3大派閥
「私は今、呼吸が止まっている状態です。本来ならば回復魔法かポーションを使い治療するのですがキララちゃんはいったいどうやって、ラルフ君を助けたか実演してくれませんか」
「いや……でも、心肺蘇生法は息をしている人にやってはいけないので……」
「するまねで構いませんから」
「わ……分かりました」
私は寝転がるリーズさんの横に両ひざを付き、小さな掌を大きな胸板に乗せる。
「ここを、ぐっぐっぐって押すようにしました。これが心臓マッサージです」
「なるほど、外部から物理的に心臓を動かすのか。斬新ですね」
「次は人工呼吸ですけど……」
「はい、お願いします。実際に見せてください」
「は……はい……」
私は、目を瞑るリーズさんの頭の方へ移動し、呼吸があるかを確認する。
――肺は動いてる。ほんとはしなくてもいいのに……。
リーズさんの鼻をつまみ、顎を引く。
「ん?」
鼻を摘ままれたリーズさんは困惑した言葉を発し、何をされるのか全く分からないみたいだ。
――ああ……いいのかな。お医者さんのコンプライアンスとか破ってしまいそうなんだけど。子供が大人に向かって人工呼吸。しかも相手は息のある普通の一般男性……。
私は恐る恐る、自身の唇をリーズさんの口へ近づけていき、あとほんの数㎝の所で診察室の扉が開いた。
どうやら夜勤の看護師さんが、リーズさんに何かを伝えに来たのだろう。
なぜ今なのかと思いながらも、内心とんでもなく安心している。
「あ、お疲れさまです。どうかされましたか?」
「せ……先生、子供に何をやらせているのですか……」
看護師さんは当たり前のように、顔色が悪くなる。
「へ? いや、これは質問と言う名の実践なんですが……」
――言い方が悪い……、この人ほんとはバカなんじゃ。
リーズさんはその後、看護師さんにこっ酷く怒られていた。
「す、済みません……。なぜか怒られてしまいました」
リーズさんは頭を掻きながら、椅子に座る。
「そ、そうですか」
「それで、人工呼吸とは、あの後どうするつもりだったのですか?」
「え……。あのまま私からリーズさんの肺に息を吹き込もうとしてましたけど」
「? あ~ぁ、そりゃあ……怒りますね」
――やっと気づいた。
「それでは、最後の質問をします」
「は、はい……」
「ラルフ君の服を裂いた時、胸の右上と、左下に黒い痣のような跡が出来ていました。これもキララちゃんが行った心肺蘇生法と何か関係があるのではないですか?」
「そうです。私が付けてしまった跡だと思います」
「いったいどうしてあのような跡が……?」
「それは、これです」
私は両掌に電撃を発生させた。
「それは『ボルド』まさか心臓に流したんですか……」
「はい、流しました。心臓が痙攣していたので一度停止させたあと、正しい鼓動を再度刻めるようにするためです。電気ショックと言います」
「電気ショック。そんな荒業が可能なのか。いや……でも理屈は通っている。でも、キララちゃん……そんな状況下でよく思いついたね。いったいどうしたらそんな発想が出てくるんだい?」
リーズさんは眼鏡を掛け直し、鋭い目で私を見てきた。
「え……いや、えっと……、出来るかな……と思って。このままだと絶対に死んでしまうと思ったので、一縷の望みをかけて行いました」
――苦しいかな、さすがに……。でもこれ以外に言いようがないんだよね。
「なるほど。その荒業がうまくいったお陰でラルフ君は助かった。いや、面白いですね。まさか回復魔法なしでここまでできるなんて。今の話を正教会が知ったら激怒どころの話じゃないですが……」
リーズさんは額から汗を流し、眼鏡を再度掛け直す。
「え……どういう意味ですか?」
「あ、キララちゃんは知らなくて当然ですよね。正教会とは、ルークス王国の王都にある最も強い政権なんですけど、その教え方がスキル主義また、魔法主義、何なんですよ」
「スキル主義? 魔法主義?」
「はい『全ての出来事はスキルまたは魔法によって決められるべきであり、それは神の言葉と同じである』という神言を掲げ、有力なスキルを持つ者が神に近しく偉く、無能なスキルを持つ者は神より遠い。魔法の強い者は神に好かれ、弱い者は神から嫌われる。と言った教えを唱える宗教です」
「え……、そんな宗教があるんですね」
――何か嫌な宗教だな。世界が違うんだから考え方が違うのも仕方ないか。
「はい、他にもプロテスタント、無名会と言った3つの派閥が鎬を削っています。この中で最も強い権力を持つのが正教会です」
「よく話が分からないんですけど。いったい何が関係しているんですか?」
「とりあえず、それぞれの権力を説明します。正教会はスキル主義、魔法主義社会を作り出しました。その為スキルや魔法以外の行いで業をなすことを禁止、または制限しているのです。それに反発するのがプロテスタント、またどちらにも属さない者の集まりを無名会と呼ぶのです」
「はぁ……」
――や、ややこしい……。全く分からん。
「教会また行政は主に正教会派とプロテスタント派に分かれています。王都は間違いなく正教会派が多く、周りの街や集落ではプロテスタント派が多い印象です。ただ、王都の正教会派の力は強く、プロテスタントの力は到底及びません」
「はい……」
――正教会とプロテスタント。日本で言う立憲民主党と自民党みたいな感じかな。
「ここで本題なのですが、例え素晴らしい発明、発見をしたとしても、それがスキルまたは魔法に関係したものでなければ正教会派は受け入れる素振りすら見せず、容赦なく叩き潰されます。キララちゃんが考えた、心臓マッサージや人工呼吸は叩き潰されてしまうでしょう。電気ショックだけはまだ可能性はありますが認められるかは、分かりません」
――どれも私が考えたわけじゃないけど、何でこの世界の技術と言うか生活質が低いのか、理由が分かった。全部正教会の人達が良い案を叩き潰しているんだ。
「正教会は多くの貴族も所属する巨大組織です。この組織に目を付けられれば、タダでは済みません。私の同僚も数多く正教会に潰されてきました。キララちゃん、あなたは賢い。昔から賢かったですが、今は私の考えすら凌駕している。きっと年齢と頭脳があっていないのでしょう。私にはそう感じます。なので少し長生きをしている私からの助言ですが、余り目立たないようにした方が良いです。波風立てないよう、静かに暮らせばあなたは十分幸せになれます」
――一瞬、私の正体がバレたかと思ったけど……、凄く頭のいい子で片づけられてしまった。でも、リーズさんの意見も分かる。目立ちすぎるのは、あまりよくない。前世でも目立ちすぎて色々と事件に巻き込まれそうになったし。
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