ウロト・コンブルさんの料亭「漁船」
私達はリーズさんの病院を出てレクーのもとへと向かう。
「うわぁ~やっぱりカッコいいな~」
カイト君はレクーの姿をまじまじと見つめ、目を輝かせていた。
「そ、そうですか。ありがとうございます……」
レクーもカイト君に褒められて尻尾をうれしそうに振る。
「そうだ。カイト君、レクーの背中に乗ってみない? しっかりと捕まって居れば絶対に安全だから」
「え! いいんですか! 乗りたいです!」
「それじゃあ、乗らせてもらおうか」
私はレクーを厩舎から出し荷台と縄でつなぐ。
その後、レクーの背中にカイト君を乗せ足にしっかりと力を入れるよう指示した。
「うわぁ~! 高い~! 凄い~!」
「ふふ、カイト凄く楽しそう。良かった……、熱が出た時、そのまま死んじゃうかもしれないって思ってたから」
メリーさんは喜んでいるカイト君をじっと見つめ、微笑んでいる。
「そうですか…。でも、これからは皆楽しく生きていけるようになりますよ。私は頑張って、めっちゃ普通の生活を皆さんに提供しますから! その分頑張って働いてくださいね」
「めっちゃ普通……ってあの前言ってた、食事つき、寝床付き、給料付きの生活だよね?」
「そうです。働いてもらうためにはまず、皆さんの体調が最優先! 健康無くしていい仕事は出来ません!」
「はは、メリーさん。キララちゃんの言っている普通って大分おかしいですよね……」
「そうね……。普通がそれなら、この街で働いている人たちは皆、普通じゃないわね……」
メリーさんとセチアさんは苦笑いを私に向けてきた。
「えっと……。この街の生活はそんなに酷いんですか?」
「そうね……。お金を稼ぐとき、おじさんから色々と話を聞いていたの。糞みたいな上司とか、腐ってる街だとか、まぁ一番多いのが領主への愚痴ね。『あいつのせいで』『さっさと死にやがれ』『消えろ』とか、挙げればきりがないわ……」
「そんなに嫌われているんですね……。でも、街はどんどんにぎやかになっているんじゃないんですか? お金が回っているような気がしますけど……」
「にぎやかになっているのはこの街から出られないだけだと思う……。他の場所から移ってきた人もどんどん取り込んで、街で働かせているんだよ。物を盗む時、店の人も愚痴をよく漏らしてた……」
――何それ、街に入ったら出られない。そんな蟻地獄みたいな街なの……。もしかして、村の若い人たちが全然帰って来ないのは帰って来れないから。そうか、街に飲み込まれているのか。お爺ちゃんお婆ちゃんたちは孫に会いたがってるのに会えないのは街のせいだったんだね。いや、街が悪いんじゃなくて、領主が悪いのか……。
「キララ様……、私達は以前この街に訪れた時から領主について、色々と調べていたのですけど、中々に黒いですよ……」
――そうなの……。やっぱりみんなの話している内容は合ってるの?
「そうですね。ほとんどあっています。街の皆に働かせ、大量の税金を纏めて奪っているようです。街のお金としてではなく、自分の私利私欲のために使用しているみたいですよ。あと、どこかに大金を受け流しているようです」
――とんだ悪党じゃん……。それなのに仕事ができるから、なおたちが悪い。
「そのようですね。前領主より街の総生産は20%ほど上昇しているようです。その分20%物価が上がっているようですが……」
――20%上昇してるのに20%も物価が上がったら、街の生活は全く変わらないじゃん。ただただ領主にいっぱいお金が入るだけ。
「これはまだまだ悪事の一部でしてね……」
――まだ何かあるの。
「いえ、これはまだ調査中ですのではっきりした情報が得られた際にお伝えします」
――そ、そう……分かった。それにしても、いつの間に調べてたの? だってベスパ、ずっと私といたのに。
「沢山のお友達に協力してもらったんですよ。至る所にお友達はたくさんいますからね」
――凄いな、探偵みたい。まぁバレないよう程々にね。それで、どこのお店が一番空いていたか分かった?
