聖典式当日
聖典式前日の夕食、私とシャイン、ライトはテーブル席に座り、話し合っていた。
「それでライトとシャインはどっちが勝ったの?」
――二人を競わせておいて、結局私も剣と魔法のどちらが勝ったのか気になるのだ。
「僕!」
「私! ライトは最後、魔力が切れて倒れたじゃない!」
「シャインだって、最後剣も握れずに倒れただろ! 僕は最後に魔法を打てたからね!」
――この子たちはいったいどれだけ厳しい練習をしているのだろうか。私なんてぶっ倒れたことはほとんどないのに。そのぶっ倒れたのだって練習中にビーが乱入してきて気絶したからだし。限界まで出し切って倒れたことはないな。
「もう! あなた達、仲良くしなさい」
台所で皿洗いをしているお母さんの檄が飛ぶ。
「は~い!」
一応反応するが、二人の間に既に火花が散っている。
「もう、口ばっかり……」
お母さんは呆れ、ため息をついた。
「まぁ、良いじゃないか。自分の意見をちゃんと持っているのは大切なことだ」
お父さんは椅子に座りながら、コップに入った雨水を飲んでいる。
「お父さんは甘いのよ! これからのことを考えたら、もっといろんなことを学んでもらわないと。シャインとライトは剣と魔法のことばっかりで他のことに全く興味を示さないのよ。まるで仕事と魔法にとりつかれちゃったキララみたいじゃない」
――わ、私は普通だよぉ。多分……。
「良いじゃないか、夢中になれるものがあるなんて素敵なことだと俺は思うぞ」
――たまにはお父さんと気が合うこともあるんだ。好きなことをとことんやるっていうのは、簡単そうでなかなか難しいから、シャインとライトは好きなことをぜひ続けてもらいたいな。
「でも……、明日はキララの聖典式か。お父さんが子供だった頃はどんなスキルが貰えるのか気になって夜も寝られなかったのを覚えてるよ。スキルが『勇者』だったらどうしようとか『賢者』だったらどうしようとか考えてたな……」
お父さんは昔を思い出しているのか、眼をつむりながら頷いていた。
「私は別になんでもいいよ。やりたいことは自分の力でつかみ取って見せるから!」
私は両手を握りしめる。
「姉さん、アイクさんと同じこと言ってる!」
「――へへ、バレたか。でも、私もそう思うんだよ。スキルの力がなくても、自分の力を信じて突き進んでみたいって。まぁ、強いスキルでも嬉しいけどね」
「姉さんならどんなスキルでも大丈夫だよ。王都の学園にも受かるって。なんなら学園の生徒たちをぶっ倒しちゃってよ!」
ライトは私の方を見て、ブラウン色の綺麗な瞳を輝かせながら言う。
「ライト、何を言ってるの……。私なんて『ファイア』しか上手く使えないんだから、王都の学園に行くなんて無理に決まってるでしょ」
「いや、姉さんの『ファイア』はすごいんだから。自信を持ってよ!」
――「自信持ってよ!」ってライトに言われてもね……。天才に言われてもな……。
「それじゃ、明日は早いから私はもう寝るね」
「お休みなさい、キララ」
「お休み、キララ」
「お休み、姉さん!」
「お休み、お姉ちゃん!」
「うん……お休みなさい」
私は家族の皆に見送られながら部屋に戻る。
私は昔より少しだけ小さくなったベッドに私は飛び込む。
――あの日からもう五年か……早かったな。五年間でしてきたことなんて、大したことじゃないけど、昔より楽しかったな。私がしたいことをして、夢を持って、大切な友達っぽい相手もできた。
「明日どんな結果でも、私は大丈夫。だって、昔の私にはスキルなんて無かったんだから。スキルがなくてもちゃんと生きていけるって私は知ってる。うん、きっと大丈夫」
私はそう思いながら眠りについた。
その日、私は夢を久々に見た。
それも、見たくもない夢を。
「ここは……まさか……」
そこは忘れもしない五年前、最悪の夢を見た場所と全く同じだった。
五年前と同じように遠くから、私のトラウマが迫ってくる。
「ぶ、ブラックベアーとビーが……」
昔、見た時よりも私は冷静だった。
ブラックベアーとビーも、私に襲い掛かろうとはしなかった。
ただそこに立ち、私を見つめているように感じたのだ。
そして何事もなく私は、目を覚ました。
「変な夢……」
その日の朝は五年前と同じで、木の窓からあふれる光が部屋を包む。何度も綺麗に掃除して綺麗になった部屋は清潔感で溢れていた。
――誰がこの景色を見てもきっと同じことを思うだろう。本当に良い朝……。
「にしても、良かった。快晴だ! 聖典式が雨じゃ気分が下がっちゃうもんね」
