聖典式、スキルを受け取ったその後
私とアイクは教会の前の方に座り、ロウソク立てを持っていた。後ろの方に村の皆が座っている。なんなら、長椅子に座れなかった者が立ってぎゅうぎゅうに詰まっていた。
神父が教壇に立ち、祝いの言葉を述べる。
「皆さま、この日を迎えられたことを心より感謝いたします。子供たちの成長を喜び、祝い合う、大昔からある世界の風習です。昔、皆さんもこの日を迎えられたでしょう。今日は二人の聖典式となります。それぞれのご両親には今日までお子さんを立派に育てた感謝を女神様の代わりに私からさせていただきます」
神父は浅くお辞儀をする。
「午前八時を過ぎました。聖典の儀を始めさせていただきます」
――いよいよ始まるんだ……。
神父は元から瞑っているように見える細い目をしっかりと閉じ、何かを唱え始めた。
「えまたえたあをいあうょちにりたふのこ……。よれらいまにちのこらかいかんてまい……、よみか」
唱え終わると、教会に飾られていたロウソクとキャンドルがすべて一気に消え去った。風が吹いたわけでもないのに消えた理由がわからない。教会内が暗くなり、ステンドグラスから伸びる八色の光が神父に降り注ぐ。
すると、私たちが持っているロウソクに火が付く。
――凄く暖かい光……。
「アイク・ティンガーラ……。前へ」
神父の雰囲気が女性に変わり、なぜか……声まで変わって聞こえる。あまりにも美しい……。
「それじゃ、行ってくる」
アイクは微笑み、椅子から立ち上がった。
「うん! 行ってらっしゃい」
私は一二○パーセントの笑みを浮かべ、頭を縦に動かす。
「ゴミスキルだったら笑ってくれよな」
私の笑顔に当てられ、アイクも一二○パーセントの笑顔を浮かべた。イケメンが笑ったらそりゃあ、超イケメンだ。
「大丈夫、精一杯盛り上げるから心配しないで!」
アイクは笑顔から真剣な面持ちになり、神父の前まで歩いていく。
「ろうそくの火を前へ……」
神父に言われるまま、アイクはロウソク立てを前に出す。
神父は火を吹き消すように、息を吹きかけた。
すると、アイクがもっているロウソク立てに立っているロウソクに付いた火がアイクの体に向ってゆらゆらと飛んで行く。そのまま体をすり抜けるようにして、胸の内に灯った。
「温かい……」
「汝に、スキル『剣聖』を授ける」
神父にそう言われた瞬間、静かだった村の人たちがどよめき出した。
私もスキル名を聞いた時、耳を疑った。それはアイク自身もそうだった。
「え……。俺が『剣聖』。どういうことですか……」
アイクは引きつった表情を浮かべ、神父に聞く。
神父はアイクの質問に答えず、流れるように次の名前を呼んだ。
「キララ・マンダリニア……。前へ」
アイクのスキルに頭がいっぱいで、私は自分の番を忘れていた。
「は、はい!」
私はアイクとすれ違いながら、神父の前に移動する。
――『剣聖』の後に言われるなんて何かやだな……。どうせなら『賢者』とか、ぶっ飛んだスキルこないかな。
「ろうそくの火を前へ……」
私は恐る恐る、ロウソク立てを前に出す。
神父が息を吹きかけると、私のロウソクに付いた火もゆらゆらと私の体の中に入ってきた。
「ほんとだ…温かい…」
「汝に、スキル「虫使い(ビー)」を授ける」
村の人は更にどよめいた。
「まさか……、超凄いスキルと超糞雑魚スキルが同時に出るなんてな! 最初のアイクに運を全部持ってかれたんじゃね! 残念だったな、キララちゃん!」
とある者は空気を和ませるように言ったのだろうが、心なしか蔑まれているように聞こえてきた。
「バカ野郎!」
とある老人が発言者を掴み、教会の外に出ていく。
その怒号には聞き覚えがあった。
――ありがとう……お爺ちゃん。
神父は、最後に何か言っていたようだが上手く聞き取れなかった。
たった二名の聖典の儀が終わると教会に飾られているロウソクとキャンドルの火が一気に戻る。すると神父もいつもの雰囲気に戻った。
「これにて聖典の儀を終わります。この後、外で宴を行いますので、皆さん是非参加していってください」
神父は小さく会釈し、大人と共に宴の準備を始めた。
「――終わった。いろんな意味で」
私達はスキルを無事受け取ることが出来た。