「はい、今一番空いているのは、ウロト・コンブルさんの料亭「漁船」ですね。今は仕込み途中のようです。なので人は全くいません、行くのなら今がいいかと」
――分かった。それじゃあ、ちょっと案内してくれる。レクーはベスパに付いて行ってね。くれぐれも人を撥ね飛ばさないように。
「は、はい。気を付けます」
レクーはベスパに連れられ、ウロトさんの料亭へと向かった。
「えっと、ここが料亭「漁船」。名前的に魚専門店みたいなにおいが凄い……」
レクーと、他の3人を人の邪魔にならない場所で待機してもらい、私は料亭の前にまで来ていた。
私の目の前にはいかにも料亭と言える木製の建物がある。
『コンコン』
木製の扉を叩き、中に人がいるか確認する。
「すみません、ウロトさんはいますか。昨日お会いしたキララです。牛乳をお持ちしました」
扉は開き、中から板前さんの格好をしたウロトさんが顔を出した。
「ああ、昨日の……。今、仕込みが終わって、試作品を作っていたんだ。もうすぐ出来るから少し待っててくれ。何なら中で待っていてくれても構わないぞ」
「そうですか、ではお邪魔しますね」
私は貫禄のある木造の料亭に入り、埃一つなく綺麗に磨かれた椅子に座る。
「メニューを見てもいいですか?」
「ああ、構わないよ」
私は立て掛けられた、手書きのメニュー表を見てビビる。
――いや、値段高っか! 最低でも銀貨5枚からって。さすが金貨5枚を出せるだけはある。それに、全く分からない名前ばかりの料理達。どんな味なんだろう……。
板前の方では、ジュウジュウやら、ぱちぱちやら、何とも美味しそうな快音が幾度となく響いている。
――今、なにを作っているんだろうか。味付けはいったい何を使っているの。やっぱり塩かな、でも板前料理なら、塩は凄く合いそうだよね。
「よし、出来たぞ。いい油が手に入ったからな。どうやって使おうか迷っていたんだ。とりあえず、素上げにしてみたんだが食べてみるか?」
「え……いいんですか。食べたいです! 凄く食べたいです!」
私は椅子をけ飛ばす勢いで立ち上がり、ウロトさんに伝える。
「そ……そうか、分かった。今そっちに持っていく」
出てきたのはどこか見覚えがある、油っぽい食べ物。
しかも丸っこい形に、イモっぽい匂い……。
「薄く切ったトゥーベルの素揚げだ。味付けはしていないが、ほのかな甘みがあり食感が面白いぞ」
――トゥーベル。知らない名前の食材だ。でもこの見た目はさすがに……。
私は薄く切られた、トゥーベルの素上げを手に取り口に放り込む。
「あ……あ、あ……あああ……」
私の目尻から溢れんばかりの涙が流れ出し、頬をつたい手の甲にぽたぽたと垂れた。
「な! ど、どうした。熱かったか、不味かったか……」
「いえ、あまりのなつかしさに感動してしまっただけです……。ハグ、ハグ、ハグ、ハグ、ううう……ううう……」
「おいおい、あんまり一気に食べると、喉を詰まらせるぞ」
「はい。もう少しゆっくり食べます。ハグ……ハグ……ハグ……」
――間違いない。この味は、ジャガイモだ。ジャガイモを切って揚げたらそりゃあ、もうポテトチップスじゃないですか。ああ……君は、この世にこうして生まれてきたんですね。ジャガイモのでんぷんが口の中で糖に変わっていく感覚。全く味は付いていないのに美味しい……。これに塩が付いてしまったらどうなるのだろう。
私は出されたポテチを全て食べきり、服の袖で熱くなった目尻を拭いた。
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