私は最高の気分で起きることが出来た、夢のことなんて忘れてしまい、聖典式のことだけが頭をめぐる。
「おはよう、姉さん。早く準備しないと遅れちゃうよ」
「そうだね、今日は『バシッ』と決めないと!」
私は顔を洗い、家で私が持っている一番綺麗な服を着る。まあ、裁縫が得意なお母さんが作ってくれた晴れ着なので、売り物みたいだ。生地の質は悪いものの、お母さんの腕が立つので見かけはとても良い。服は簡単に言うと薄汚れた茶色っぽいワンピースかな。
ブロンド色に輝く髪をお母さんに整えてもらったあと、事前に作っておいた花飾りを簪のように髪に差し込んだ。
「それじゃあ、お父さん、お母さん……。今まで育ててくれてありがとう。良い機会だから言っておくね。じゃあ、私は先に教会に行ってるね」
私は日ごろの感謝を両親に伝え、頭を深々と下げる。
「行ってらっしゃい。私たちもすぐ向かうわ」
「ああ、今日はきっと良い聖典式になる」
お母さんとお父さんは穏やかな微笑みを浮かべ、私を送り出す。
「姉さん、行ってらっしゃい!」
「お姉ちゃん、行ってらっしゃい。今日も、ものすごく可愛いよ!」
ライトとシャインは私の方を見て飛び跳ねながら言った。
「はは……、ありがとう。行ってきます」
私が家の外に出ると黒い髪を短く切り、スポーツ刈りのような髪型になっているアイクが待っていた。服装は黒のズボンと白の長袖シャツ。腰に木剣を掛けている。黒っぽいローブを羽織り、清潔感満載。どこをどう見ても、やはりイケメンだ。
「その衣装、似合ってるじゃん」
アイクは珍しく褒めてきた。
「アイクもね」
――アイクも王都に住んでいたんだなと思わせる服装でよく似合っている。何だろう……一〇歳児の癖に中学三年生みたいな風格だ。
「この日がとうとう来たんだ、楽しんでいこうぜ」
「そうだね、どんな結果になっても一生の思い出になると思うから、楽しんで行こう!」
私たちは教会に向かった。
私がこの五年間何度も通った道を歩きながら、多くの村人に挨拶をしていく。
私たちは教会に到着すると午前七時の鐘が鳴った。
「おはようございます、二人とも。聖典式の日が来ましたね。私は、この日が楽しみで夜、あまり寝られなかったんですよ」
神父はいつも通りの服装で、真っ白な司祭服を身に纏い、微笑みを浮かべていた。灰色の髪がいつも以上に艶やかなのは油でも塗っているからなのかな?
――神父、寝不足だよな。目の下に黒いクマができてるし。
「神父様、聖典式は失敗しないでくださいよ」
「はい、私も全力でやらせていただきますよ」
そう言って神父は教会の奥の扉に入って行った。
「にしてもすごい……キラキラしてる」
教会の中はいつもの静かな空間ではなく、ロウソクやキャンドルなどで飾られていた。
とても幻想的な世界で、私は見入ってしまった。
「このキャンドル、村人の数らしいぞ」
アイクも教会内を見渡しながら言う。
「へ~そうなんだ、こうしてみると結構いるんだね」
「まぁ大抵がお年寄りだけどな……」
「はは……」
私たちが教会に来てから村中の人々がぞろぞろと集まってきた。
――聖典式とは簡単に言うと、年に一度、神様に世界中の子供たちがここまで大きくなりましたということを知らせる行事らしい。スキルは神様が子供たちに贈る最初で最後の贈り物だと神父が教えてくれた。
そのスキルには何かしらの意味があり、無駄なスキルなど一つもないというのが教会の教えらしい。
でも、現実は違い、強力なスキルと使えないスキルの間に大きな溝が存在している。
この世界ではまだ多くの戦いが起こっており、その戦いを有利に進めるためには強力なスキルが必要なのだという。
貴族は強力なスキルを持つ子供を買い、自分の子供として育てることで貴族の地位をさらに上げるといったことが実際に起こっているらしいのだ。
平民も強力なスキルを持てば成り上がることが出来るという点では良いかもしれない。
でも、そのようなことは極めてまれなことであり、大抵の場合は一生ひもじい生活を送っていかなければならない。
ここまで差が広がっていると、もはや貴族に生まれてもスキルが弱ければ意味をなさないのだ。
強力なスキル主義社会がこの国、いや、この世界に根付いてしまっている。
そして私はそのスキル主義世界に一歩踏み出そうとしているのだ。
「今日がその一日目! 初めでこけると後々大変だからね、綺麗に決めないと!」
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