アイクの方に目をやると、唇を噛み締めながら手をぎゅっと握り、嬉しそうなまた悲しそうな黒い瞳が光を反射していた。
「アイク! よかったじゃん。『剣聖』なんて伝説級のスキルだよ。超、超凄いスキルだよ。これで夢に大きく近づいたね!」
『俺はあいつらを助けたいと思ってる。誰も悲しまない世界にするのが俺の夢なんだ』とアイクは四年前に語っていた。あいつらとは貧乏な子供達のことで、貧困を無くしたいと彼は思っていた。
『剣聖』のスキルがあったらどうなるのか、まだパッと思いつかないが……冒険者としてお金を稼ごうと思えば稼げるはずだ。
「ああ……、そうだよな。俺の夢に大きく近づいたんだ、スキルのおかげで……」
「私のスキルはちょっと……。いや、大分残念だったけどさ。でも私の夢が変わるわけじゃないから、もしかしたらこのスキルも夢のために超使えるかもしれないし、私のことなんて気にしないで、もっと喜んでも良いよ」
私は髪色と同じくらい暗くなっていたアイクをキラキラの笑顔で元気づける。
「なぁ、キララ。ちょっと付き合ってくれないか……」
「どうしたの? 今日の主役がいなくちゃ、この後の祝いが盛り上がらないよ」
「大丈夫、それまでには帰ってこれると思うから」
「そう、わかった」
――なんだろう……。さっきのアイクとは雰囲気が少し違うような気がする。ただ、スキルをもらっただけなのに。
私たちは、昨日に二人で戦闘の練習をしていた河川敷に来た。
「もしかして、練習するつもり?」
「ああ、一回だけでいい。俺の剣を受けてくれないか」
アイクは左腰に掛けた木剣を撫でる。
「もちろん良いよ。私はアイクの練習に何度も付き合ってきたんだよ。今回も華麗に避けちゃうからね!」
私はスキルの恩恵など全く考えず、昨日と同じようにふるまった。前世でスキルなんて言う不可解な能力を貰ったことは一度もない。きっとギフテッド(生まれつきの才能があること。すぐれた知能をもつこと)のようなものなんだろうなと勝手に考えていた。
「キララ……。俺はスキルを手に入れた、手に入れてしまった」
アイクは下を向き、苦笑いを浮かべる。
「どうしたの? いつものアイクらしくないよ」
「ごめん、ちょっと考え事をしてたんだ。それじゃあ構えてくれ……」
「わかった」
私は言われるがまま足を肩幅に開き、腰を少し落とす。いつも通りに私が魔法を一番打ちやすい体勢を取る。
アイクは木剣を抜かず、河原で拾った木の棒を手にした。
「それでいいの? 木剣を使ったらいいんじゃない」
「いや、これでいい……」
アイクは木の棒を手の平の上で巧みに操っていた。まるで、木の棒が手の平の上で踊っているようだ。まあ、木剣でも同じようなことをしていたので大して驚かない。
「それじゃ、私がこの石を川に投げ込むから、石が川に落ちた音が聞こえたら開始の合図ね」
「わかった……」
「それ!」
私は石を川に投げ込んだ。
石は綺麗な湾曲の軌道を描き、川に吸い込まれるように落ちて行く。
ぽちゃん……と言う情けない音が聞こえた瞬間、私は目を疑うこととなる。
「ふぁ……」
私は詠唱を言おうとした。だが、理解できなかった者が出す情けない声になってしまった。
八メートルは離れていアイクが瞬きの間に移動して、私の首元に木の棒を突き付けたのだ。
――全く見えなかった。え、スキルって能力がこんなに変わっちゃうの? アイクの努力はどこに行ったの? 今のってスキルの恩恵だよね……。だって、普通は八メートルを瞬間移動なんて出来ないもん。
アイクは奥歯をぐっと噛み締め、下を向いたまま木の棒を放す。
その手には力など入っていない。木の棒が地面に吸い寄せられたようだった。
打ち合いを終えたアイクは教会の方に歩いて行く。
私は声を掛けることが出来なかった。
一言「すごいね!」とか「もう私じゃ敵わないね」とか、言うべきだったのだろうか……。いや違う。
私が言うべき言葉は……、何も思いつかなかった。
だから私はアイクに何も言葉をかけてあげることが出来なかったのだ。「カッコよかったよ」程度の一言で何か変わっていたのだろうか。
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