聖典式の次の日
アイクと戦った後、私は祝いの席で彼に一言も声をかけることが出来なかった。村の人たちは「こんな田舎の村から『剣聖』が出たぞ!」と大騒ぎ。ここ数年で一番盛り上がっていたと思う。まるで、聖典式を一緒に受けていた私の存在なんて居なかったかのように……。
「キララ……。良かったわね、スキルをもらえて」
お母さんは私の頭を撫でながら言う。笑っているが、表情が少し硬い。
「うん。アイクがすごいスキルを貰っちゃったから、私のスキルが霞んで見えちゃうよね」
「きっと、キララに与えられたスキルは神様があなたに必要だと思ったから授けてくださったんだわ。感謝しないとね」
「そう……だね」
――『虫使い(ビー)』か……。虫は別に嫌いじゃないのにどうして寄りにもよって蜂限定なのだろうか。もっといろんな虫を使えたらすごく強そうなスキルなのに……。この世界で一番舐められている『ビー使い』って……。まぁ良いか、スキルが無いよりマシだよね。
「それより、私、舞台で踊ってくる!」
ちょっとした舞台があると、昔の記憶が蘇ってくるようで立たなきゃ気が済まない。
――こんなもやもやした気持ちのときは歌って踊って発散しよう!
「みんなーっ! こんにちはっ! キララだよーっ! 今日は私とアイクのために集まってくれてありがとう! 精一杯、恩返しするからね!」
私は木製の箱を八つ並べ、木の板が二枚置かれただけのステージに立ち、思うままに歌って踊った。
村の人たちも楽しんでくれたようで、拍手で答えてくれる。
今日の主役であるアイクは村の人たちに相変わらず囲まれているけど、私が視線をやると手を振ってくれた。
私も一八〇パーセントの笑顔を浮かべ、手を振り返す。
アイクがちょっと笑ってくれた気がした。
私は「明日もう一度、話をしてみよう」と考えた。
宴が終わり、私はヘロヘロのクタクタになって半分倒れるような形で、歌と踊りを終えた。その後、家に帰る。
帰りはお父さんが背負ってくれたから楽ちんだった。
聖典式のお陰で疲れ切っていた私は、皆よりも先に眠ることにした。硬いベッドの上に寝ころび、最愛のお母さんの顔を見た後、目を瞑る。
「お母さん、お休み……」
「ええ、お休み。今日はゆっくり休みなさい」
「うん、そうする……」
私はベッドの上で、明日アイクになんて言おうか考えた。
でも、何も思い浮かばない。どうしようも無い静けさが部屋中に広がっている。
部屋の気温が低く、毛布にくるまりながら疲労による眠気と戦っているせいで頭が回っていないんだと決めつけた。
結局、私は何も思い浮かばず、そのまま寝てしまった。
「女王様、女王様、おはようございます。そろそろ起きた方がよろしいかと」
「う、うぅ……。な、なに……、うわっ!」
朝起きた時、それはもう最悪の目覚めだった。
眼を開けると、私の目の前にビーが一匹飛んでいるではないか。
叫び声を出すこともできず、目をぎゅっとつぶる。
――こ、こっちから攻撃しなければ何もして来ない……はず。
今までよく家の中にビーが入り込んできてたけど、ここまで接近されたことはなかったのだ。私とビーの距離はざっと八〇センチメートル。姿がありありと見える距離だった。
なんなら、目を瞑っていてもビーの位置がわかってしまう。
「女王様、女王様、起きてますよね女王様!」
――どこからか声が聞こえる、誰を呼んでいるんだろうか……。女王様って誰のこと?
「女王様はキララ様のことですよ! キララ女王様! 今すぐ起きてください! 大変なことが起きています!」
――え、私の名前……。どういうこと、もしかしてまだ夢の中にいるの?
