、ベスパ。スグルさんはどこにいるの?」
「こちらです。私に着いてきてください」
ベスパは私の前に飛び出し、道を案内した。
「こちらの扉から中に入ります。ここからの方が近道です」
「でも、鍵がかかってるんじゃないの?」
「お任せください」
ベスパはクーラーボックスを床に置き、壁をスルッと通り抜けてしまった。
――不法侵入だ……。
「不法侵入ではありませんよ。もう既に騎士団の敷地内に入っているのですから、問題ありません」
「いや、そういう問題じゃなくて……」
『ガチャ』
ベスパは鍵で閉まっていた扉を内側から開けた。
「まぁ、どうせ中に入るわけだから一緒か」
ベスパは壁をスッと通り抜け、地面に置いてあったクーラーボックスを持ち上げる。
私は取ってを押し、建物の中に入った。
「へぇ……。研究施設だけあってやっぱり綺麗な内装しているんだね」
「研究施設だけではないようです。他にも鍛錬施設や医療施設などが完備されています」
「凄い……。ここに来れば、なんでもできちゃうじゃん。それでどっちに行けばいいの?」
「こっちです」
ベスパは私を先導する。
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