「いえ、夢の中ではありません。それよりも早く起きないとアイクさんが白い服を着た男と共に王都に行ってしまいます!」
「どういうこと!」
私がベッドから起き上がると、ビーが上空を八の字に飛んでいるのが見える。
「こっちです! 早く来てください! アイクさんに言いたいことがあるんですよね!」
「もしかして、あなたが喋っているの……」
「そうです! 私が彼のもとに案内しますから、付いて来てください!」
私はビーが喋っているなんて信じられなかったが、行かないと駄目な気がした。そのビーについて行く。
「おはよう、キララ……」
眠そうに目の下を擦っているお母さんが呟く。
「おはよう! お母さん! 行ってきます!」
私は寝間着姿のまま、玄関の扉をこじ開け、外に飛び出す。
「え、ええ……。行ってらっしゃい」
「姉さん早いね……」
「お姉ちゃん、どうしたんだろ……」
私は私の前を飛ぶビーに全力で付いていく。
すると、何か盛り上がっている人たちを見つけた。
「君が『剣聖』のスキルを手に入れたアイク君ですね」
私が向かった場所は、アイクの実家だった。アイクの家の前に、白い軍服のような服を着た大人が数名立っており、真っ白なローブを羽織った司祭のような男がアイクに話しかけている。
「そうですが、何か?」
「剣聖の君にぜひ、ルークス王国の王都に来てほしいんです」
「断ったら……」
「君の大切な人がどうなるか……、私は安全を保証することが出来ません」
白色の前髪を手で掻き上げ、灰色の瞳がありありと見える。加えて淡泊な笑みを浮かべるその表情は恐怖そのもの……。
「ぐ!」
アイクは手に持っていた木剣を目にもとまらぬ速さで、白髪の大人に振りかざす。
だが、その木剣は白髪の男に容易く受け止められてしまった。
「なるほど、これはすごい。『剣聖』のスキルはここまで強力なのか……。しかし、まだ受け取ったばかりで不完全ですね。どうでしょう。そのスキルをさらに強力なものにしませんか? そうすれば、この村の人々も、君のお母さんも、君自身も幸せになれますよ」
アイクは何かを察したらしく、木剣を収めた。
「わかりました……、行きます」
「アイク!」
後方にへたり込んでいたアイクの母親が叫ぶ。
「母さん、大丈夫。心配しないで」
「そうですよ、お母さん。アイク君はこれからルークス王国の王都に向かうだけですので。それと、こちらをお受け取りください」
そう言って、白髪の男は袋いっぱいに詰まった何かをアイクの母親に手渡した。
アイクの母親は、白髪の男にしがみ付き何かを言っているが周りの声にかき消され聞こえない。
アイクは白髪の男と一緒に、馬車のような乗り物に乗ってしまった。
「アイク!」
私は叫んだが、声がアイクに届かなかったらしい。
――そんな……。何も言えないなんて、そんなの嫌だよ。
すると、さっきまで私の上を飛んでいたビーが、またもや喋りかけてきた。
「女王様! 私に命令を!」
「命令?」
「そうです、私達に命令してくださればできる範囲で女王様の手となり足となりましょう!」
――そんなことを言われても、何ができるかわからないし……。でも、後悔したくない!
そう思った私は命令した。
「お願い、アイクに伝えてほしいことがあるの! この言葉をアイクに伝えて!」
私は言葉をビーに伝える。
「了解しました!」
そう言ってビーは走っていく乗り物のほうに飛んで行った。
初めは一匹だったのが二匹三匹と増えていく……。
乗り物に到着する頃には八〇〇匹以上になっていた。
「くっ……」
ビーの視界が脳に入ってくるような変な感覚を得る。するとアイクが乗り物の中で項垂れながら座っていた。
「アイク君、怖がらなくても大丈夫ですよ。我々はあなたに危害を加える気は全くないですから」
「そうですか……」
「白服の男が邪魔ですね……。皆さん、あの白服の注意を引いてください」
一匹のビーが命令を出す。
すると八匹が群れから離れ、白髪の男に飛んで行く。
「ん? ビーですか……。『ファイア』」
白髪の男は指先から火の粉を放ち、ビーは簡単に燃やされれる。
だが、次々と白髪の方に飛んで行く。死ぬことなんて怖くないようだ。
「今年はビーが多いですね……。異常気象でしょうか。『ファイア』」
「ビー……」
白髪がビーに気を散らしているすきに群れが少し開いた窓から入り込む。
「な、何だ!」
ビーは『アイク! また会おうね!』と文字をつくり、彼に伝えた。
「はは……。キララか。こんなことが出来るようになったんだな。ビーたち、伝えてくれ」
アイクは小さく呟いた。
「大丈夫かな……」
私は頭痛を覚えながら走り去る乗り物を見つめていた。
「女王様! アイクさんから伝言です」
ビーは私の頭上に戻ってきて言う。
「何、そんなこともできるの?」
「アイクさんから『世界を変えてくる』だそうです」
「は……、はは、心配して損した」
――別れはこんな形になってしまったけれど、いつかまた会えるよね。
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